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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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第七章 青い宝玉(一)

 冬の朝。


 扉を叩く音――そして、いつもの低い声。


「シャーロット。部屋にこもってるな」


 魔法省管理局監査官、レストレード。


 いつもより分厚い外套をまとい、肩には粉雪の名残のような白がうっすら付いている。腕には包みが一つ。


 その隣には、管理補佐官――ステラ・ホプキンス。外套の裾を丁寧に整え、どこか落ち着かない視線を周囲に走らせている。


 そして後ろには、モフモフした白い犬が一匹。毛並みはよく、眼は澄んでいる。


 さっきまでクリスマスツリーの飾りつけをしていたワトソンは、犬が入る前にどこかへ消えていた。ツリーの飾り――赤い硝子球と、薄金の星形の飾りを、ワトソンはやけに真剣に並べていた。


 それが犬の気配を感じた瞬間、ひとつ、鈴のついた飾りを乱暴に机へ置き、わざとらしく咳払いをしてから、何も言わずに姿を消していた。


「ステラが拾ったんだ」


 レストレードが言い、犬は小さく鼻を鳴らした。


「正確には……この犬が……」


 ステラは気まずそうに言い、レストレードは咳払いして包みを机に置いた。

 包みをほどくと、かなり年季の入った帽子が現れる。上品というより、堅実。頭に馴染むまで使い込まれ、縁は控えめに擦れていた。


「拾った、というは……今朝方です」


「中央通りの裏手、古い酒場の脇で。人だかりができていて……“犬が妙なものを飲み込んだ”と騒いでいました。最初は、酔っぱらいの戯れだと思ったんです」


「妙なもの?」


 シャーロットが視線を上げる。


「帽子です。……この帽子」


「帽子を飲み込んだの?」


 シャーロットは、思わずモフモフした犬を見る。


「いえ。飲み込んだのは、帽子の中に入っていた――布きれです」


 犬が飲み込んだのは帽子ではない。

 その内側に隠されていた、ひと切れの布だった。


 そして――


「その布きれの中に、宝玉が入っていました」


 レストレードは眉を寄せ、声を低くして続ける。


「これは、先日、魔法省魔具保管局から盗まれた《蒼玉》だ。重要すぎて、まだ情報統制が敷かれている。――内部犯行の可能性が高い」


 そして、さらに声を落とした。


「だが、犯人の痕跡はどこにもない。足跡も、魔力残留も……“観測が切れている”。

 中層保管庫から消えた。あそこは、魔具保管局のなかで“二重”の確認を要求される場所だ」


 シャーロットは静かに包みに手を伸ばし、帽子の縁を指先でなぞった。


「それでだ……帽子と布きれからの観測をしてほしい。観測はお前のほうが得意だと思ってな」


「そうね」


 シャーロットは微笑み、机の上の天球儀に手をかざした。

 淡い魔光が走り、帽子がふわりと浮かび上がる。重力から離れても、帽子は“形”を保ったまま、ゆっくりと回転し始める。


 通常の天球儀は、星の位置を確認するためのものなのだが、シャーロットは学園内の魔力導管を接続し自分が行う観測の補助器具に改造していた。


「では――観測を始めるわ。

 《円》

 観測する」


 天球儀の上に浮かぶ帽子と、犬が吐き出した布きれは、淡い魔光に照らされ、ゆっくりと回転を始めた。

 空気が震え、研究室の灯りが一瞬だけ遠のき、代わりに、物に付着した生活の痕跡が、薄い光の膜として立ち上がった。


 ステラは小さく息をのむ。


 レストレードは腕を組んでいる。

 シャーロットは目を細める。


「まず――物理観測」


 帽子の繊維が、淡い線となって浮かぶ。縫製の針目が、規則正しい脈のように連なっている。


「羊毛。手織り。古いけれど、捨てられていない。縁の補修が多い。……倹約家、というより“物を大切にする人”ね」


「貧しいということか?」


 レストレードが言う。


「生活に余裕はない可能性が高い。でも、投げやりではない」


 シャーロットは即座に否定し、続ける。


「投げやりなら、補修は雑になる。これは違う。几帳面」


 次に、シャーロットの指先が空中で小さく、《円》を描く。

 観測層が一段深くなる。


「……おかしいわね」


「何がだ?」


 レストレードが問う。


「ここに“何か”が入っていた」


 帽子の内部に、淡い青が残っている。

 まるで、短時間だけ宝石を包み、そして抜き取った後の“空洞の青”。


「強い魔力を持つ物質。蒼玉の〈結晶波長〉かしら」


 ステラが息を呑む。

 犬が小さく耳を動かし、床を一度だけ掻いた。


「帽子に入れて運んでいた……どうしてかまではわからないけど」


 レストレードの表情が険しくなる。


「帽子の主を探すことが重要かしらね」


 シャーロットは、円観測を閉じる。


「それで、蒼玉――これは何?」


 シャーロットが一息ついて訊く。


 報告書には“機密”としか書けない類の問いだ。

 レストレードは少し言い淀む。

 言葉を選ぶというより、どこまで言ってよいかを測っている。


「……《蒼玉》は全部で六つある。その一つだ」


「六つ?」


 ステラが目を丸くする。


「ああ。他の五つは無事だ。宝玉それぞれに、色の魔法式が入っている。」


 シャーロットは、天球儀の光を見つめたまま、静かに言う。


「金銭的価値……では動機にならないわね」


「そうだ」


 レストレードは苦く笑った。


「じゃあ、狙いは“蒼玉に刻まれた情報”かしら、他国……?」


 シャーロットが言いかけた瞬間、レストレードの視線が鋭くなる。


 ステラは“オレンジの種”事件の記憶を思い出し、冷たい声で呟いた。


「……ありえますね。国外組織が動いている可能性……」


「だが、まずは国内だ」


 レストレードは言い直す。


「”蒼玉”は、魔法省の“中層保管庫”にあった。立ち寄れるのは一部の上級職員だけ」


 その言葉が落ちた瞬間、シャーロットの脳裏に一人の顔が浮かぶ。

 すすと霧の奥に残る男。


「――ネヴィル・セントクレア」


 呟くと、レストレードの表情が曇る。


「彼もアクセス権を持っていた。……だが今は療養中だ」


 療養――という言葉が、やけに軽く響いた。

 療養とは、休息であり、隔離でもある。


 レストレードは、さらに声を潜めた。


「それだけじゃない。“ヴォイド・ペンダント”も同じ保管室から消えている」


 塔の空気が、わずかに冷えた。

 青白い導管の光が、壁の模様を鋭く際立たせる。


「……警備状況が悪すぎるわね」


「ああ。複数の秘匿魔術具が短期間で消えている」


「保管庫そのものが……」


 ステラが震える。


「観測をすり抜ける者がいる、ということよ」


 シャーロットは毅然と結んだ。

 そして、帽子をもう一度、静かに回転させる。


「帽子――ヘンリー・ベーカー」


「どうしてわかった?」


 レストレードが眉を上げる。


「帽子に名前が書いてあるのよ。内側に。几帳面な性格ね。持ち物を失くすのを嫌う人ほど、こうする」



 レストレードとステラは即座に調査しに、管理局へ戻っていった。


 数刻後に、二人と一匹は報告書を持ってきた。


 ヘンリー・ベーカー。

 魔力史研究の補佐官。

 生活に困窮し、魔術道具の維持も困難。暖房魔導機の燃料も節約している記録がある。


 だがアリバイは完璧。 

 蒼玉にも、保管庫にも無関係。むしろ“被害者”に近い無実の男だった。


 ステラは言いにくそうに言った。


「……疑う材料が、ありません。彼は昨夜も勤務記録があり、帰宅後は隣人の証言も取れます。昨日、酒場で、帽子をなくしたとの証言もあります」


「わざわざ、自分から言うことはないわ」


 シャーロットはかすかに口元を緩める。

 レストレードが小さく頷く。


 シャーロットは静かに息を吐いた。


「……となると。犯人はステラね」


「私じゃないですよ!」


 ステラが呟き、肩を竦める。冗談だと分かっているのに、顔色が少しだけ青い。

 シャーロットは犬を見下ろして言った。


「冗談よ」


 犬は何も言わず、ただ大きくあくびをした。

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