第七章 青い宝玉(二)
この犬は“蒼玉の波動”に反応していた。
「蒼玉はどこにあるの?」
シャーロットが問うと、レストレードは腕を組んだまま答えた。
「今は、深層保管庫で厳重管理中だ。中層保管庫は“穴”がある。だからさらに、深く移した」
「”蒼玉”を直接観測するしかないわね」
「それは、さすがに難しい」
レストレードが渋い顔をする。
「部外者を入れると問題がある。今は、魔具保管局がうるさい。学園だろうが例外じゃない」
「そう?」
シャーロットは首をかしげ、さらりと言った。
そして、ステラをじっと観察する。
ステラの瞬きの間隔。
喉の動き。
視線が逃げる方向。
外套の重さに対する姿勢の調整――。
シャーロットの目が細くなる。
「じゃあ、私がステラになるわ。それで、保管庫にあなたと一緒に入るっていうのはどう?」
「いや、それはまずいですよ!」
ステラが真っ青になる。手にしていた書類の角が、ぎゅっと潰れた。
「……それはいい案だ」
レストレードは真剣な顔で頷いた。
ふたりの正反対の返答が、同時に放たれた。
「監査官、落ち着いてください!」
ステラの声が裏返る。
レストレードは眉ひとつ動かさず、淡々と答えた。
「規則としては最悪だ。だが、現実としては合理的だ。保管庫の前で“職員本人”の確認が必要なら――本人になればいい」
「責任は俺が持つ」
「それが一番まずいです!」
ステラの顔色が、さらに悪くなる。
「私、保管庫、入るたびに胃が痛くなるんですから……」
シャーロットは平然としている。
「大丈夫よ。私が行くのだから」
「そういう問題じゃありません!」
レストレードは、咳払いひとつして場を締める。
「……冗談半分に聞こえるが、お前の言うことには筋がある。ただし、やるなら手順がいる。変装では足りない。保管庫は“見た目”だけでは通らない」
シャーロットが静かに頷く。
「魔力波形、呼吸、歩幅、癖。それに――観測の視線に耐える”変装”が必要ね」
ステラの肩が小さく震えた。
犬が、ふいに顔を上げる。
「……作戦会議、ね」
シャーロットは楽しそうにほほ笑んだ。
「……では、始めるわ」
淡々とした声だったが、その一言で空気が変わる。
ステラは思わず一歩、後ずさった。
「本気でやるんですね……!?え、いや、あの……私そっくりになるつもりですか?」
語尾が微妙に跳ねる。
シャーロットは答える前に、じっとステラを見た。
瞬きの回数。
緊張したときに肩がわずかに上がる癖。
重心は右足寄り。立ったままでも、無意識に姿勢を調整している。
「ええ、“まず観測”。それから変装よ」
「……そんなに見られると、落ち着かないんですが」
「落ち着かない状態の方が、普段の癖が出るわ」
ステラは口を開きかけて、閉じた。
理屈としては正しい。だから余計に文句が言えない。
「骨格差が少ない。再現が早いわ」
「褒められてるのか、微妙ですが……!」
「安心して。欠点じゃない。再現性が高いだけ」
淡々と言い切られ、ステラはなんとも言えない表情になる。
シャーロットは気に留める様子もなく、書庫の机に並べていた小瓶に手を伸ばした。
美容変化粉。
短時間、皮膚と輪郭を“観測上の許容範囲”で書き換える粉末だ。骨格までは変えられないが、印象は大きく変わる。
それは、シャーロットが、花壇で栽培し、生成したものだった。
シャーロットは指先に少量を取り、自分の頬にそっと塗った。
淡い光の粒が広がり、空気に溶けるように輪郭が揺らぐ。
「え……?」
ステラが息を呑む。
数瞬のあいだに、シャーロットの顔立ちはわずかに丸みを帯び、目元の鋭さが和らいだ。完全に別人ではない。だが、“ステラに似ている”と即座に認識される範囲へ、確実に近づいている。
「髪色は……これね」
シャーロットは、部屋にあるかつらを取り、慣れた手つきで被る。
前髪の長さを指で測り、耳にかかる角度を調整する。
「かつらって、そんなに自然に――」
「市販の規格品よ。よく使うのよ」
何に使っているかのですかという質問をステラは、飲み込んだ。
そう言って、今度ステラの服を指差した。
「あとは制服ね」
そして、何でもないことのように言い放つ。
「制服が必要ね。——手順だから、協力して」
「は、はい?」
完全に固まるステラ。
数秒の沈黙のあと、シャーロットの視線が逸れないことに気づき、観念したように
肩を落とす。
「……監査官、出て行ってください」
「え?」
レストレードがステラを見る。
「いえ、これから着替えるんですよ。出て行ってください」
「ああ、わかった」
レストレードは、素直に部屋を出ていく。
扉が閉まったのを確認してから、ステラは小さく息を吐いた。
「……一応、言っておきますけど、なにかあったら、責任取ってくださいね」
「取るわ、レストレードが」
意味が違う、と言い返す前に、着替えは終わった。
数分後。
「レストレード、入っていいわよ」
呼ばれて部屋に入ったレストレードは、一瞬だけ言葉を失い、すぐに満足げに頷いた。
「よし、見た目は完璧だ。――では、魔法省へ向かうぞ」
ステラ本人は、壁際で腕を組み、複雑な表情で“自分”を見ていた。




