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第五章 五つのオレンジの種(二)

 “オレンジの種”。


 なぜ、そんなものが脅迫に使われるのか。

 単なる象徴ではない。

 魔法式、魔法具、そして――古い魔法式体系における“終端”の印。

 シャーロットの思考は、様々な項目を想定していた。


「なぜ、ジョンにまで?」


「おそらくだが……これは“脅し”だ」


 レストレードは低く言う。


「亡命者の一族を根こそぎ狙う。そうすれば、他の協力者たちへの何より分かりやすい“見せしめ”になる」


 ワトソンが低く唸った。


「……嫌なやり方にゃ」


「警備も連れてきている」


 レストレードは立ち上がり、扉へ向かって声をかけた。


「大丈夫だ。信頼できる部下だ。――入ってこい」


 扉の向こうから、一人の女性が姿を現した。


「よ、よろしくお願いします。魔法省監視局管理補佐官のステラ・ホプキンスです」


 声は少し高く、しかし背筋は不自然なほど伸びている。

 初任務ではない。

 だが、これほど“記録に残らないような任務”は初めてだった。


「よろしく」


 シャーロットは軽く会釈した。

 名前には聞き覚えがある。

 若いが、現場での評価は高い補佐官。

 レストレードの側に、よく影のように立っていた女性だ。


「よ、よろしくお願いします……!」


「にゃー」


「ね、ねこ……っ」


 ステラは半歩だけ後ずさる。

 どう反応すべきか迷っている顔だった。


「気にしなくていいわよ」


 シャーロットが言うと、ワトソンも「まあいいにゃ」というように目を細めた。


「とりあえず、ジョンは、私の隣室を使って、ステラは、そこで警備――それでいい?」


「ああ、それでいい」


「そうだ。ハドソン寮長には、もう話を通してある」


「わかったわ。私も、オレンジの種――調べてみる」


「ああ、頼む」


 レストレードはステラへ向き直り、声を落として指示を出す。


「ステラ。配置につけ。この任務は、上層部の承認を得ていない。だからこそ――絶対に足をつけるな」


「承知しています」


 若いのに動きは静かで、影のように気配を消していく。

 その背中には、緊張と決意があった。

 シャーロットの隣室の前に立ち、ステラは小さく息を吸った。


「ここが……私の任務」


「誰にも気づかれないようにね」


「はい」


 ステラは、いつものくせで、声が大きくなる。


 ワトソンが興味深げに首をかしげる。


「にゃ。影のくせに、声はでかいにゃ」


「し、静かにします……!」


 慌てて口を押さえたステラは、次の瞬間、目を丸くした。


「……って、ね、猫が……しゃべった?」


「ああ、ワトソンはしゃべるわよ」


 シャーロットは平然と言う。


「そ、そう……なのですね……」


 混乱を必死に抑えつつ、視線だけでワトソンを追うステラ。


「にゃ。初対面は、だいたいそんな反応にゃ」


「……っ!」


 声も出せず固まる彼女を、部屋の隅で控えていたジョンが、そっと見ていた。

 怯えはまだ残っている。だがその表情には、ほんの小さな、確かな笑みが浮かんでいた。


「……猫が……しゃべるなんて……学園って……やはり、すごいんですね……」


 その一言で、張り詰めていた空気にわずかな温度が戻る。


「驚くのは普通よ。ステラも、あなたも」


「にゃ。シャル、人を驚かせるのは趣味じゃないにゃ」


「その喋り方が原因だと思うけれど」


「にゃ!?」


 ジョンは小さく肩を揺らし、もう一度、静かに笑った。

 レストレードはその様子を見て、 ほんの一瞬だけ表情を緩める。

 だが、すぐに不安を押し隠すように言った。


「……頼むぞ、ステラ。本当に、大丈夫……か?」


「も、問題ありませんっ……!」


 声は震えている。


「……どうにも、少し不安は残るな……」


 レストレードが監査局に戻り、ステラとジョンが隣室にはいったあと。

 シャーロットは自室で、封筒から取り出した五つのオレンジの種を机に並べていた。

 魔力灯の下。

 拡大レンズ越しに観察する。


「……ただの種にしか見えないわね」


「にゃ。魔力反応、まったく無いにゃ。魔法式の染みも、残滓もないにゃ」


 ワトソンは鼻先を近づけ、慎重に匂いを嗅ぐ。

 しばらくして、尻尾を立てた。


「シャル。ほんとに“普通のオレンジの種”にゃ」


「……おかしいわ」


 シャーロットは眼鏡を外し、種を指先で転がした。

 これだけ人を追い詰める“呪い”にしては、なにもない。

 そして、魔力も無い。

 だが、それは「安全」を意味しない。


「にゃ?シャル、眉間にしわ寄ってるにゃ」


「違和感があるのよ。この種だけじゃ、魔法的脅迫にならない」


 シャーロットは、《円》での観測を始める。


「オレンジの種ね、それ以上でもそれ以下でもない」


 わかったことは、それが、アメリカ産のオレンジということだけだった。



 翌朝。


 朝食を食べるために、シャーロットはいつもの席に座り、ワトソンは隣で尾を揺らしながらミルク皿を見つめていた。


 魔力灯が、ほんの一瞬だけ揺らぐ。

 隣室の扉があき、眠たげながらも礼儀正しく、ジョン・オープンショーが静かにい現れた。


「おはようございます……」


「おはよう、ジョン」


 続いて、背筋を伸ばしすぎたステラが現れた。


「お、おはようございますっ。……シャーロットさん、ワトソンさん、それからジョンさん」


「にゃ。朝から固いにゃ」


「す、すみません……!」


 パン、スープ、卵料理。

 簡素だが、温かい朝食。

 ジョンの顔色は昨夜より良い。

 だが、スプーンを握る手はまだ硬い。


「ジョン、食べられる?何か嫌いなものはない?」


「は、はい……いただきます」


「シャルは、人参が苦手にゃ」


 ワトソンが楽しげに語る。


「はい僕も、人参アレルギーがあるんですよ」


 ジョンが恥ずかしそうに言う。


「シャルの場合は、ただの好き嫌いが激しいにゃ」


 ジョンが、くすっと笑う。


「……お二人、仲がいいんですね……」


「慣れただけよ」


「にゃ。シャルのお世話は大変にゃ」


「余計なこと言わないで」


 ステラが思わず口元を押さえた。ジョンの肩から、昨夜の硬さが少しだけ抜ける。

 けれど――和らいだのは、朝食の間だけだった。


 食後、シャーロットは、卓上の時計を一瞥した。


「ジョン、ステラ。あなたたちは部屋で待機していて」


「……はい」


「安全が最優先よ」


 ジョンが、不安を隠しきれないまま顔を上げる。

 椅子を引く音が小さく響いた。

 ステラの目線が部屋の死角をなぞる。警戒は説明ではなく、動きとして現れていた。

 その後ろ姿を見送りながら、シャーロットの胸の底に、冷たい緊張が戻ってくる。

 短い、ほのぼのとした朝が終わり、静かに――事態は動き出していた。


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