第十七章 株式仲買店員 (九)
ホールは、突然のことで驚いていた。
アーサーが仕事を辞めたのだ。
急だった。
理由は、ウェストブリッジ社との契約で、アメリカの魔法学園へ移ることになったからだという。
学期末でもないのに、あまりにも急な話だ。
ただ、ホールは思う。
これは、自分の件が大きく関係しているのではないか、と。
アーサーとの会話すらなかった。
研究室に行くと、もういなかったのだ。
教授からの話では、皆によろしく伝えてくれとのことだった。
ホールが研究室から出た時、シャーロットが現れた。
「シャーロット? どうした」
「ホール先輩。アーサー助手は?」
「アーサー助手は、いなくなったよ」
「どこに行ったの?」
「えっと、アメリカ」
ホールは、少し冗談っぽく言ってみたが、シャーロットの反応はそっけなかった。
「そう」
そう言うと、シャーロットは踵を返し、今来た道を戻っていった。
ホールは、シャーロットを追いかけた。
「待ってくれ」
後ろからシャーロットに声をかける。
シャーロットは立ち止まり、ホールを見る。
少し冷たい視線が、ホールに刺さる。
ホールの言葉を待っている。
「何か知っているのかい?」
「ええ」
そう言うと、また歩き始めた。
何か独り言を呟いているようだ。
ホールは追いかける。
その態度を見て、ホールは自分のことがアーサーの件につながっているのだと理解する。
「俺のせいなのか?」
歩みを止めないシャーロットに聞く。
「違うわ。強いて言えば、私が原因ね」
ホールには、何を言っているのかわからない。
シャーロットとアーサーに面識はなかったはずだ。
研究内容を見た時も、シャーロットは面白そうな顔をしていた。
「どういうことかわからない」
シャーロットは、少しだけ視線を下げる。
「気にしなくても大丈夫よ」
「そうはいかない。君のせいなら、それは俺が君に相談したことが問題の元だろ」
ホールの言いたいことはわかる。
だが、この件はシャーロットが関わったことが発端だ。
ホールは、あくまできっかけに過ぎない。
「わかったわ」
「まず――」
「ちょっと待ってくれ、シャーロット。場所を変えよう」
廊下で話している二人を、いつの間にか周囲の生徒たちが遠巻きに見ていた。
これでは、男女のもつれに聞こえる。
ホールとシャーロットは、中庭に移動した。
シャーロットは、ベンチに腰を掛けている。
ホールは落ち着かない気持ちのままでいたため、シャーロットの前に立ったままだ。
「まず、ホール先輩のせいではありません。問題は私です」
「それは、どういうこと?」
「私がアーサー助手を調べすぎたため、警戒されたのです」
誰にだ?
アーサー助手を調べることで、なぜ警戒される。
「本当のアーサー助手は、アメリカにいます」
どういうことだ。
「研究室にいたのは、誰なんだ?」
「ええ。誰かしら? わからないわ」
それ以上、シャーロットは何も話さなかった。
黙って、ホールを見つめている。
その沈黙に耐えられず、ホールはその場を去った。
「捕まえた」
レストレードは、出国しようとしたアーサー助手――いや、アーサーの振りをした男を捕まえた。
容疑は、出国時に使用した旅券の偽造。
捕まえた男は、ハリー・ピナーだった。
「どうして、偽物だとわかった?」
「研究内容よ」
「研究内容?」
アーサーの研究は、魔導学園ではあまりにも異端すぎる。
そんな研究を、突然現れた部外者に嬉々として見せたりはしない。
突然現れたシャーロットに、ハリーは焦った。
そのため、シャーロットが興味を持ちそうな研究資料を見せた。
結果として、それがアーサーへの疑いを強めることになった。
「結局、あの男は何をしていた?」
「スパイかしら」
「スパイ?」
「ええ。たぶん、どこかの組織のね」
アメリカ。
AMA。
レストレードの頭の中に、真っ先に浮かんだ名前だ。
「何をしていたと思う?」
「リクルートかしら? 優秀な学生をスカウトしていく予定だったとか」
「学生をか」
「ええ。若い研究者や人材を確保しておきたいのでしょう。もしくは、ロンドンの情報を得るために必要なのかもね。社会経験が少ない方が、取り込みやすいわ」
どこの国でも行っていることだ。
優秀な人材は、時に囲い込みやすい。
金や名誉、欲しいものは人によって違う。
付け入る隙など、いくらでもある。
ただ、シャーロットはそれをホールには伝えなかった。
なんとなく、彼にはまだ、そんな世界を見せたくなかったのかもしれない。
いつかは、ホールも見ることになるだろう。
でも、もう少しあとでもいいのではないだろうか。
それは優しさではない。
シャーロットの、ただの願望だ。
アーサー・ピナーという男は、実在していた。
ただし、ロンドンにはいなかった。
本物のアーサー・ピナーは、アメリカにいた。
魔導学園でアーサーを名乗っていたのは、その兄、ハリー・ピナーだった。
ハリーは調査員として、まず王立学園に潜伏していた。
その過程を経て、魔導学園へ入り込んだ。
しかし、問題が生じた。
モーソン商会には、ハリー・ピナーとして潜入していた。
まさか、そこにホールの就職が決まるとは思っていなかった。
結果、ホールをモーソン商会から遠ざけるため、ウェストブリッジ社との面接を取り付ける必要が生じた。
さらに、もう一つ問題が生じた。
シャーロットだ。
シャーロットが、アーサーを調べ始めた。
レストレードは、この件についてそう推測した。
短い期間の勾留のあと、ハリーは釈放された。
旅券の偽造ではなく、弟の旅券と間違えて使用しただけだという理由だった。
そのまま、ハリーはアメリカへ渡った。
実際には、何かしらの圧力がかかったようだ。
「結局、謎だけが残ったな」
「そうね」
ハリーの件も、ウェストブリッジ社も、モーソン商会も。
何もかも、わからずじまいだ。
それでも、シャーロットは少しだけすっきりしていた。
ホールが、ウェストブリッジ社とモーソン商会の内定を辞退したのだ。
また一から就職活動だよ。
ホールはそう嘆いていたが、それで良かったとシャーロットは考える。




