ホールの就職活動日誌
「お前のような小娘に何がわかる」
研究室内に、罵声が響いていた。
その日、ホールは研究室の見学に来ていた。
学生は、最終学年になると研究室に入る。
ホールがある研究室に着き、扉を開けた瞬間だった。
研究室内には、先客がいた。
銀髪の少女だった。
研究室には不釣り合いに思えるほど、可憐な少女がいた。
銀髪の少女は、真っすぐに何かを見ていた。
その視線の先にいたのは、中年の男だ。
男は、どうやらこの研究室の助手らしい。
その助手は、少女に対して暴言を吐いていた。
「小娘か大人かは関係ありません。あなたの研究には何もありません。模倣でも、もう少しうまくできます」
「な、な、な……俺の研究を馬鹿にしているのか」
「馬鹿にしていません。何もないと言っています。研究費と、それに関わる人たちの時間の無駄です」
「無駄だと」
その言葉のあと、助手は銀髪の少女に殴りかかろうとした。
危ない。
ホールは駆け寄ろうとする。
しかし、それよりも早く動いた者がいた。
殴りかかろうとした男の腕を掴み、男の動きを利用して足を払った。
助手は、床に倒れ込む。
その首元を、女の太腿が押さえ込む。
「シャーロット、あなた何をしているの」
どうやら、銀髪の少女の知り合いらしい。
赤褐色の髪の女性だ。
「アドラー准教授、どうしたのですか?」
「どうしたのって、騒ぎ声が聞こえたから来てみれば、あなたが……まあ、いいわ」
その後、助手は騒ぎを聞きつけた者たちに連れていかれた。
それが、ホールがシャーロットと初めて会った時の出来事だ。
その光景を見たからではないが、ホールはなぜか、研究のことだけはシャーロットに相談したことがない。
そして現在。
ホールは、ため息をついた。
せっかくもらった内定が、二つともなくなった。
結果としては良かったはずなのだが、今の時期にまた就職活動を始めるのは、結構つらい。
どうしようか。
また探すのか。
だからといって、このままでいいはずもない。
「ホール先輩、どうしたのですか?」
この時期、ホールにはほとんど授業がない。
そのため、食堂で一人、お茶を飲んでいた。
単純に、現実逃避の時間だ。
進路相談課にも相談した。
もう、あまり条件の良い仕事が残っていないことを再確認しただけだった。
そんなホールに声をかけてきたのは、ヴァイオレットだ。
珍しいな。
「ああ、ちょっとな」
中庭でシャーロットと話して以来、ホールはシャーロットと話していない。
必然的に、ヴァイオレットとも話していなかった。
「えっと……」
「大丈夫だよ」
内定が駄目になったことを知っているのだろう。
気を使ってくれていることはわかる。
「シャルに会いました?」
「いや、会ってない」
「そうですか」
その言い方が気になった。
「シャーロットがどうかしたのか?」
「シャルが、ホール先輩に伝えたいことがあるとか言っていたような……」
少し、ドキリとした。
謝罪だろうか。
いや、シャーロットはそんなことは言わない。
ならば、なんだろう。
一瞬だけ、シャーロットが研究室で見せた笑顔が脳裏に浮かんだ。
そんなことはない。
ホールは今まで、シャーロットにそんな感情はなかった。
いや、押し隠していただけなのだろうか。
誰も話しかけない、孤高の存在。
いくら冷たくされても、ホールは満足していた。
そんな彼女からの話。
「シャーロットは、どこにいる?」
「たぶん、中庭かな?」
それを聞くと、ホールは駆け出していた。
ヴァイオレットが、少しだけ微笑んでいたような気がした。
中庭。
庭師の間では、「シャーロットの庭園」と呼ばれている場所がある。
そこには、独特の花や木が植えられている。
綺麗というより、実験場のように整備された場所だ。
ここに来る者は限られている。
「シャ、シャーロット」
ホールは、息も絶え絶えに言う。
シャーロットは、少しだけホールの方へ視線を向ける。
彼女はしゃがみ込み、花を見ていた。
その花の周りが、青く光っている。
これが、シャーロットの魔法。
長い付き合いだが、初めて見た。
綺麗だ。
青い光が、シャーロットの白い肌を優しく照らしている。
一瞬が、長く感じた。
「ホール先輩、どうしましたか?」
シャーロットは立ち上がり、ホールを見つめる。
彼女の背丈では、見上げなければホールの顔は見えない。
その視線を受け、ホールはいつも以上に緊張する。
「あ、いや、その……俺を探しているとヴァイオレットが」
「大したことではないのですが」
シャーロットの「大したことではない」は、大体何かある。
「私の知り合いに、王宮で福祉事業をしている人がいます。人手が足りないらしく、ホール先輩が良ければどうかなと」
「それは、シャーロットが頼んだのか?」
「頼んでないわ。でも、仕事先を探したのは確かよ」
相変わらず、真っすぐだな。
しかも、王宮関連など、誰もが働きたい場所だ。
どんなコネがあるのだろう。
ホールは不思議に思う。
そういえば、第三王女とシャーロットは仲良くしていた。
研究仲間とか言っていた。
そうか、それか。
「でも、俺でいいのか?」
「ええ。あなたの能力については、私から伝えているわ。その上で判断したようよ」
きっと、忖度なく言ったのだろうな。
「じゃあ、行ってみる」
「ええ。あとで連絡先を確認しておくわ」
そう言うと、シャーロットは花壇の前にしゃがみ、また青い光を発動し始めた。
シャーロットの後ろ姿を見ながら、ホールは言う。
「じゃあな、シャーロット」
「ええ」
ホールは、中庭から離れていった。
後日、ホールは王宮にいた。
「あなたがホールさんですね」
「は、はい」
まさか、王宮に呼ばれるとは思っていなかった。
昨日、シャーロットが研究室に来た。
明日、面接があるので、この場所に行ってください。
そう言われ、面接場所と面接官の名前が書かれたメモを渡された。
ホールにメモを渡したあと、シャーロットはいなくなった。
えっと、何かないの?
ホールは、少しだけ思う。
そして今、ホールは面接をしている。
「魔導学園在学のようですけど、魔法省には行かれないのですか?」
面接官は当然のことを聞く。
魔導学園の学生は、魔法省に行くことが多い。
「はい。私は福祉の仕事がしたいので」
「大変よ。給料も安いし」
率直な言い方だ。
「ええ、もちろんわかっています」
「そう。なら、いいです」
面接官は、手元の書類をもう一度確認した。
「卒業したら来てください」
「いいのですか?」
「ええ。この成績の生徒を採らない理由はないわ」
それに、第三王女からの希望だし。
面接官は、それを口にはしなかった。
少し前。
シャーロットは、ヴィクトリア第三王女に、福祉関係の仕事をまだしているのかと聞いた。
ヴィクトリアは、シャーロットが珍しいことを聞くので興味を持った。
話を聞けば、知り合いが仕事を探しているらしい。
空きがあるなら、面接をしてくれないかとのことだった。
これは、ヴィクトリアにとって渡りに船だった。
優秀な人材は、なかなか福祉関係の仕事には来ない。
さらに、シャーロットに借りを作れる。
これは大きい。
だが、仕事は仕事だ。
その人物についての情報が欲しいと、ヴィクトリアはシャーロットに伝えた。
そのあと、すぐに届いた。
どこから手に入れたのか、ホールの成績表。
そして、シャーロットが書いた評価表。
問題はない。
むしろ、欲しいくらいの人材だった。
シャーロットの目に狂いはなかった。
その後、ヴィクトリアはシャーロットに面接の日と場所を伝えた。
ホールは、自分の就職が決まったことをシャーロットに知らせようとした。
しかし、シャーロットがどこにもいない。
ヴァイオレットに聞くと、学園を休んで、どこかに出かけているようだった。
しばらく連絡も取れないらしい。
何をしているのだろう。
また、誰かから調査の依頼を受けたのか。
それとも、興味のあることに勝手に首を突っ込んでいるのかもしれない。
まあ、帰ってくるまで待つか。
ホールは、シャーロットの庭園をゆっくりと眺めることにした。




