第十七章 株式仲買店員 (四)
シャーロットとヴァイオレットは、講義棟に向かった。
ホールは研究棟に行くようだ。
場所は食堂を挟んで反対側なので、ホールは「またな」と言って去っていった。
講義棟に向かいながら、ヴァイオレットが聞いた。
「あれはどういう意味?」
「そうね、もう少し情報が必要だわ」
シャーロットの青い瞳が、少し黒く見えた。
そう言うと、講義棟とは別の方向へ歩いていく。
あ、授業は、と声をかける前に、シャーロットはすでにいない。
あちらは、寮長室の方だ。
ああなると、もう私では止められない。
ごめんなさい、ワトソンさん。
寮長室。
「また、授業サボったのね」
「サボったのではなく、優先順位を変えただけです」
ハドソンは軽く溜め息をつき、カップに紅茶を注ぐ。シャーロットの前に紅茶を置き、その正面に腰掛ける。
「アーサー助手のことを知りたいです」
「アーサー助手?」
「はい、アッシュクロフト研究室の助手です」
「彼が助手になったのは、三か月前です。ウェストブリッジ社から、アッシュクロフト教授の推薦で配属されています」
ウェストブリッジ社から来た。
だから、ホールの能力を見て推薦した。
そう考えるのが自然だ。
それにしても、あまりにも待遇が良すぎる。
利益を得るような部署ではない。
指輪の魔導具。
ウェストブリッジ社が関わっていた。
その力は、医療にも利益にも、そして人を殺めるのにも使える。
この魔導具を考えた人は、人を救いたかった。
その思いが、その観測が魔法になった。
作った者が考えた結果と、使う人間が考える結果は違う。
その差は決して埋まらない。
きっと、それは間違いではない。
道具の正しい利用法は、使う人間が考えるのだ。
それがたとえ、人を殺める武器となろうとも。
「ボヘミア卿からの指示があったのですか?」
「ええ、そうです」
ウェストブリッジ社とボヘミア卿の関係は深い。
ボヘミア卿がショッピングモール建設のために作った会社だ。
ショッピングモール地区は、この何か月かでロンドンを代表する地区になっている。
莫大な予算をかけているために会社を作り、もし失敗した場合は、その会社が責任を負う。ボヘミア卿が財政的にも社会的にも被害を受けないためのものだ。
それは杞憂だった。
この地区は予想以上の利益を上げており、さらにその周りにできた住宅や研究施設の開発により、さらなる利益が見込まれていた。
再開発による土地の利益を見込んで、土地の買収を進めていたのが大きいようだ。
元々、低所得者が暮らすスラムのような場所であったため、土地の価格などあってないようなものだった。その時に、住む場所がない人々のために作ったウェストブリッジ社の部署が、ホールに勧められたところだ。
魔導学園の理事だからなのか。
魔導学園の人材を確保したい。
それだけか。
「アーサー助手の研究は何ですか?」
シャーロットは研究棟を縦横無尽に見て回っている。
それでも、すべての研究室と研究を理解しているわけではない。
最近はエフィーの研究室に没頭しているため、他の研究室を回っていない。
「そうですね。自分の目で見た方がいいと思います」
ハドソンにしては、珍しい言い方だ。
シャーロットは残った紅茶を飲み干し、一礼して寮長室を出ていった。
「シャ、シャーロット、さん」
研究室の扉を開けると、ホールがいた。
ホールは少し驚いていた。
「こんにちは、ホール先輩」
「こんにちは」
最初の戸惑いはなくなり、ホールはいつもの雰囲気に戻っていた。
「俺に用?」
「違います」
シャーロットの淡白な言い方は、聞きようによっては軽く振られているようにも聞こえる。
「研究内容を見に来ました」
シャーロットは、ハドソンからもらった見学書類をホールに渡した。
いつもはほぼ勝手に研究室を歩き回るのだが、初めて入るところでは最低限のルールを守っている。
「えっと、今は教授が席を外しているんだよね」
「そうですか」
「では、アーサー助手とホール先輩の研究を見せてください」
シャーロットは、いつもはまったく見せない満面の笑顔だった。
ホールはその顔を見て、頬が少し赤くなった。
ホールの動揺などまったく気にせず、シャーロットは研究室内を歩き始めた。
「ホール先輩の研究は、面白いですね」
シャーロットにお世辞はほぼない。
つまらない研究や、興味がわかないものには感想すら言わない。
前科がある。
せっかく見学者として受け入れたのに、あまりにもシャーロットが無表情で無言だったため、ある研究室の助手が苦言を言った。
その時のシャーロットの言葉が、ある種の伝説となっている。
「研究の九割は世の中に役立ちません。しかし、その研究に対して研究者がどれだけの時間と思考と観測をしているかだけは、わかります。あなたの研究には、そのどれもありません。模倣よりも酷いものです」
助手は、ただただ罵声をシャーロットに浴びせ続けた。
その罵声には、意味のある言葉などなかった。
ただ、人格を貶める言葉だけが研究室に響いた。
騒ぎを聞きつけた周りの人々が止めるまで続いた。
シャーロットは、助手から視線を一切そらさず、見つめたままだった。
助手だけが声を荒らげていた。
一学生に対して怒鳴り散らすことではなかった。
ただの学生だったら、誰も気にしないだろう。
相手がシャーロットでなければ。
シャーロットの興味関心が高い研究は、研究棟の中でも一段上の評価を受ける。他の教授たちや外からの声よりも、シャーロットの評価基準は洗練されている。公平でも平等でもない評価をする。シャーロット自身が確立している評価基準だ。それは誰からも揺らぐことのない基準だ。だからこそ価値が出る。
実際、シャーロットが評価している研究は、魔導学園の中でも中心研究になっていた。
その助手は、しばらくしていなくなった。
研究データの不正が見つかったからだ。
表向きは、自主退職だった。




