第十七章 株式仲買店員 (三)
シャーロットの返事を待たず、ヴァイオレットは食堂にいる給仕の女性に注文をする。学園の食堂は、学内の関係者と生徒は無料なので、いつも混んでいる。
注文を終え、トレイに載った料理を配膳口から受け取る。
料理の量は均一なはずなのだが、なぜかシャーロットの料理の量は、ヴァイオレットよりも、というか他の人たちよりも少し、いや、かなり多い。
「お嬢ちゃんはもっと食べないとね」
たまに来るシャーロットの姿を見ると、料理長はシャーロットの料理を多くする時がある。
受け取った料理を見たあと、シャーロットは感謝を述べる。
それを見ながら、ヴァイオレットはこう思う。
私、太ってしまう。
人並みの半分の量も食べないシャーロットが、普通の倍近くある量を食べるわけがない。
いつもシャーロットが食べられない分を、ヴァイオレットが食べるのだ。
残せばいいのだが、ヴァイオレットはそれができない。
最近、一緒に食堂に来ていなかったから忘れていた。
そう、ここ最近のシャーロットは、お昼になると研究棟に出入りしていたのだ。
二人はトレイを持って、空いている席を探していると、後ろの窓側の席から手を振られていることに気づいた。
目立つその姿から、すぐに誰なのかわかった。
四人掛けの席に、シャーロットとヴァイオレットは並んで座る。
正面には、ホールが座っている。
「シャーロット、君は意外に大食漢なんだね」
ホールは、シャーロットのトレイにある料理の量を見ていた。
シャーロットは、ナイフとフォークでローストビーフを一口大に切り、口に入れる。
「ホール先輩は、何の仕事をしたいのですか?」
シャーロットは、自分のトレイにある料理の半分をホールのトレイに移しながら聞いてきた。
ホールは、そんなシャーロットの行動にも嫌な顔をせず、移されてきた料理を口に運ぶ。
「そうだな。俺は魔法に対する能力があまりないから、研究職とかは無理かなって。だから、魔法と生活の懸け橋になる仕事がいいかなと考えていた」
「そう。でも、モーソン商会の仕事では、それとは違う気がするわ」
「ああ、あそこは株取引が中心だからな」
「だが、最近、新しい事業を始めていた」
「どんなこと?」
「福祉事業だ」
福祉事業。
大体は税金対策のための部署だ。
ほとんどがまともな活動などしていない。
シャーロットはよくロンドン市内を回り、貧民層の確認をしている。
貧民層の支援をまともにしているところなど限られている。
企業は、利益の一部を国に納める。
しかし、国のための仕事に奉仕する場合、税金を削減できる。
それに一番簡単なのが、奉仕活動だ。
炊き出しや簡易医療などをするだけでいい。
もちろん、その中身はかなり中抜きされている。
シャーロットは、その内容を監視局に報告している。
それで何かが改善されているわけではない。
そんなことはシャーロットもわかっている。
ただ、正しいことをするための優遇措置を使って利益を得ていることに、少しいら立ちを感じているだけだ。
モーソン商会の福祉事業も似たようなものだ。
そのことをホールに伝えるべきか、シャーロットは少し悩んだ。
ホールの仕事に対する考えは、決して間違っていない。
彼の能力を考えれば、もっと違う仕事の方が、より社会に貢献できるような気がする。
しかし、個人の能力と思いは別である。能力だけで仕事が決まるわけではないように、熱意だけでも仕事はできない。その両方が合っているのなら、それで良いのではないだろうか。
後で、彼が現実と理想の間で悩む日が来るかもしれない。
それは、あくまで推測でしかない。
「俺が、そういうところで働くのは変か?」
ホールは、珍しく真剣な目でシャーロットを見つめていた。
その瞳を、シャーロットは真っすぐに受け止めた。
「何をするのかは、あなたの自由よ」
「でも、その会社が何をしているかを調べるのは、あなたの義務よ」
シャーロットの青い瞳は、ぶれない。
優しくない言葉だ。
ヴァイオレットは、シャーロットのその言葉を聞いて、そう思う。
でも、彼女なりの配慮が見える。
この会社には何かがあると、暗に言っているのだろう。
「そうか、そうだな」
ホールの表情は、いつものように戻っていた。
「それで、もう一つの会社はどうやって、ホール先輩に声をかけてきたのですか?」
ヴァイオレットは、食後の紅茶を飲みながら聞く。
今日は、シャーロットが食べきれない食事をホールが食べてくれたので、お腹の満足度もちょうどいい。紅茶の優しい香りが口の中に広がっていた。
「ああ、それはアーサー・ピナー助手が俺に声をかけてきたからだ」
アーサー・ピナー。
ホールが所属している研究室の助手のようだ。
ヴァイオレットは会ったことがない。
「アーサー助手は、なんて言ってきたの?」
「ウェストブリッジ社から俺宛ての手紙が来ていると。その手紙には、俺と面接をしたいとのことが書いてあった」
「それで、行ったのですか?」
「もちろん。行ったよ」
ホールがウェストブリッジ社から提示されたのは、モーソン商会の報酬の倍くらいの額であり、さらにホールが希望している福祉活動を主とする仕事に回してくれるとのことだった。
「怪しいわね」
シャーロットは、ほとんどの料理をホールに押し付けていた。
普通の量の半分で、シャーロットのお腹は満足である。
食べ過ぎると頭が働かなくなる。
頭に糖分が少し入るくらいが良い。
紅茶の香りをかぎながら、シャーロットは一言言う。
「俺もそう思った」
「実績も経験もない学生に、それだけの待遇をする利点がなさすぎるだろ」
ホールの言っていることはもっともだ。
いくら学園で優秀とはいえ、一介の学生にこの待遇は良すぎる。
「ウェストブリッジ社の福祉活動の社歴とかはわかるのですか?」
「ショッピングモール開発の時にできたので、まだ日が浅い」
始めたばかりだから、新人でもいいという考えだろうか。
だとすれば、待遇を良くする利点がない。経験者を雇った方が断然いい。
「ホール先輩、その手紙とその方は、本当にウェストブリッジ社ですか?」
「え?」
「面接はどこで?」
「ウェストブリッジ社近くのカフェで」
「手紙は直接ではなく、アーサー助手からですよね」
「ああ」
そこで、昼休憩の終了を告げるベルが鳴った。




