憂鬱は、常に宙を舞う
なんだ、これは?
セドリックは、回ってきた報告書を見て愕然とする。
十年前の事件。
アメリカで起きた。
思い出したくない事件だ。
国外での活動と、新たな研究拠点を構築するためのものだった。
それが、局員の部下が対象者を殺害した。
当時、グラントがこの地に赴任したばかりだった。
着いたばかりで、後始末が待っていたようだ。
犯人は捕まえたが、被害者の夫が行方不明になっていた。
研究の一部もなくなっていた。
この事件のあと、様々な者が処分された。
強硬に出た者も処罰された。
どうやら、二重スパイを捕まえる作戦があったようだ。
それが今頃になって、この街ロンドンで、当時の関係者が事件を起こした。
セドリックは、現在は国内担当部署にいる。
各方面からの連絡、苦情、威圧、愚痴などが入ってくる。
この件に対しては、何も言えない。
厄介なのは、王族や貴族も絡んでいることだ。
このタイミングで、グラントが帰国した。
体のいい左遷。
ロンドンで起きた事件の件で、責任を取らされたのだろう。
そんな時に、また面倒事が起きた。
「妻が浮気しているかもしれない」
「いや、ロンドンに来たばかりだろ?」
「ああ。しかし、そんなことは関係ない。恋に時間などない」
こいつ誰だ?
こんな奴だったか?
セドリックは、グラントから相談を受けた。
仕事ではない。
家庭のことだ。
一番苦手な分野だ。
「そうか、でも」
「俺は、外務調査局員だ。人を調べるのは慣れている」
グラントの意思は固い。
だが、私生活に仕事を持ち込むなよ。
「待て、待て。落ち着け」
俺が調べるか?
いや、それは面倒だし。
こういうことに関わると、いいことはない。
そこでセドリックは、ちょうどいい相手を思い出す。
その時は、軽いノリだった。
まさか、あとで後悔することになるとは知らずに。
「いい知り合いを紹介する」
セドリックは、一応グラントの妻について調査した。
シャーロットにグラントを押し付けたが、さすがに何かあったら困るので、確認くらいはしておこうという気持ちだった。
エフィー。
最近起きた、指輪型爆弾事件の関係者だった。
アメリカで、エフィーが勤めていた研究室の教授が殺されている。そして、その事件に関係する夫が、ロンドンの街で事件を起こした。
最悪なのは、その事件に王族や貴族、そして我が外務調査局も絡んでいたことだ。
この事件を解決したのは、シャーロットだった。
まずいな。
セドリックは、ただのエフィーの浮気くらいに考えていた。
新天地での生活。
夫婦のすれ違い。
よくあることだ。
しかし、これはまた違う。
嫌な感じがする。
エフィーのことを調べ直さなければならない。
シャーロットが何かを起こす前に。
アメリカの外務調査局から届いた報告書を見る。
エフィーは結婚していた。
しかし、別れていた。
別れた夫は亡くなっている。
問題は、亡くなった夫が所属していた組織がAMAだったことだ。
表向き、外務調査局とAMAはあまりいい関係ではない。
最初は、AMAが殺害したのではないかと考えたが、違うようだ。
こう見えても、我々はそう簡単に人を殺さない。
最終手段だと考えている。
行うのは、一部の強硬派だけである。
面倒な奴らだ。
人の命は軽くない。
エフィーが通っている家。
その持ち主が、ある会社だった。
ウェストブリッジ社。
最近できたその会社の出資者が、ボヘミア卿だった。
なぜ、エフィーが関わっているのか。
ウェストブリッジ社から、かなりの資金がエフィーの研究に流れている。
アメリカからロンドンに研究が移されたのも、それが大きいようだ。
アメリカ魔法学園とウェストブリッジ社との間で、何らかの取り決めがあったようだ。
エフィーの研究は、あまり汎用性が高くない。
――と、あとでシャーロットから聞いたことだが。
ここまで調べた限り、エフィーは今回の事件には関わっていない。
むしろ、ボヘミア卿が出資したウェストブリッジ社の方に何かある。
シャーロットが余計なことに気づかないことを祈るしかない。
しばらく傍観していると、案の定、上から指示が来た。
これ以上、余計な捜査をするな、と。
どうやら、ウェストブリッジ社のことを知られたくないようだ。
調べるなと言われると、調べたくなる。
外務調査局員の哀しい性だ。
会社に出資しているのは、ボヘミア卿。
提携しているのは、王立学園。
ウェストブリッジ社は、様々な事業をしている。
開発、管理、福祉、そして魔法研究。
大規模な魔法研究はしていない。
個人的な研究が多いようだ。
その割には、得られる対価が少ない。
なぜ、魔導学園と提携を組まないのかが不思議だ。
これ以上は、やめておこう。
グラントとエフィーが和解したあと、シャーロットとワトソンはいつものカフェにいた。
「久しぶりだな」
「ええ、元気そうね」
ワトソンが社交辞令を言う。
実際は、色々と後始末が大変だったので、元気ではない。
楽しくカフェでお茶をしていたい。
「ウェストブリッジ社」
あまり聞きたくない名前だ。
「何をしている会社なの?」
シャーロットの顔は、楽しそうだ。
気のせいかもしれない。
紅茶の香りと温かさで、シャーロットの白い肌に血色が戻っただけかもしれない。
「俺が言わなくても、知っているのだろう」
監視局から情報を得ているはずだ。
「じゃあ、あなたたちとどのくらい関わりがあるの?」
「俺は、よく知らない」
とりあえず、知らないふりをする。
自分から頼んだことだが、グラントのことは解決している。
これで終わりにしたい。
「ほら、もういいでしょう、シャル」
ワトソンの言葉を聞いて、セドリックは助かった。
この場には味方がいる。
「そうね。でも、あなたが調べたことを教えて」
シャーロットの質問は、セドリックがウェストブリッジ社を調べていたことを知っているかのような言い方だ。
セドリックは、少し迷う。
ウェストブリッジ社が、これから何かをする予感がある。
シャーロットが調べることによって、監視局も外務調査局も動きやすくなるかもしれない。
だが、それはシャーロット自身の身の安全を無視すればの話だ。
いくら頭が良く、魔法の才があっても、まだ子供だ。
これ以上、関わらせてはいけない。
ワトソンの視線を見て、セドリックはそう思い直した。
「依頼は片付いただろ。それ以上を調べる意味はない」
「シャル!」
何かを言おうとしたシャーロットを、ワトソンが止める。
少しだけ、シャーロットは眉間に力を入れていたが、すぐにそれを解いた。
「わかったわ」
そう言うと、少し冷めた紅茶に口をつけた。
その後は新作のスイーツを食べ、セドリックは久々の休日を楽しんだ。
最後の一口を食べ終わる頃、シャーロットが突然言う。
「ウェストブリッジ社の警備部署。ショッピングモール地区の治安維持が主な仕事。それ以外は、何もしていないのかしら?」
ああ、せっかくの美味しいスイーツが台無しになる。
「仕事だからな。色々していても、おかしくないんじゃないか?」
「そうね。何か怪しい人たちをまとめているとかも、入るのね」
地域の治安のためには、裏社会との取引もある。
別に、おかしなことではない。
だが、何か言い方が引っかかる。
知っているのか?
「治安維持には、ある程度必要だろ」
「ええ、ある程度は」
シャーロットは、何かを見ていた。
その方角は、ショッピングモールの方だった。




