第十六章 黄色い顔 (八)
「最近ロンドンで、三人の人間が亡くなった事故があった。一人は子供だった。彼らは、昔AMAの職員とその家族だった。外務調査局がロンドンに亡命させていた。その情報がつい最近AMAに流れた。その情報をAMAで管轄していたのが、エフィーの亡くなった夫だ」
オレンジの種。
シャーロットは、海に沈んでいく船を思い出す。
「エフィーの夫は、家族の亡命を希望していた。そこでグラントが接触しようとした」
「しようとした?」
「ああ、接触する前に亡くなっていた」
レストレードの報告書にもあった。
「なぜ亡命を?」
「人種的な問題だ」
どこにでもある。
生まれ、育ち、肌の色、性別。
本質とは違うもの。
それだけだろうか?
「エフィーの夫は、殺されたの?」
「AMAは、裏切り者を許さない。しかし、事故だと言う報告を聞いている」
セドリックの冷たい声だけが響いた。
「エフィーの研究を、アメリカの魔法学園がロンドン魔導学園への転籍を許した理由は何?」
「アメリカ魔法学園は、エフィーの研究の損失を考えて、魔導学園との共同研究にした」
「外務調査局は、グラントの報告書からエフィーを受け入れることを了承した」
「裏切りがばれていたの? なら、エフィーはなぜ受け入れたの?」
「グラントとエフィーが結婚した」
「外務調査局の関係者には、AMAも手を出さないということ」
「いや、AMAはそんなことで手を引くわけはない」
「グラントが交渉したの?」
「ある企業がAMAと交渉していた」
「ある企業?」
「ああ、エフィーが通っている家を借りている企業だ」
「エフィーとの関係は?」
「研究との関連企業だ」
「それが、手助けした?」
「そうだ」
「外務調査局は、知らないふりを?」
「その企業と外務調査局とのパイプはかなり深い。だが、二重スパイの可能性があった。泳がせて様子を見る方針でいた」
グラントにもか。
だから先に帰国させた。
「グラントは白なの?」
「今のところはな」
「エフィーの方は?」
「怪しいところはない」
「隣家に通っているのに?」
「ああ、隣の家に尋ねるくらい誰でもやる」
その言い方は、セドリックが全てを知っているかのように聞こえた。
レストレードからの報告書。
シャーロットは、セドリックと別れた後に見直していた。
エフィーの元夫は、亡くなっていた。
エフィーは、助手をしていた研究室が閉鎖されたため、新たな研究室に移動になったころ、結婚したらしい。
その後、夫婦のすれ違いで、エフィーと夫は別れた。
エフィーは、グラントにそう話したらしい。
そして、エフィーの夫は亡くなった。
事故だったらしい。
特別疑わしい記録もない。
その後、グラントがエフィーと出会う。
まるで誰かが創作したような報告書だ。
いつものカフェに、シャーロットはいた。
「グラント、正直に答えて」
「あなたが、エフィーの夫を殺したの?」
グラントの視線は宙を向いている。
「いや、俺が会う予定の日には、すでに亡くなっていた」
「きちんと確認したの?」
「それは……」
「でもね、その亡くなった人間がこの国に来ているとしたら?」
「まさか、そんな……じゃあ、隣にいるのは?」
グラントは、立ち上がり駆け出した。
隣の屋敷の前にシャーロット達はいた。
グラントは、扉を叩いていた。
扉が開くと、
家政婦が出た。
グラントを見て驚いている。
「あの……」
家政婦は、固まっている。
「エフィーはいるのか?」
「いえ、あの……」
「いいから、入る」
家政婦の制止を振り切り、
グラントは中に入る。
「エ、エフィー」
屋内をグラントは探す。
一階には誰もいない。
二階。
黄色い顔が見えた部屋。
扉を開ける。
いた。
黄色い顔。
違う。
黄色い仮面。
「グ、グラント」
「これは、どういうことだ」
黄色い仮面の人物は、まだ子供のように見える。
エフィーは黄色い仮面の少女を抱きしめる。
シャーロットとワトソンは扉越しに見る。
シャーロットは、仮面の少女を見た瞬間に、頭の中であるものが構築された。
あれは、まさか。
そんなこと。
「エフィー、その子が観測機の核なのね」
「え、シャーロット?」
場が混乱している。
「みんな、一回落ち着きましょう」
ワトソンの声が室内に響いた。
「その子は誰なんだ?」
グラントは、エフィーと黄色い仮面の少女を見る。
エフィーは、一度だけ室内を見渡し、黄色い仮面の少女の頭を撫でる。
「ごめんなさい。グラント」
「この子は、私の娘です」
娘。
レストレードの報告書には、なかった。
「私と元夫の間に出来た子供です」
「なぜ隠していたのだ」
「私の夫は、人種的に一部の人間たちから迫害を受けていました」
世界は様々な差別を作る。
肌の色、瞳の色、魔法ですらそれを包むことはできない。
「生まれたことを隠し続けることが必要でした」
戸籍に残らないようにしたのか。
「私の元夫は、AMAの職員でした」
AMA。
アメリカ、いや世界最高峰の研究所。
観測核研究の最高峰。
ロンドンの魔導学園ですら、その研究の内容に追いついていない。
研究内容は、極秘。
職員にはある契約をする。
オレンジ。
それは、死の契約。
莫大な契約と引き換えに。
エフィーの夫は、ある情報を得る。
子供が生まれたときに、ある事件の内容を知る。
エフィーの研究所の教授が謎の死を遂げていた。
彼女の父とお腹の子も亡くなっていた。
だが、彼女の夫は行方不明になる。
同じ頃に、AMA研究員の何人かが行方不明になっていた。
半年前に、ある情報が彼の耳に入る。
行方不明になった研究員が亡くなったと。
家族全員が。
そして知る。
AMAの仕業だと。
人種差別の根が深い今の状況もある。
自由な研究機関でさえ、
もう無理だ。
妻と子供を同じ場所には、置けない。
逃さないといけない。
だが。
「夫は、何かに怯えていました。今のままでは、自分も子供も幸せになれない。そして、亡命を考えていたようです」
「でも、事故で亡くなりました」
馬車による事故。
報告書には、特に人為的なところはないとあった。
「私は、娘と二人で生きていくことを決めました。でもグラントに逢って、私の心は揺らぎました。もしかしたらこの人なら娘を受け入れてくれるかもと。でも、もしダメだったら、それが怖かった」
「そんな時に、グラントがロンドンに帰国するという話がありました。私は全てを打ち明けられず、時間だけが過ぎました。でも、この子の未来のためにもとロンドン行きを決意しました」
エフィーは、深い悲しみの視線を送る。
「ごめんなさい、あなた」
「いいんだ」
「俺は、君の全てを愛したのだよ。もちろん、その娘もそうだ」
グラントは、エフィーに駆け寄る。
「三人で暮らそう」




