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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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第十六章 黄色い顔 (六)

 シャーロットがマスターに紅茶のお代わりを頼んだ、ちょうどその時だった。


 カフェの扉が開いた。

 グラントが入ってくる。

 マスターは一度だけそちらを見たが、何も言わない。

 グラントは店内を見回し、すぐにシャーロットたちを見つけた。


 こちらへ歩いてくる。


 それを見たワトソンは席を立ち、向かいの席を空けるようにシャーロットの隣へ座り直した。


「何か飲む?」


 グラントが席につくのを待って、ワトソンが尋ねる。


「冷たいものを」


 いつの間にか近くに立っていたマスターに、ワトソンはレモネードを頼んだ。

 やがて、氷の入ったグラスがテーブルに置かれる。


「それで、どういう状況ですか?」


 グラントが切り出した。


「まず、エフィーが隣家で誰かと会っている可能性は高いわ」


「やはり……相手は誰ですか?」


 グラントの前に置かれたレモネードの氷が、カラン、と小さな音を立てた。


「それは、まだ分からない。ただ――」


「ただ?」


 グラントが身を乗り出す。


「言ってくれ。どんなことでも俺は大丈夫だ」


 シャーロットは、一度グラントの顔を見る。


「エフィーは、アメリカで結婚していたわ。まだ相手の詳しい情報までは分かっていないけれど」


「知っている」


 シャーロットの目が、わずかに動いた。


「知っている?」


「ああ。だが、二人は別れたはずだ」


 グラントの表情が変わった。


「まさか……元夫があの家にいるのか? そんなことは、ありえない」


「まだ、そう決まったわけではないわ」


「だが、エフィーはあの家へ通っているんだろう?」


「誰かに会いに行っている可能性が高い。それだけよ」


「な、何が起こっている」


 シャーロットは答えなかった。

 代わりに、紅茶のカップへ手を伸ばす。

 カップ越しにグラントを見る。


 額には汗がにじんでいた。

 視線も落ち着かない。


 そして、まただ。


 レモネードに一度も手をつけていない。

 グラスの表面を水滴が伝い、氷だけが少しずつ小さくなっていく。


 なぜ、元夫だと思った?


 シャーロットは、その疑問を口にはしなかった。


「もう少し調べてみるわ」


「ああ。頼む」


 グラントは立ち上がった。

 テーブルに代金より少し多めの紙幣を置き、そのまま店を出ていく。


 扉が閉まった。



 少しして、奥の席から男が立ち上がった。


「あれが依頼人か?」


 レストレードだった。


「そう。どう?」


「怪しいな」


 レストレードはグラントが出ていった扉を見る。


「それと、外務調査局が何か動いている」


「どういうこと?」


「アメリカ側に照会をかけた。だが、俺たちより先にエフィーに関する記録を調べた人間がいる」


「外務調査局?」


「ああ」


 ワトソンがプリンの皿から顔を上げる。


「それなら、なおさらおかしいわね」


「何が?」


「どうして外務調査局で処理しないの?」


 ワトソンの疑問はもっともだった。

 任務外の私的な問題だとしても、第三者に調査を頼む必要があるだろうか。

 最初から、おかしい。

 シャーロットも分かっていた。

 ただ、それ以上に興味を引かれるものが多かっただけだ。


「グラントとエフィー。二人がアメリカにいた頃のことを、もう少し調べる必要があるわね」


「もう動いている。ただ、時間はかかる」


 レストレードは自分の席に置いていた資料を手に取った。


「これは監視局の正式な捜査じゃないからな」


「分かったわ」


 シャーロットはそう答え、新しく入れた紅茶を口に運んだ。



 シャーロットは、暇さえあればエフィーの研究室へ顔を出すようになっていた。


 エフィーも嫌がる様子はない。

 むしろ、シャーロットが来ることを歓迎しているようだった。


 二人は研究室の休憩場所で紅茶を飲みながら、研究について話すことが多くなった。


 すでにシャーロットの中では、グラントからの依頼よりも、こちらの方が重要になりつつある。


 ある日、研究とは関係のない話になった。


 きっかけは、エフィーの言葉だった。


「あなた、アメリカのどこで育ったの?」


「分かるの?」


「少しアメリカ訛りがあるわ」


 エフィーは驚いたあと、懐かしそうに故郷のことを話し始めた。


 生まれ育った街。

 子供の頃によく行った場所。

 友人たちと遊んだこと。


 話を聞いていると、イギリスとは違うものがいくつもある。


 特にシャーロットが興味を持ったのは、子供の遊びだった。


「それ、ロンドンにもあるわ」


「本当に?」


「ただ、名前が違う」


 シャーロットが遊び方を説明すると、エフィーは少し考えた。


「ほとんど同じね」


「そうね。細かいルールは違うけれど、基本的な構造は変わらない」


「子供って本当に不思議ね」


 不思議だった。


 遠く離れた場所で、違う文化の中で育った子供たちが、よく似た遊びを生み出している。


 子供の創造力にも、何か共通する規則があるのだろうか。


 もしそうなら、人間の思考にも――。


 シャーロットはそこで人工観測機を思い出した。


 人間によって観測方法は違う。

 だが、その根底に共通する何かが存在するのなら。

 個人の観測を万人へ広げるというエフィーの研究も、決して不可能ではないのかもしれない。


 面白い。


 エフィーと話していると、新しい疑問が次々と生まれてくる。

 シャーロットにとって、それは非常に充実した時間だった。

 そんなある日、エフィーが言った。


「今度、うちに来ない?」


「家に?」


「ええ。向こうにいた頃は、休日に研究仲間を家へ呼んで食事をすることがあったの。でもロンドンに来てから、まだ一度もできてなくて」


 研究仲間。


 どうやらエフィーは、シャーロットをそう考えているらしい。


「行きます」


 返事は早かった。


 ちょうど休日に予定はない。

 グラントから頼まれた調査も、今は手詰まりになっている。


 それに――。


 エフィーと、もっと研究の話ができる。


 シャーロットに断る理由はなかった。


「もう一人、連れていってもいい?」


「もちろん。お友達?」


「ええ、そう」


「ぜひ」


 こうして、シャーロットはエフィーの自宅へ招かれることになった。

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