ひみつの花園
ロンドン魔導学園には、魔法都市ロンドンでも屈指の花壇がある。
学生だけでなく、市民にも一般開放されることがあり、その美しさはロンドンでも五本の指に入ると評判だった。
花壇を管理しているのは、学園付きの庭師たちだ。
正門をくぐれば、学園塔へ続く道の両脇に、季節ごとの花々が壮麗に咲き並ぶ。整えられた低木、色を揃えた草花、魔力の流れまで計算された配置。そこは、学園の格式そのものを示す景観だった。
――だが、その片隅で。
寮生も教員も見覚えのない奇妙な植物が、ひっそりと葉を揺らしていた。
「シャル……また勝手に植えたの?」
花壇の縁で、ワトソンが呆れた声で言う。
「……少しだけ。観測に反応する種子を育ててみたの」
シャーロットはしゃがみ込み、小さな芽にそっと指を添えた。
触れた瞬間、葉脈の奥からふわりと青い光がにじみ、空気がひとつ、小さく震える。
ワトソンは目を丸くした。
「……シャル。ハドソン寮長に見つかったら怒られるわよ?」
「怒られたら、そのとき考えるわ」
「その“そのとき考える”で何回怒られたと思ってるの!」
ワトソンが怒った声を上げる。
だがシャーロットはどこ吹く風で、ジョーロを傾け、芽元へ静かに水を落としていく。
その日から、シャーロットの日課はまたひとつ増えた。
朝は授業の前にこっそり水やりをし、昼休みには花壇に立ち寄って葉の発光を観測する。夜になればベイカー室で、その変化を記録帳に書き写した。
青。淡青。薄藍。
光の揺れは、観測者の精神状態によって微妙に変化する。
――その仮説に、彼女は夢中になっていた。
ある日の午後。
花壇の土を軽くならしていたシャーロットは、背後の空気がきゅっと引き締まるのを感じた。
「シャーロット!」
静かだが、芯のある声だった。
振り返ると、そこには腕を組んだハドソン寮長が立っていた。
灰色の制服の裾が、風に揺れている。
「花壇に“観測植物”を植えてはいけません、と言いましたよね?」
「……はい」
「これを見なさい。今や花壇の半分が、あなたの実験区画でしょう」
言われて見れば、その植物は少しずつ勢力を広げ、普通の花々のあいだに青い影を滲ませていた。
「……すみません」
シャーロットは素直に頭を下げる。
ワトソンは小さく肩をすくめ、視線を逸らした。
だが。
ハドソンはひとつ長く息をつくと、しゃがみ込み、芽のひとつへそっと手を伸ばした。
柔らかな葉が指先に触れた瞬間、淡い光が波紋のように広がる。
「しかし……庭師たちが黙認しているとはね」
「……これは、もう止められないはずだわ」
その声音には、呆れと、わずかな納得が混じっていた。
「どうやって彼らを味方にしたの?」
シャーロットは少しだけ視線を落とす。
「……少し、問題を解決しただけです」
「取引、ということね」
「……はい」
花壇の魔力導管が詰まり、土壌が弱っていた日。
シャーロットは《円》の観測魔法で“流れの乱れ”を可視化し、短時間でそれを修復してみせた。
その結果、枯れかけていた花々は息を吹き返した。
庭師たちは驚き、そして彼女の実験区画を半ば黙認するようになったのだ。
ハドソンはしばらく無言で花壇を見つめていたが、やがてゆっくり立ち上がった。
「全部、撤去しますか?」
シャーロットはまっすぐに寮長を見上げる。
「……そうします」
しかし、ハドソンは首を横に振った。
「いいえ。半分だけなら残していいわ」
「……いいのですか」
思わず、シャーロットの声が少しだけ上ずる。
「学園の規則も大事です。けれど、あなたに助けられた庭師たちのことも無視できませんから」
そう言って微笑むハドソンの横顔を、シャーロットは瞬きもせず見つめていた。
その隣で、ワトソンがにやにやしている。
「よかったわね、シャル。これで怒られずに済むわ」
「ただし」
ハドソンは静かに指を一本立てた。
「これ以上は増やしてはいけません。他に隠しているものはありませんね?」
「……はい」
シャーロットは淡々と答える。
「屋上に置いてある養蜂箱は、まだ見つかっていないようね」
小声のつぶやきだった。
「何か言いましたか?」
「いえ」
「はっくしょん」
ワトソンがくしゃみをする。
夕暮れの光が花壇を染める。
観測植物の葉は、ふわり、ふわりと青く揺らめいていた。
まるで、秘密を知る誰かが、そっと笑っているかのように。




