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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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第十五章 銀星号事件 (六)

「これは、誰かしら?」


 草むらに横たわる人物のそばに、ワトソンは立っていた。


「調教師の可能性が高いわね」


 シャーロットは当然のように言った。


「どうして、そう思うの?」


「調教師とは昨日から連絡が取れていない。それに、手に握っているものは――」


 シャーロットは、横たわる人物の状態を確認した。


 すでに息はない。


 頭部には裂傷がある。

 鈍器のようなもので殴られたのだろう。

 おそらく、即死に近かった。


 近くに馬の姿はない。


 ワトソンは草原を見渡した。

 周囲には誰もいない。


 シャーロットは、遺体とは別の何かに目を向けていた。


「ステラ、このことを伯爵に伝えてきて」


「シャーロットさんは?」


「少し、周りを見てくるわ」


 そう言い残し、シャーロットは歩き出した。


 あてもなく歩いているようには見えない。

 何か目的地があり、そこへ向かっているようだった。


 その後を、ワトソンがついていく。


「ロス伯爵は、軍と近いわよね」


「ええ。元大佐だしね」


 軍と関係の深い貴族は多い。


 その中でも、実力で大佐まで上り詰めたロス伯爵に対する軍関係者からの信頼は厚かった。


 現在、国内の王族は三つの勢力に分かれている。


 第一王子を中心とする女王派。

 第二王子を中心とする軍部派。

 第三王子を中心とする魔法省派。


 貴族たちも、それぞれの派閥に分かれていた。


 そして少し前、事故によって第三王子の体調が悪化したとの噂が流れた。

 最近では、ある治療によって回復しつつあるようだが。


 軍は今、厳しい立場に置かれている。


 ゴーレム事件では、軍が裏で手引きしていた疑いがある。

 爆破未遂事件にも関わっていたとされていた。


 軍と第二王子の橋渡しをしていた人物が、ロス伯爵だ。


 しかし、それについてワトソンは疑問を抱いていた。


 ロス伯爵の性格を考えると、第二王子とは相性が良いようには思えない。


 ロス伯爵は、貴族には珍しく実直な人物だ。

 陰で策略を巡らせる第二王子とは、まるで正反対だった。


 以前、シャーロットにロス伯爵について尋ねられたときも、ワトソンはそう答えている。


 先ほど実際に会ったときも、その印象は変わらなかった。


 ただし、彼も貴族だ。

 王族を相手にするときは、態度を変えるのかもしれない。


 実際、軍はインドからの撤退やアフガニスタンでの問題を巡って、議会から追及を受けていた。

 予算の削減も求められている。


 さらに魔法省の勢力が拡大し、魔法省に割り当てられる予算も増加していた。


 外務調査局の権限も強くなり、国外での活動だけでなく、軍内部にまで影響を及ぼし始めている。


 その状況は、軍にとって好ましいものではなかった。


 そこで軍は、王族を味方に引き入れるために動き始めた。


 第一王子は、大議会をほぼ手中に収めている。

 第三王子の後ろには、魔法省がついている。


 有力貴族からの後援が少ない第二王子と軍が結びつくのは、当然の流れだったのかもしれない。


 軍にとって、予算の削減は防衛力の削減と同じ意味を持つ。

 それは、国の存亡に関わる問題でもある。


 インドでの事故の後、東インド研究所から撤収した際、軍は研究資料の大部分を回収していたはずだった。

 外務調査局に奪われる前に。


 それにもかかわらず、軍がスモールの計画に加担していた形跡がある。


 外務調査局も、その件について調査を始めていた。


 軍は今、追い詰められている。


 このまま力を失えば、軍そのものが再編され、いずれかの省庁に組み込まれるかもしれない。


 内務省か。

 あるいは、魔法省か。


 そんな噂が流れ始めている中で起きたのが、第三王子の事故だった。


 表向きは、事故として処理されている。


 誰が計画を指揮していたのかは分かっていない。


 第二王子は関与を否定し、軍も研究体が何者かに盗まれたと主張している。


 シャーロットは、この事件に深く関わっていた。


 だが、事件を解決した後は、その件について口をつぐんだ。


 彼女は魔法の絡む事件には興味を持っていたが、その後に続く政治や権力争いには関心がなかった。

 ただ、それだけのことだった。


 しかし、事件について何も語ろうとしないシャーロットの態度は、周囲にさまざまな憶測を生み出した。


 王宮、軍、貴族、そして魔法省。


 それぞれの間には、今も緊張感が漂っている。


 そんな均衡を破るかのように、事件を解決したシャーロットと、第二王子派で軍とも近いロス伯爵が郊外で会っている。


 それだけの情報でも、小さくない波紋が広がる。


 シャーロット自身は、これまで数々の事件を解決したことで、自分が国を動かす大きな歯車の一つになっていることに、まだ気づいていなかった。


 そして、その様子を監視している者がいた。


 情報が正確である必要はない。


 二人が会っていた。


 ただ、その事実だけでいい。


 それが何を意味するのかは、情報を聞いた者が勝手に判断する。


 ステラがロス伯爵のもとへ戻り、遺体の回収と身元の確認が終わった頃になって、ようやくシャーロットが帰ってきた。


 遺体は、調教師のジョン・ストレイカーで間違いなかった。


 シャーロットたちが客間で一息ついていると、扉が開き、グレゴリーが姿を現した。


 ロス伯爵から正式な捜査の依頼を受けた後、情報交換が始まった。


 発見されたジョン・ストレイカーの遺体の状況。

 周辺の痕跡。

 家族や関係者からの聞き取り内容。


 さらに、何者かから脅迫を受けていなかったか、恨みを買うような出来事がなかったかについても、ロス伯爵に確認が行われた。


 だが、特に怪しい話は出てこなかった。


 シャーロットは、それらの報告をすべて聞き終えた後、ロス伯爵に告げた。


「ロス伯爵。ロイヤルアスコット杯には、問題なく出走すると報告して」


「しかし、シルヴァー・ブレイズは行方不明だ。他の馬を出走させることもできない」


「大丈夫。問題ないわ」


 シャーロットは、わずかに目を細めて答えた。


 それ以上、誰も何も尋ねることができなかった。

 たとえ尋ねたとしても、シャーロットは答えなかっただろう。

 ワトソンはそれを察し、その場は解散となった。


 もっとも、人が一人亡くなっている。


 グレゴリーたち捜査局の者は、遺体の詳しい確認や家族への聞き取り、周辺で目撃された不審人物の捜索に向かった。


 その場に残ったステラだけが、申し訳なさそうな顔をしていた。



 フィッツロイが厩舎に現れたとき、彼は見た。


 銀色に輝く馬を。

 馬は白銀のたてがみをなびかせ、草原を駆けていた。

 やがて雨が降り始め、雷鳴とともに稲妻が夕空を照らした。


 フィッツロイは、ただその光景に見とれていた。


 彼が何かに目を奪われたのは、子供の頃に魔法の光を見たとき以来だった。

 その光を見たとき、フィッツロイは、自分には魔法の才能があると信じた。

 だが、それは入り口に立っただけにすぎなかった。


 扉の前までは辿り着いた。

 しかし、その先へ進むことはできなかった。


 どれほど努力を重ねても、結果は変わらなかった。


 やがて、彼は諦めた。


 フィッツロイは次の道を見つけることもできず、姿のない「情報」というものに取り憑かれていった。


 形はない。

 目にも見えない。


 それでも情報を操れば、人を動かすことができる。


 まるで、魔法のようだった。


 フィッツロイは、その力に魅了された。


 だが、彼は一つ大きな間違いを犯していた。

 この世には、情報を管理し、統制しようとする者たちがいる。

 その者たちの多くは、政治的にも経済的にも強大な力を持っていた。

 そして、自分たちにとって都合の悪い情報を持つ者の命を奪うことに、罪悪感など抱かない。


 フィッツロイは、そのことを知らなかった。

 彼はいつの間にか、金と命を天秤にかけていた。

 いつ、どちらに傾いてもおかしくない天秤は、ゆっくりと、しかし確実に動き始めている。


 馬が消えた。

 捜査局が動き出した。

 ロス伯爵は、何者かと会っている。


 それだけで、売り物としては十分だった。

 フィッツロイは、その成果に満足していた。


 あとは、この情報を誰に売りつけるかだ。

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