ある青年の記録
その山は、汚染された川が流れる、殆どが岩の山だった。植物は殆ど生えておらず、時折有害なガスを噴出して人々を遠ざけた。
そんな“死の山”から、一人の青年が保護された。
言葉も通じたし、知識もあった。
だが自身の来歴について問われると、彼はうまく説明出来ないようだった。
小さく言葉を濁し、困ったように首を振るばかりで、どうやって山の麓まで降りて来たのかも語ろうとしない。
人々は何日も毒ガスに晒されていたこともあり、そのせいで“記憶が曖昧になっているのだろう”と受け取った。
過去の行方不明者のリストと照合すると、数年前に行方を消した人間の中に確かに一致する人物はいた。
しかし、その名を告げても彼は違う、と首を振った。青年は我々の知らない文字を書き、これが自分の名前だと教えてくれた。読み方は“ミロク”。
不思議な青年だった。
人柄は穏やかで、柔らかい笑みで人に応じる。
だがその姿とと裏腹に、有害ガスを出すその岩山を掘ろうとしたり、何かを探して山を何日も彷徨いたりもしていた。
当初、保護施設で生活をしながら彼は本を読み漁り、貪るように知識を広げ、そしてやはり時折あの山へ赴いていた。
彼が広め始めた知識は多岐にわたった。歴史、化学、環境学、地質学、医学、偏りはあったが、後々になって気付いた。彼が求めた知識の殆どが、あの死の山を向いていたのではないかと。
奇妙な青年だった。
何を思ったか死の山に植物を植え始めたのだ。
当初、たった一人で行っていたその活動も、いつしかたくさんの人間が協力するようになり、今や無機質な岩山に緑が見えている。
植物が育つことにより、水が変わった。土が変わった。誘引されたのか、ガスの噴出も減少傾向にある。彼は、あの死の山を変えつつある。
何故、彼がそこまでしてあの山に拘るのか。一度だけ聞いてみたことがある。
「約束したから。」
答えはそれだけだった。詳しくは語られず、懐かしそうに目を細める彼には、何か明確な目標があるようだ。そして今日も、彼はあの山へ入っていった。




