約束
お前はこのまま原界に帰る。蒸都には…戻らない。
燈夜のその言葉を理解するまで、少し時間がかかった。
「…嫌だ、よ。」
素直な、包み隠さず出た言葉。
「………。」
燈夜は答えられなかった。
“ガキ。ヤダじゃねぇんだよ。”
嶺亜の声が聞こえる通信管を睨む。
“お前が居るとサボりを覚えてるオッサン方が本気も出さずに泣き付いて来るだろうが。居るだろ?ゴール見えてると足緩めるヤツ。適合者って逃げ道を見てるヤツらに本気出させるにはお前が邪魔なんだよ。”
「そんな…!もし計画が頓挫したら…蒸都は…!」
“だからこそ本気出させんじゃねぇかよ。タイムリミットが確実にある。蒸都の外で生きられる体もねぇってんなら今まだせっせと動いてる連中の上で胡座掻いてる奴らも動かざるを得ない。”
「危険です!僕が…またあの部屋に戻ればそれで…_!」
“じゃあお前が死んだら?適合者の蜜の味を忘れられないクズはまたF‐370を求めてこの昇降機を使うぞ。今だけを見るんじゃねぇ。更に先を見て物を言え。”
「……っ」
昇降機の中を見渡す。
停止、昇降、どの機能も見当たらない。
「燈夜、何でこんな…」
“ソイツも流輝も全てに協力すると約束してる。お前が『海陸』じゃなくて『F‐369』にされる前に助けるって条件でな”
「…そんな……」
“ま、恨_なら引っ張り込_だ俺_恨みな。”
通信管に雑音が混じり始めた。蒸都がどんどん遠い場所になっていくのがわかる。
「燈夜…」
「いつか、言ったろ?お前は海でも、陸の果でもどこでも行けるんだ。蒸都に縛られることなんか無い。」
「燈夜!!」
腕を掴んで揺さぶる。言葉は無い。マスク越しの、呼吸の音だけが聞こえてくる。
「僕も君と一緒にこのまま戻る!あの人の言うことなんて聞くことない!蒸都が本当に停止したらみんな…みんなが_!!」
蒸都で出会った人達の顔が浮かぶ。
取れる手段を取らずに、その未来が危うくなることは許せなかった。
「無理、だよ。俺が約束破らないヤツだって…お前も、よく知ってるだろ?」
__やくそく!忘れたとは言わせねぇぞ!
「………。」
心なしか、燈夜の呼吸が乱れている。
「この昇降機の下降釦は、昇降機の外だ。釦は押したらすぐ扉が閉じる。海陸。お前が、…釦を押すんだ。」
「ど…して__」
昇降機の減速を感じる。間もなく、原界だ。
(思った以上に…原界の空気、ヤバいな…)
マスクをしていても苦しくなってくる。
海陸の言葉が聞き取り辛い。
「お前に、もっと…蒸都の技術、見せてやれたら信じられたかも…しれないけど…」
「…燈夜?…何…?」
海陸に燈夜の声が届かなくなっている。
ズゥン、と一度大きく揺れて、昇降機が止まった。カラカラと格子状の扉が開き、その奥に下降釦と思しき装置が見えた。
“やっと着いたか!?チッ、想定より遅いな。返事しろ!クソガキ共!”
管の種類が変わったのだろう。別の通信管から珍しく嶺亜の焦った声が聞こえてきた。
ゼェゼェとマスクの中に自分の呼吸が響く。
(…っくそ、)
燈夜がマスクを外した。
「燈…夜…マスク_」
「聞け!お前が離れたからって蒸都が停止するって決まったわけじゃない!蒸都の技術は…技術者は誇るべき俺達の財産だ。それが力を合わせて…!同じ方向を向いて動けば必ず結果は出る!!蒸都は適合者一人に縋る街じゃない。支える人達の力がある。…蒸都の、底力を信じろ!!」
一気に言い切り原界の空気を吸い込んだ燈夜が激しく噎せ返る。
「燈夜…っ」
「…今、すぐじゃない、_でも…!いつか、…適合者探しなんかじゃなく…会いに行くから。海も、星も、みんなで見よう、な?」
「…約束?」
海陸の言葉に燈夜は笑って頷くと、その場に倒れた。
“燈夜!海陸!応答しろ!”
焦った嶺亜の声とは反対に、冷静に燈夜にマスクを被せると
海陸は昇降機をひとり出て下降釦を押した。
行きと同じくカラカラと乾いた音を立て、扉が閉まる。重たい音を立て、再び装置が動き出す。
「…嶺亜さん。」
“海陸か?どうなった?!”
「医療班が必要かもしれません。…燈夜を…お願いします。」
ーー雑音。
それ以降、通信管は何の音も届けなくなった。




