炎上商法
蒸都の高架回廊。
管制塔へ続く通路の窓から街を見下ろし、楊震は足を止めた。
煙に覆われた空の下、蒸気塔が一定の間隔で白い蒸気を吐き出している。
いつもと変わらない蒸都の夜。
ーーのはずだった。
動力庁舎の整備区画では、夜更けだというのに灯りが消えていない。
医療棟では人影が行き交い、研究区画の窓には新しい図面が貼り出されている。
蒸都中で、人が動いていた。
「……。」
楊震はしばらく黙ってその光景を見ていた。
蒸都の仕組み。
適合者。
調整槽室。
それは蒸都を維持するための合理的な答えだった。
誰かが犠牲になることで街が存続する。
非情だが、他に手段はない。
少なくとも、そう結論づけられてきた。
だからこそ、この事実を公にするつもりはなかった。
知られたところで、大半の人間は受け入れる。
そういうものだ。
だが一人だけ、例外がいた。
嶺亜。
F‐369の担当に回されたのが気に喰わなかったらしく、不真面目な仕事をしていたあの男。
F‐369に“人間”の片鱗を見つけた途端、その存在について疑問を覚え、伏せていた蒸都の仕組みを掘り起こし、ひっくり返そうとした。
理屈ではなく、感情で。
あの日、議席をまばらに埋めた議場でのほんの数時間。
それが蒸都の未来をガラリと変えようとしている。
動力庁舎の廊下を歩きながら、各部署を見て回る。
整備士が図面を広げ、研究者が資料を持ち寄り、医療班が議論を交わしている。
誰に命じられたわけでもない。
自ずと。そう動いた人間が集っている。
「…予想外だ。」
嶺亜は火をつけた。
だが、燃えたのは蒸都の人間だった。
楊震は小さく息を吐く。
「……厄介だな。」
それが嶺亜を指すのか。
それとも、蒸都そのものなのか。
楊震は静かに踵を返した。




