人間
翌日。監視を付け、一晩統括部に留め置いた嶺亜を伴い楊震が向かった先には、動力管理部の重役や統括部の古株が顔を揃えていた。
「…随分と広い議場を押さえたな。高科。」
「あぁ…すみませぇん…その、管理部も統括部も、全員出席かと早とちりを、してしまい…」
議場の半分も埋まっていない様子に高科もペコペコと頭を下げている。突然の要請だ。
「…構わん。」
意図が伝わっていなくとも仕方がないと諦め、そのまま続行することにした。
「ククッ、やってんな高科。せいぜい声張れよ、お偉方。」
「余計な口をきくな嶺亜。先に申し開きをしたいか、こちらの尋問に答えるか。どちらが良い。」
「…まず訂正な。そっちが俺の質問に答えろ。」
「貴様!自分の立場がわかっているのか!」
統括部の古株が不遜な態度の嶺亜に激高する。
「立場?わかってねぇのはそっちだろ。F‐369は俺の手の内にある。生かすも殺すも俺次第だ。ちょっとでも調べてんなら俺の人脈の広さはわかってるだろ?“そっち”に強い人間だって、声は掛けれんだぞ。」
嶺亜は動力庁舎の人間だが、庁舎の外、そして裏にも繋がりを持つ男だ。
議場の誰もが、次の言葉を飲み込んだ。
「で?あんたらいつからこの仕組み知ってる?そこの古株さん達の歴なら369どころじゃねぇ、368、367も知ってるレベルじゃねぇの?」
「それがどうした?我々は蒸都の機能を恙無く回すために…_」
「頭の良いお偉いさんが何人も集まって、何で誰も疑問に思わねぇんだよ。自分達の街が回んねぇからって他の世界のガキ攫って人格壊して死ぬまで利用してんのはどう考えても異常だろうが!」
嶺亜の言葉に多くが口を閉ざした。
「あんたらも“これが正しい”、みたいな顔して本当はおかしいとは思ってんだろ?だから機密レベルマックスのFに設定してなるべく人から知られないようにしてる。違うか?」
「だったとして…どうすれば良い。蒸都は適合者の存在なしではもう成り立たない。だからといって、蒸都の人間の身体は外の空気に耐えられない。我々は!蒸都で暮らす人間を守る義務がある!適合者は必要不可欠な犠牲なのだ!」
「……。お偉いさん寄って集って頭悪ぃな。どうせ他の手なんて考えもしてねぇんだろ?てめぇらのオツムで足りなきゃ他を頼るんだよ。俺等の蒸都には技術力も、賢いヤツも探しゃそれなりにいるんだからよ。…高科!ちゃんと繋げてんだろうな?」
急に話題を振られて肩をビクつかせる高科。すぐ脇には管制通信室へ繋がる通信機器がある。
「はいぃっ…るっ…彼女が…各庁舎へ繋いで拡声してくれていますし、そのぉ、録音も…一応。しております…」
高科の言葉に嶺亜が満足げに頷く。少なからず声を張って話さねばならない広い議場。はっきりと録音できているだろう。
「高科…お前、私達に敢えて情報を漏らしてこの状況を作ったのか…?」
楊震に睨まれて小さくなる高科。
「…す…すみません…私もぉ…その、生まれてくる子供には、胸を張って生きたいとぉ、お、思いましてぇ…」
「小さくなんな、高科。それが“普通の人間”の感覚だ。」
ーーー
空席だらけの議場。
だが議場の声は、その日のうちに庁舎中へ流れた。
管制通信室から拡声された音声は、
動力庁舎、整備区画、医療棟、研究区画――
そしてそれ以外の管理区画にも届いていた。
最初は誰もが作業の手を止めて耳を疑った。
「あの話、聞いたか?」
「あぁ。適合者ってやつだろ。」
ざわめきは庁舎区画だけに留まらなかった。
配管整備の作業員、資材運搬の人足、医療棟の看護員。
蒸都のあちこちで同じ話が広がっていく。
「蒸都ってそんな仕組みで動いてんのか?」
「外の世界の人間で街を回してるって、正気かよ。」
最初は好奇心だった。
だが次第に議論になり、
やがて蒸都の在り方そのものを問う声へと変わっていった。
最初に動いたのは技術者だった。
蒸気制御技術者が「出力を分散させれば可能性はある」と言い、
研究区画の老学者が「外気適応の研究を再開すべきだ」と口を開いた。
それに呼応するように医療班が資料を持ち出し、整備班が旧機構の図面を引っ張り出す。
「…本気でやる気か。」
誰かの呟きに、別の誰かが答える。
「やるしかないだろ。」
蒸都は初めて適合者なしで動く未来を現実として考え始めていた。
空席だらけだった議場はいつしかその席を埋め、声で溢れ、日夜議論が交わされる場所へと変わっていく。
自力で蒸都を動かす為に。




