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誰だ

倒れる検査員達。慌てふためく管理部の人間達の傍ら、楊震が冷静に思考を巡らせる。


(誰がF‐369を逃した。)


織玖。

もう“部外者”ではある彼だが、一度『人間』に戻し、奪わせるという残酷な経験をF‐369にさせてしまった後悔。そして、蒸都への強い愛着の板挟みになっている。

F‐369への愛もあるが、ここまでの行動を見ると逃がすという真似はしないだろう。

嶺亜。

この状況を楽しんでいるような表情をしてはいる。だがまずF‐369への興味がなく逃がす理由も無い。白には出来ないが黒にも見えない。

高科。

この弱気な男がF‐369を逃がすなどというだいそれた行動に移るとは思えない。脅されて加担はしているかもしれない。

動力管理部。

F‐369を逃がす理由が無い。そもそも、こんな機会を狙わずとも狙える隙はあったはずだ。

検査員。

選別は慎重に行っている。不純物が混じる可能性は極めて低い。排気口や配管路の通用口は今日は特例で施錠し、鍵も手元にある。もし脱走を企んだとして脱出口は無い。

管理部の人間達も同様だ。


他にF‐369の存在を認知している人物は…。

燈夜。

つい最近、静調槽室のメンテナンスに呼んだ整備士。F‐369には一切興味を示さず仕事だけを的確に行った。他と同じく、F‐369を逃がす理由はない。

(だが…)

何にせよ処置室の不備も、逃走経路も洗う必要がある。

そして何より。F‐369の逃亡に手を貸しているのなら。今、呼び出しには答えられない筈だ。

「嶺亜。機器不良だ。整備士の燈夜を呼べ。」

「了解しましたっと…管制通信室ー。整備部に繋いでくれ。」

傍にある通信機器を手に取り整備部に繋げる嶺亜。

「お待たせしました。機器不良とお聞きしました。どこを診ますか?」

約10分。管制通信室から整備部へ連絡し、至急呼び出して到着できる最速の時間で燈夜はやって来たのだった。

状況を説明されてテキパキと点検を始める燈夜の背中を眺めながら、疑いの気持ちが薄らいでいく。F‐369を逃している最中の人間が、対象を放置して仕事に戻るとは考えにくい。

(……違う、か…。)

黙って処置室の様子を眺める楊震を見、嶺亜がそっと口の端を上げた。


ーーーー


排水路の脇を歩く、二つの人影がある。

「随分濡れたね。寒くない?」

「…はい。」

海陸に声をかけるのは_緯斗だ。

整備部として、配管路と排気口の通用口が施錠されるのはわかっていた。

前日、施錠を申し出た緯斗は、あえて中に残った状態で燈夜に鍵を閉めさせて一晩排気口で待機した。

翌日。内鍵を開けて燈夜を中へ招き入れ、処置室へと送り出し、排水路で待ち合わせをして海陸を引き受け燈夜を動力庁舎へ戻したのだ。

今は海陸と共に次に燈夜達と落ち合う場所に向かっている。

少し離れて付いてくる海陸。名前と、燈夜の同僚だと自己紹介はしたものの、あまり受け入れられた心地はしていない。

「…不思議?」

「え…」

「俺が協力してる事。」

振り返る。薄明かりの中でも不安げな顔が見て取れる。

「…僕は、あなたの事を知らない。」

知らない人間が危険度の高いであろう行動をするのは、確かに理解は出来ないだろう。

「俺はね。君のこと、知ってたよ。」

きょとんとした目をする海陸。

「偶然、迷い込んだ配管路であの部屋に着いてさ。それだけ。君がどんな人で、何の目的であの部屋に居たのかは知らない。何かきっと秘密があって、事情があって、そこに隠されてる。そう思って…俺は見て見ぬふりをした。」

「………。」

「燈夜が君に気付いた時も、俺は遠ざけようとした。関わるとヤバいとか思ったから。でも燈夜は保身に走らなかった。君の言葉を聞いて、あの部屋から出して、君と友達にまでなってた。状況が異常なだけで君は人間だったのに。俺はそれを考えもしなかったんだ。今は、それの罪滅ぼしのつもり。他意はないよ。」

自分に呆れたような、肩から力を抜けたような、そんな顔。海陸は一言

「…ありがとうございます。」

と微笑みを返した。

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