煙のように
――観測室
処置室とは、厚い強化ガラス一枚で隔てられている。音は別配管を通して小さく拾える程度の、ガラス越しに処置を見届けるだけの部屋。
いつぞの兆調処置の時も、激しく抵抗をして助けを求めるF‐369の声が配管から聞こえていた。そんな記憶を掘り起こしながら、楊震は、腕を組んだまま処置室を睨んでいる。少し離れた位置に、嶺亜がだるそうに壁にもたれ、記録紙を手にした高科が傍らに立っている。
「移送開始。」
観測室に響くのは、処置室側の報告音声だけだ。
白い部屋に、織玖に伴われたF‐369が入ってくる。
俯いたままで歩調は遅い。
(遅いな。)
楊震の視線が、足取りと心拍数の推移を追う。数値は“異常”と断じるほどではない。
「名乗りなさい。」
処置室の検査員の声。
「………。」
楊震によく見せた反応だ。
「聞こえているだろう、名乗れ」
「……F…369…」
番号を口にした瞬間、目に見えて調律環の明滅が一段階速くなる。
「反応、許容範囲です。」
報告が入る。楊震は短く頷いた。
「処置台へ。」
F‐369は、従った。一度ふらついて屈み込んだのを検査員に立ち上がらされる程度、抵抗はない。
そのまま寝かされるF‐369を見た織玖がわずかに指を握りしめたのが視界に入る。
固定具が装着され、処置準備が完了した。機器の動作アラームが鳴る。
「鎮静剤、吸入開始します。」
その瞬間だった。
警告音と共に白煙が噴き上がった。
「何だ!?」
ガラスの中に一気に白煙が立ち込め視界が奪われる。計測値が乱れ、警報音に混じり混乱した検査員らの声が乱れ飛んだのも束の間、すぐに沈黙が訪れた。
(何が起こっている…?)
状況が読めず、処置室へと急ぐ。
「楊震さん…!」
織玖が不安げについてきた。
「この警報音は…一体何が…?」
「わからん。解錠する。」
冷静に処置室の扉の前に立ち、解錠番号を入力する。扉が開くと真っ白な煙が溢れ出てきた。
「…!楊震さん、吸わないで下さい!」
織玖がいち早く反応する。鎮静ガスが漏れ出ていたのだ。
何故か逆循環していた排気システムを再起動してようやく部屋の中へと入る。
「……これは…。」
「あーらま。やってんな。」
傍で嶺亜が口笛を鳴らしたのが聞こえる。検査員は全員床に倒れ、処置台は空になっていた。




