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疎通した“大丈夫”

__調整措置前日。


「測定すんぞー。」

無駄に大きな音を立てて調整槽室に入る嶺亜。ちらりと見た机の上には、わずかに手を付けられた食事のトレイが残されている。

「お前、食ってねぇじゃん。虫でももっとマトモに食べんぞ。あ?おい、聞こえてんのか?」

嶺亜が床に座った海陸の頭をゆさゆさと揺さぶるが、何の反応も返ってこない。

「嶺亜さん!いけませんよぉ、食べてないなら尚の事そんな乱暴にしたら…_あぁもう、すみませんねぇ、本当に乱暴者で…」

「バーカ。体力ありませーんって下手こかれても困んだよ。おいお前、海陸。元通りお人形ちゃんに戻りたきゃ今言え。燈夜も流輝も必死こいて準備してんだからな。」

「……!」

嶺亜の口から出る筈のない名前に、海陸がほんの少し反応を見せた。

「…お人形ちゃんになりてぇわけじゃなさそうだな。楊震の野郎がピリついてやがる。一回しか言わねぇからよく聞いとけ。」



ーー良いか。処置室に人間が入り始めてからじゃねぇとこっちも準備が出来ない。迎えが来てからはなるべく時間を稼げ。あからさまなやつじゃないやつな。

ゆっくりと歩み、反応を遅らせて、僅かな反抗もする。

嶺亜の言葉を信じているかといえば、信じ切れているわけでもない。

希望を見出しているわけではない。この目眩も本物で、検査員に掴まれた腕にも力は入らない。お守りのように握り締めていた歯車を手放しても大した時間を稼げなかった。

不安。

“お前に意思は不要だ。”

記憶の奥にある何かが、呼吸を荒くさせる。

(怖い…)

ーーあんま詳しく知らねぇが感情が高ぶると鎮静措置とかされるんだろ?面倒だからさせんな。

自分を落ち着かせる為に、震える深呼吸をしてから指示通り、処置台に横になる。

ーー処置前に何か吸わされんだろ?それは『安全』だ。無臭か臭ぇかは高科(そいつ)のチョイス次第って感じ。信用出来なきゃ息止めとけ。

「安定剤、吸入開始します。」

「っ……」

逸らした顔を戻される。せめてもの抵抗で、息を止めた。

荒い呼吸の下で息を止められる時間はそう長くない。ぐっと目を瞑る。聞こえてきたのは、けたたましい警報音だった。


何事か理解が追いつく前に、瞬く間に部屋中に白い煙が立ち込めた。状況が読もうと辺りを見渡すが視界が霞む。

(!)

ガシッと腕を掴まれる。

「意識!あるな?!」

くぐもっていてもわかる、切迫した声。

マスクをした人物が目の前に現れた。マスクの所為で顔は見えない。

頷く。

「秒だからな。痛かったら言えよ…!」

知っている声の言う、いつか、聞いた台詞。

疑う余地はどこにも無かった。

大人しく身を任せると、言われた通りに拘束が解かれて自由が戻ってきた。手を引かれてすぐ傍のダクトに滑り込むと、そのまま滑落して二人して排水路に落ちた。

警報音が遠くで鳴っているのが聞こえる。

「っは冷たッ…。大丈夫か?」

「…大丈夫。」

マスクを取った燈夜に海陸は少し弱々しいものの、笑顔を返した。

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