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カウントダウン

流れるように時間が経過した。

楊震が明後日だと告げ、翌日は定例通り嶺亜が測定に来た。

そして迎えた当日。


「…行こうか。」

調整槽室に来たのは織玖だった。

「………。」

織玖には返事くらいはしていた海陸だったが、もう彼にも口を開かなくなった。

俯いたまま、ゆっくりと立ち上がる。視線も合わない。

織玖も無理に反応を求めようとはしなかった。そっと肩を抱いて調整槽室を出る。向かうのは、彼をF‐369に戻す部屋だ。


部屋の大きさの割に人間の数が多い。

奥には処置台が設置され、白衣の面々が準備を行っていた。

「…入室します。」

緊張した織玖の声で視線が集まるのを感じる。肩を抱いていた織玖の手の温かみが離れると、奥底に沈んでいた澱みが揺らぎ、この部屋の記憶が浮かび上がる。


「名乗りなさい。」

「……。」

誰かが投げた言葉。

「聞こえているだろう。名乗れ。」

「…F‐…369…」

もう何度も口にさせられた無機質な数字。この気持ちを伴って番号を口にするのも、きっと今日が最後になるだろう。

「よろしい。処置台へ。」


ゆっくりと踏み出した一歩。処置台に近付くにつれて調律環の明滅が速くなる。

「……」

腕から脳へじくじくと伝わる鎮静措置に視界が滲み、思わず屈み込む。息が荒くなる。

これをさせているのは、調律環なのか、はたまた自身の心なのかはわからない。

「来なさい。」

「……。」

検査員が立ち上がらせようと腕を取る。

……カラン

その拍子に海陸の手から何かが転がり落ちた。

「何だ?」

咄嗟に手を伸ばそうとした海陸を遮って検査員がそれを拾い上げる。

「…歯車、ですね。」

形の歪んだ小さな歯車だ。

「必要ない。廃棄しろ。」

「……。」

海陸は何も言わずに歯車が棄てられるの見ていた。


かつて調整措置を受けた日の騒然さを思えば、同じ処置とは思えないほど処置室は静まり返っている。

それでも織玖は手に汗を握り、観測室から処置台に寝かされるF‐369を見守った。

約五年前。

自らが人として接したことで、激しい兆調現象を起こしたF‐369。大人達に抗う事も出来ず恐怖と苦痛に声を上げ、完全なる静調に落とされた。

自身が行った行動の代償を見せつけられ保全庁を去った織玖が、再びここに立っている。

今度も、禊だ。動力庁舎の外で人間として生きていたF‐369。蒸都の安寧を得る為には見逃せなかった。

一番辛いのはF‐369だが、自らも見届けなくてはならない。そう心に決めていた。

固定がなされ、装置も整った。アラームが鳴り響く。

「鎮静措置、吸入開始します。」

(どうか、少しでも辛くありませんように。)

目を伏せて祈る織玖の近くで、

「ふん、思い切りやれよ。」

織玖からすると許せない一言が聞こえた。眉を顰めてその人物を見ようとしたその時__

(!!!)

けたたましく警告音が鳴り響き、ガラスの向こうの処置室が真っ白な煙に覆われた。

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