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主任

いつも通り、工具の手入れを終えてあるべき場所に戻す。

いつもの動作、変わらない手順。手は動く。心は別の場所に飛んでいた。

明日。一つ階段を登る。

嶺亜に指示された通りに準備をしてきた。その歯車が噛み合うか、求める結果が手に入るかは明日、動いてみないとわからない。

“頷いたからには戻れねぇからな”

そう言っていた嶺亜も、“最終確認だ”と言って燈夜と流輝に作戦に加わるかを尋ねてきた。

燈夜も流輝も頷いた。だが__

(良いのか、このまま進んで…)

少なからず迷いはあった。

一段登った先の、次の一段。

嶺亜の目論む最終段階は、正直気乗りしていないからだ。

だからといって、嶺亜の計画に乗る以外に海陸を助け出す手段は無い。言い聞かせながらも、胃の奥に石が沈んでいるようで呼吸が浅い。


「あら、まだ残ってたの?お疲れさま。」

「!」

すっかり止まってしまっていた手元から顔を上げる。

澪だ。そういえば重役会議があるからと夜まで整備部を不在にしていたのを思い出す。

「緯斗くん、見なかった?」

「お疲れさまです。緯斗先輩…はーー、えっと…さっきまで居たんですけど_何かありましたか?」

顔を上げて見渡すが、整備部の中には燈夜以外もう居ない。

「今日遅くなるって掲示板に書いてあったの見たのかしら。緯斗くん、代わりに各所の戸締まりしておきますって言ってくれたの。改めてお礼言わなくちゃって思って。」

「鍵、それじゃないですか?」

澪の机には鍵束が置かれている。整備に入る配管や排気口の入口となる場所の鍵。会議が終わってから締めて回るのはなかなか骨が折れる。壁の確認盤で施錠をチェックし、澪は改めて緯斗へ感謝を口にした。

「あら?助かる〜、良い部下を持って幸せ者だわ。」

にこにこと笑う彼女だが、ここしばらくの蒸都の機器不良で疲労の色は隠せていない。街の中心部にも徐々にエラーの兆しが見え始め、整備部だけでなく外注にも頼り始めた。知り合いや退職者などの伝があるため受注先を探すのは難しくないものの、窓口である澪の負担は大きい。

「…私もホントは燈夜くん達みたいに現場で動きたかった人間だから。こういう作業苦手で…」

恥ずかしそうにそう笑い、置かれた鍵束を回収すると、同時に机の上に置かれた未処理の書類がハラリと落ちた。

「何で管理側に?」

「んー?私、仕事中怪我してね。日常生活は良いんだけど、ボルトちゃんと締めたり、大きい工具使うのが難しくなっちゃって。」

落ちた書類を戻し、握ったり開いたりを繰り返す澪の右手。よく見ると確かにぎこちない動きだ。思わぬ過去に返す言葉を見失ってしまう。

「左手を育てるって手もあったけど、やめちゃったわ。」

その笑顔からはあまり負の感情は感じられない。

「後悔…してないんですか?」

「そうねぇ…でもこうやって_使い勝手が良いってだけだったんだろうけど、主任に選んでもらって、良い部下にも囲まれて。それなりに満足はしてるかな?」

信頼を感じる視線に頬を掻く。

「でもね、その時にしか叶えられない夢っていうのも、少なからずあるからね。その辺の見極めは大事にしなくちゃだめよ?人間、何したって後悔はするんだから。なるべく後悔が小さい選択をしないとね。」

怪我、配置換え、何が要因かはわからないが、澪にも何か諦めてしまった夢があるのかもしれない。

「あ、ごめんね。燈夜くん、明日は早番でしょ?こんなところで油売ってないで、明日に備えないと!」

澪が背中をぽんぽんと叩いて燈夜を急かす。思わず漏らしはしたものの、詳しく語るつもりは無いらしい。

(後悔が小さい選択…)

不安ももちろんある。まず明日が上手く行かないとその次にも進めない。

『海陸』を消される未来よりはずっと良い。その思いは確かだ。

(俺たちの知ってる海陸を消させない。まずはそれだ。)

帰路。動力庁舎を振り返り、燈夜は一度息を吸い込み、気を引き締めた。

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