非力
掴まれた胸倉が離される気配は無い。いつものちゃらけた眼ではなく、射抜くような鋭い眼だ。
「何…の事__」
「お前が今言って良い言葉は“はい”か“いいえ”だけだ。」
殺気にも似た圧を放つ嶺亜。燈夜は覚悟を決めた。
「…はい」
「やっぱ、そうかよ。」
胸倉を掴む手がふっと弱まる。同時に、ガツンと拳が脳天に叩き込まれた。
「ってぇ…!」
「クソガキ!!しれっと騙しやがって!あー、いってぇ。石頭がよ。」
怒りを露わに自らの拳を擦り、嶺亜は進行方向に向き直り歩き始めた。
「あの…俺を突き出したりしないんですか?」
不機嫌にズンズン進んでいく嶺亜に追いつき、話し掛ける。
「あ?何でわざわざ便利な手駒減らさなきゃなんねぇんだよ?」
「はぁ…。」
何かしらの罰が与えられると覚悟した燈夜だったが、思わぬ嶺亜の態度に拍子抜けした。
振り返る。
廊下の先にもう海陸の姿は見えない。
「これからお前と似たようなことしようと思ってる時点で俺も同罪なんだよ。それに、“元お人形ちゃん”がハンスト解除の条件に出したんだと。自分に関わった人達を探ろうとするなってよ。」
「……ッ…。」
「だからって油断すんなよ。上層部はゴミとカスとクズしか居ねぇんだから…?どうした?」
言葉が出なかった。
海陸は、逃げ出す事も孤児院の暮らしに戻る事も、選択肢に置いていない。
(守るためだ。俺たちを。)
海陸自身が過ごした日々を守ろうとして、再び独り、あの部屋でただ息をするだけの日々を選んだのだ。
自分が何も出来ず、ただ零れ落ちてくる情報を拾っていただけの数日間。海陸はたった一人で闘っていた。それが、悔しい。
「嶺亜さん。」
「あ?」
「何でもやります。お願いします。海陸を…助け出させて下さい。」
自分にもっと知識や力があれば。何か解決策を見出せていたかもしれない。海陸にそんな選択をさせなかったかもしれない。無力感が、藁にもすがる思いで嶺亜に向かって頭を下げた。
「“ミロク”?あぁ、『元お人形ちゃん』か。」
燈夜に向けて、別人かと思うくらい柔和な笑みを見せたF‐369。
動力庁舎の外でどんな生活をしていたかは定かではないが、抜け出していたこの短い期間は『人形』を完全な『人間』にしていた。
あの笑顔を何年もの間抑え込み『人形』にして利用していた蒸都の仕組みに心底反吐が出る。
「ま、せいぜい頑張んな。」
嶺亜は歯を見せた。




