表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/79

悪い大人の顔

居なくなった海陸が、どうなったのか。

それを知っているのは、俺と流輝だけだ。

――いや、“知っているつもりでいる”だけだ。


楼蘭さんには、とりあえず「居場所はわかった」とだけ伝えた。

それ以上は言えなかった。言葉を選んだというより、言葉が見つからなかった。

楼蘭さんも何かを悟ったのか深く聞いたりはしてこなかった。


整備を口実に、俺は何度も動力庁舎の奥を探った。

“F‐369の部屋”へと繋がるはずの、あの排気口の迷路。だが、警備は脱走前とは比べものにならないほど厳重になっている。近付くたび、無駄だとわかっていながら、溜息だけが落ちる。

「“F‐369、食事を拒絶”」

「“四日目”」

「“点滴処置を検討”」

蒸都の不調によって旧回線が一部復旧した。

おかげで管制通信室の流輝が再び拾えるようになった、海陸に関する情報の欠片。


聞くだけ。

知るだけ。

それ以上、何も出来ない。


わかっているからこそ、動けない。

やるせなさだけが胸の奥で渦を巻く。

それは俺よりも、流輝を確実に削っていた。


今日も、流輝は昼休みになると俺のところへ来た。拾ってきた単語を、ぽつぽつと並べて、最後には鼻をぐずぐず鳴らしている。

「泣いたって、何も変わらないだろ。」

自分でも驚くほど、声は冷たく出た。

「……泣いてないもん。」

強がりの返事。でも、その目は赤い。


最近の昼休みは、いつもこんな調子だ。休憩が終わるたび、赤い目をして席に戻っていく同僚を、管制通信室の人間たちはどう見ているんだろう。

「海陸が……何したっていうの。」

絞り出すみたいな声だった。

「脱走、だな。」

それが、蒸都にとっての“罪”だ。

どれだけ人間らしくなろうと、どれだけ穏やかに生きていようと、堅牢な囲いの中から出た時点で、海陸は『悪』になる。

そして同時に、脱走を手助けし、匿っていた“顔もわからない誰か”も。

「燈夜はさ……いつも冷静でいれていいね。」

そんなふうに見えているなら、心外だ。焦りは、俺の中にもある。

ただ__

俺たちが下手に動けば、海陸が“海陸でいられる”僅かな可能性すら、消える。

だから慎重になるしかない。

わかっていても、きつい。

この真っ暗な盤面に光が差すことはあるんだろうか。

もし助け出せたとして、海陸の記憶が無くなってたら。それはミロクと言えるのだろうか。

考えたらきりがない。

「……悪い。」

解決策も、気休めの言葉も出てこない自分が情けなくて、ようやく零れたのは、それだけだった。

流輝は、ゆるゆると首を振る。溜まった涙が落ちる前に、乱暴に袖で拭った。

ここ数日、ずっと同じ流れ。似たような会話。何も動かない現実。


――それを、無遠慮に壊してきたのは。

「おー。居た居た、機械オタク少年。」


ズン、と肩にのしかかる重み。

ふわりと鼻を突く、うっすら甘い香水の匂い。

(げ。)

反射的に顔を上げて、見てしまった。

「ちょっとツラ貸せよ。」

そこにあったのは、何かを企んでいる時の最悪に性格の悪い笑みだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ