帰還
白い部屋。余計な装飾のない、測定専用の空間。忘れてしまいたかった、見慣れた部屋。
低く唸る装置音。一定の間隔で鳴る計測音。人の声は最小限で、すべてが“作業”として進んでいく。
海陸は、金属製の椅子に座らされていた。
拘束はされておらず、自由は利く。その腕に調律環も嵌められていない。
海陸は顎をわずかに引いた。呼吸を整え、感情を動かさない。
(“外れる”な。)
胸元に当てられるセンサーの冷たさと、じっと“数値”として見られている視線。視線から逃れるべくそっと、目を閉じた。
「測定開始。」
返事は求められていない。
心拍。
呼吸。
精神波形。
淡々と数値が拾われていく。
越えてはいけない“線”があることだけは、はっきりわかる。
「……数値、安定してますね。」
「ええ。ただ――」
紙をめくる音。
「完璧な適正域とはいえません。」
「外生活の影響でしょう。虹彩の色彩変化と外気刺激による気道炎症が出ています。順応が進んでいる。」
誰かが小さく舌打ちした。
「兆調ではないが、理想値でもない、か。」
「はい。…測定終了します。」
__一個ダメになってるな…無理に整えても…長持ちしないし…
管理部の言葉が、なぜだかいつかの燈夜の言葉を思い出させた。
あの時もらった歪んだ歯車はまだ海陸のポケットの中にそっと息を潜めている。
「記録完了。F‐369を調整槽室へ。」
管理部は指示を与えて部屋を出ていった。後に残されたのは__
「ったく。やっと終わったか。だりぃな。」
「嶺亜さ〜ん、まだお上の皆さんがが近くにいるかもしれないのにそんなぁ…」
「うるせぇな。」
嶺亜と高科だ。
嶺亜が雑に測定器を外し、呼びかける。
「部屋に戻るんだと。おら立ちな、お人形ちゃ…_」
立つよう促されて海陸は従った。大人しく、嶺亜が全てを言い切る前に立ち上がった。
「あれ?反応早ぇじゃん。いっつもトロい反応ばっかだったのに。」
自分の知る反応との違いに気付いてひょいと海陸の顔を覗き込む嶺亜。じろりと自分を睨む瞳と視線がぶつかった。
「あ?睨んでやがんのか?」
「……。」
思わぬ視線に嶺亜の頬がピクリと動いた。
「嶺亜さんっ…あの、F‐369、戻ります…よ?」
大人しく高科の後ろをついて調整槽室へと戻っていく後ろ姿。
「ふぅん、いい顔するようになったじゃん。」
暗い廊下へ連れ出される背中に、嶺亜が口の端を上げた。




