とある青年の職務時の体験(2)
「こんにちは。」
最早、青年は吹っ切れていた。と言うのも、もう考えても意味がないと判断したのである。確かに、あの少女のことは不気味な存在であるが、決して青年に対して危害を加えてくるような事はしないかった。大体この娘は、自分とは異なる世界を生きる人間なのだ、と彼は自分自身を納得させていたのである。恐らく今日も彼女は屋敷にいるのであろうか。いつも通りに返事はなく、青年は老人のいる部屋に入ったのである。
「あ。」
拍子抜けしたとは、正にこの事であろうか。部屋には老人が一人で寝ていた。
「ふう。」
彼は安堵の溜め息を漏らした。そして気を取り直して仕事に取りかかったのだ。しばらく部屋で一通りに作業をした。その間も彼と老人の二人きりだった。真に平和な時間である。
「今日は失礼します。」
例によって返事が無いのに、安心感を得たのだった。いつも通り青年は老人に挨拶をして部屋を出た。そして彼は緊張した状態で、玄関で靴の紐をしめた。その理由はアレである。今日は少女を見る事はない。いつでも事が起こっても良いように、彼は覚悟はできていた。玄関の戸を開けた。今日は本当に彼女はいないのだろうか。誰の姿も見えない。不安を抱えつつも、足早に青年は歩き出した。その不安は正しかった。
「はっ。」
青年は庭を抜け外を出ようとした、その時に異変はあった。例の彼女の後ろ姿をみたのだった。さらに少女は成長していた。少女は艶かしい女となっていた。しかも・・・。
「は、わわ・・・。」
動揺の余り、青年は言葉がでない。それもその筈である。これは現実であろうか、いや初めから現実とはいえない。なんと女はタライに入り、全裸で行水をしていたのだった。完全に青年の身体は硬直した。あえて言葉にすれば、なんというかあえて言うと、これはノスタルジックというべきであろうか。本当にこれは今起こっている出来事なのだろうか。それは余りに非日常的な、それでいて神々しさすら感じる光景なのであった。しかし今回はそれだけでは終わらなかったのである。
「はあ!!!」
不覚にも青年は大声を出してしまった。これは普段から寡黙な男の、目いっぱいの感情だろうか。
「はあ、はあ・・・・。」
まばらながら人通りのある道で、彼は膝に手をつき肩で息をしていた。少し心配そうに見ながら通り過ぎていく見知らぬ中年の女性の存在にさえ、青年は安心感を与えられのだった。
「ふう・・・。」
しばらくの呼吸の後、彼は落ち着きを取り戻した。それだけの恐怖を、この青年は体験したのだった。
「うう・・・。」
思い出すのも忌まわしいのであるが、忘れることなどできそうにもない。彼女の顔が脳裏をよぎった。日々成長する彼女の存在に関しては、もはや青年は慣れていたつもりであった。しかし今日は余りにも衝撃が強すぎた。彼が少女、今となっては女の事を気に留めないようにできたのは、彼女が青年の存在を認識していなかったからである。例えればそれぞれ隣のレールを走る、別の列車に乗っている相手なのだ。何の関係も無いから見ても反応は無い・・・・。しかし、今日は違った。そう明らかに、今回の彼女は青年を認識していた・・・。
「・・・・。」
確認するように、彼は目を瞑った。思い出す、全裸の女がタライに入り行水している後姿を・・・。彼は見とれていたが、そこに驚きはあったものの心の平静はかろうじて保っていた。だが問題の本質は、そこではない。理由は、それから見せたの急展開である。
(振り向いた・・・。)
そう、青年の視線を感じたのか、はたまたそれは何の関係も無いのか、全裸の女は振り向いたのだった。その瞬間、青年と女の視線はつながった。もう互いに存在を認識している。それでも青年は動じないふりをしていた。しかし・・・・。
(笑った・・・・。)
そう、彼女は笑ったのである。青年の顔をみて・・・、笑った・・・・。
(・・・・。)
先程の事実を回想した彼は、またゆっくりと眼を見開いた。
(ん・・・・。)
視線を感じた青年は、ふと我に返った。
(誰だ。この娘は。)
彼の目の前には、セーラー服の少女がいた。彼女は何も言葉を発しないが、青年は感じるものがあった。ひょっとしたら少女は、彼の心を見透かしているのではなかろうか・・・。そう思わされるほどの雰囲気を、彼女は持っていた。
「失礼。」
青年はセーラー服の少女とすれ違い、職場へと帰ったのである。その時、彼は一つの分岐点を超えた感覚を得たのであるが・・・仕方がない。
もうこのことを、自分一人で抱え込むのは無理なのであろうか。かといって何といって相談すればよいのか・・・・。青年は自分の頭の中と、情報を整理することにしたのだった。介護施設に帰った彼は、あの老人の家族構成について確認しようと思った。施設の責任者に聞いたのだが、やはり老人は一人暮らしなのだという。ではあの少女は老人の孫であり、近所から訪ねてきたのだろうか、と考えたのだが・・・。それも違ったのである。老人は結婚の経験がない独身であった。つまり子供も孫もいないのだ。
(じゃあ一体、あの娘は誰なんだ。)
<続く>




