とある青年の職務時の体験(1)
その青年は訪問介護士、ヘルパーであった。とても彼は真面目に働いていた。今日はいつもの一人暮らしの老人の家に訪問した。それはかなりの年数が経過していると思われる大きな屋敷であった。寝たきりの状態の男性だった。身体こそは衰弱しているものの、幸いにも大きな病気は患っていなかった。それに素直な性格なので、青年は難なく仕事に集中できた。さらに老人が寡黙なのも良かった。元来この青年は、とても口下手で不器用なのだ。間を持たせようなどと言う、余計な気を使わないで済んだ。
「それでは今日は失礼しますね。」
その青年の声かけに対して、老人の返事はなかった。しかしそれでも、青年は動じることはなかった。それはいつも通りの事なのである。常に彼は老人の眼をみている。老人の眼を見れば分かる。少なくとも老人は青年の行動を否定的な目で見ていない、と解釈できる。だからやり取りとしては、これで大丈夫なのだ。こうしていつも通りに仕事を終え、彼は帰るべく玄関で靴の紐を結んでいたのだった。彼は几帳面な性格なのである。
===== ガラッ =====
彼は玄関を開けた。
「えっ。」
そこで思わず青年は驚きの声を漏らしたのだった。何故なら彼の目の前には見知らぬ少女がいたのだ。彼が知るところでは、老人は独り暮らしの筈である。はてさて、近所の子供なのだろうか。青年の事は気に掛けるような様子は見られず、少女は自然な感じで玄関には入ってきた。この事から、この娘は日常的に、この家に通っているのかもしれない。その様に青年は思うようにした。と言うよりも、そう自分自身を納得させることにしたのであった。それには確かな理由があった。その女の子は、まるで青年の事を認識している様子はなかったのだが・・・。かといって少女が自分の事を無視している、とは青年には思えなかった。その少女は本当に別世界の住人にみえたのである。いわゆる、お互いがそれぞれの時間を干渉せずに生きている、という事ではなかろうか・・・。そうとしか彼には思えない。
(はっ・・・・。)
ふと気がつけば、彼女は家の中に入っていった様だ。これ以上に青年は深入りするつもりはなかった。その少女の余りの不気味さ故に・・・。
その翌日も青年は例の家に訪問した。いつも通りに彼は仕事をこなした。相手の老人も寡黙ながら素直に対応してくれて、滞りなく業を成し終えたのであった。そしていつも通りに靴の紐をくくり、玄関を出ようとした。
「えっ。」
青年は思わず驚嘆の声をあげたのだが、それは別の驚きであった。彼の目の前には見知らぬ少女がいた。いや本当に見知らぬ少女なのだ。昨日の少女とは違う。昨日は本当に小さな女の子だった。しかし今日、彼の目の前にいるのは中学生くらいの女の子であった。しかし青年は感じた。昨日の少女と似た雰囲気が、この少女にはあるのだ。さては昨日の少女の姉なのだろうか。さらに共通点はあった。この少女もまた、青年の事を認識する様子は全くなかった。
「・・・・。」
そう悟ったなり、青年の少女の対する感情は、不気味から恐怖に変わった。彼は足早にその屋敷を去った。
「どうしたんだ。何だか上の空といった感じだぞ。」
介護施設の先輩職員が、青年の肩をポンと叩いた。この先輩職員は、口下手な青年の面倒を新人介護士の頃からよく見てくれていた。それ故に青年は、この先輩職員の事をとても大切に思っている。
「は、はあ、まあ大丈夫です。」
控えめな青年らしい返事だった。むやみに先輩を心配させたくは無かったのだろう。
「そうか。でも何かあったらいつでも相談に乗るからな。」
「あ、有難うございます。」
そうは言ったものの、青年は憂鬱であった。それは言うまでもなく、例の屋敷の件である。
「・・・。」
屋敷に踏み入れる脚は重い。こんなことは初めてだ。それでも義務を果たすべく、彼は屋内に入った。そして老人の寝ている部屋の戸を開けた。
「あっ!!」
思わず彼は大声をあげてしまった。勿論、老人も同様に驚いた顔をして、青年の方を向いた。それは無理もない。いきなり現れて大声を出されたら、誰だった驚くであろう。しかしまた、その青年が驚くのも無理は無いのかも知れない。何故ならそこには、青年にとっての恐れの対象がいたからであった。
「く・・・・。」
思わず青年は溜息をもらす。何と布団に入って寝る老人の傍には、少女が正座をしていたのだ。この少女も青年に対しては何の反応も示さない。まるで異世界の人間だ。そんな彼女を見て彼は思った。自分の感覚が麻痺しつつあるという事を・・・・。違和感を感じつつも青年は老人の介護を勤めたのであった。
「ではもう帰りますね。」
相変わらず老人からの返事は無いが問題は無い。動揺しつつも彼は気が付いていた。その少女は昨日・一昨日とは違い、さらに年齢は繰り上がり18歳位の年頃に見受けられる。三姉妹・・・・。いや、もうここまで来たら彼は感づいていたのである。この三日間に出会った少女が、同一人物であるという事を・・・・。
<続く>




