ダン・ホワイトの戦い 1
「ダン! あとは任せた。私は私の戦い、ダンはダンの戦いに向かおう」
「えっと……エミルの戦いとは……なんぞや」
「私か!? 私はこれから生まれてくる未来の子どもたちのために戦う……健闘を祈る」
「うぉい! お前はこれからパーティーの準備をするだけだろーが! なんだその新しいサイバーパンクな服装は! コンサートか? コンサートに出るのか?」
エミルはファサッ……と髪を流し、俺を見た。銀色の装飾がキラキラと輝くコートを翻し、ワインレッドのサングラスを指先で直すと、ニヤリと笑って部屋を出ていった。
……なんなんだ、あいつは。
オルデン自治同盟の侵攻まで、あと一日。
昨日までに約百人が寝返り、バトルウォーカー七機をはじめ、装甲車や輸送車まで手に入った。戦わずして敵の兵力を四割も減らしてしまったのだから、とんでもない成果だ。
だが、残っているのは歴戦の軍人たちだろう。ベルクハルト商会の情報より十機も多かったウォーカーは、七機を奪っても二十三機残っている。
しかも戦時中に製造された高性能の軍用機だ。
そんなものを相手にして、本当に勝てるのか。
『まっ……これだけお膳立てしてやっても負けるなら、ダン・ホワイトという男の子はその程度だったのだろうと思い、私が殲滅してやろう……』
「ぬぬぬぬ! 勝手なことを言いやがる! 思い出したら、また腹立ってきた!くそエミル様はよー」
俺は悪態をつきながら、鹵獲したバトルウォーカーへ乗り込んだ。
操縦席に身体を収めると、周囲のモニターが点灯し、低い駆動音が響いてくる。操縦桿の感触も、ペダルの反発も、表示される情報量も違う。
「すげぇ……これが軍用機か」
町外れの平野へ出てアクセルを踏み込んだ。
「うおおおっ!?」
身体が座席に押しつけられた。今までの機体なら緩やかに加速していた操作で、こいつは一気に速度を上げやがる。
慌てて減速すると今度は前へ身体が持っていかれ、機体が大きく揺れた。
「くそっ! なんだよ、このじゃじゃ馬!」
『ダンさん! ちょっと自信ないかもしれません』
通信に味方の声が割り込んできた。
モニターには、ふらつきながら移動するウォーカーが映っている。普段訓練している子どもの操縦士でさえ、初めて乗る機種には戸惑っているようだった。
「装甲は強いはずだ! なんとか慣れてくれ。無理に速度を出すな!」
通信には弱音ばかりが流れてくる。とてもじゃないが、これから戦争を始める部隊の会話とは思えない。
俺は再びアクセルを踏み、機体の加速に合わせて身体を預けた。
なるほど。こいつは力任せに動かすんじゃねえのか。少しの操作で、旧式とは比較にならない反応を返してくる。
何度か旋回を繰り返すうちに、機体の動きが俺の感覚に追いついてきた。
いや、違う。俺の感覚が、ようやくこいつに追いつき始めたんだ。
それでも実戦で通用するかは分からない。
エミルは俺たちだけで圧勝できると言って、おめかしして町へ行ってしまった。ブランも連れてだ。
ホワイトクロウは俺が作った組織だ。あの子どもたちを率いてきたのも、町を守ると約束したのも俺だ。
いつまでもエミル一人に頼っているわけにはいかねぇだろ。
「よし! 出発するぞ! 無理に戦う必要はねぇ。相手が白旗を上げたら攻撃するな! 降伏する奴らは全員受け入れる!」
俺は通信を全部隊へ送り、山に囲まれた一本道へ前進した。
先頭を行く俺の機体は、分厚い鉄板を抱えていた。
軍のスクラップから集めた鉄板に、持ち手を取り付けただけの巨大ななんちゃってシールドだ。
『撃たれるのが嫌なら、何かを持って防げばよいではないか』
発案したのはエミルである。
そりゃそうだろうけどよ。普通、そんなことを軍用バトルウォーカーでやるか?
補給車を後方に控えさせ、慎重に進んでいくと、道が開けた場所に数機のバトルウォーカーが見えてきた。
「……ん?」
モニターの倍率を上げると、何本もの白旗が風にはためいていた。道路の両側には兵士たちが並び、誰も武器を構えていない。
「ど、どういうことだ……?」
そのとき、通信機に外部からの音声が飛び込んできた。
『私はオルデン自治同盟、サブリーダーの一人! ダーウィンだ! お前のことは知っている! ダン・ホワイトだろう!』
「……ああ、そうだ!」
『我が部隊は降伏する! だが、俺自身は降伏しない! お前との一騎打ちを望む!』
「はあ? なに言ってんだ?」
俺は慌てて補給班へ通信を送った。
「おい、補給班! 周囲を確認してくれ! 罠じゃねーだろうな?」
『タカです! 武器を構えている様子はありません。手を上げている兵隊の人数、およそ百五十です!』
昨日までに投降した百人と合わせれば、侵攻部隊はほぼ全員になる。あまりにも都合がよすぎて、かえって気味が悪い。
「ダーウィン! 何が望みだ! 投降するなら、まずお前からだろう!」
『俺はオルデン自治同盟に忠誠を誓った身だ。投降するくらいなら死を選ぶ!』
「だったら一人で勝手に死ね! 部下まで巻き込む必要はねーだろ!」
『だから部下は降伏させると言っている! 武器も車両もすべて引き渡す! ただし、俺だけはお前と戦う!』
なんなんだ、こいつは。
『ダン・ホワイト! お前は子どもたちを率いてレッドクロウを倒し、オルデンの部隊まで撃退したそうだな! ならば、俺を倒してみせろ!』
「勝手なこと言ってんじゃねーよ! こっちは戦争したくねーんだ!」
『時代を恨むんだな! そして僅かに残ったクソみたいな主義が、俺の包んでいることもだ』
ダーウィンの機体が一歩前へ出る。
周囲の兵士たちは白旗を握ったまま動かなかった。
「ダンさん、どうします!?」
向こうが降伏しているなら戦う理由なんてない。しかし、ダーウィンは一人でも突っ込んでくる気だ。ここで部隊同士が撃ち合いになれば、白旗を上げている兵士まで巻き込まれる。
「……分かった。お前の相手は俺がする!」
俺は部隊へ後退を命じ、シールドを構えた。
ダーウィンのウォーカーは俺と同じ三、四メートル級の軍用機だった。
傷だらけの装甲には無数の補修跡があり、右腕には大型のメイスを持っている。
しかし、ダーウィンが動いた瞬間、その考えが甘かったと分かった。
速い!
俺がアクセルを踏み込もうとしたときには、もう間合いに入っていた。
ガチィィィンッ!!
「うおおっ!?」
巨大なメイスがシールドへ叩きつけられた。衝撃が機体を突き抜け、警告音が鳴り響く。
持ち手がひしゃげ、分厚い鉄板が三十メートルほど後方へ吹き飛んでいった。
「なんだよ、その馬鹿力は!」
二撃目を防ごうと、俺はとっさにダーウィンの右腕を掴んだ。
ところが、ダーウィンは振りほどこうともしない。機体の腰を沈めたかと思うと、膝蹴りが俺のウォーカーの胴体へ食い込んだ。
「がっ……!」
身体が座席へ叩きつけられ、機体は道路を滑って停止した。
『ダン・ホワイト! その程度か!?』
つ、つええ……。
こいつ、俺とは経験が違いすぎる。
俺は機体を立て直し、壊れたシールドをダーウィンへ投げつけた。
しかし、ダーウィンは半歩ずらしただけで難なくかわしてしまう。
「おらぁっ!」
背中のラックからメイスを引き抜き、横薙ぎに振るう。
だが、当たらない。
こちらの機体のほうが加速性能は高いはずなのに、攻撃するたびに間合いを外されてしまう。
そのくせ、俺の隙は見逃さない。
ガァァンッ!
左腕へメイスが振り下ろされ、装甲が砕け散った。
《左腕駆動系損傷》
《左腕制御不能》
「ちっ……ヤバい……」
左腕が全く動かなくなった。
ダーウィンは逃がしてくれない。もう一撃食らえば、今度こそ操縦席まで潰されるかもしれない。
『どうした、ダン・ホワイト! お前の戦いはこんなものか!』
「うるせぇ! 俺はまだ負けてねーよ!」
『ダンさん! これを!』
後方の味方機が大型武器を投げてよこした。
電磁アックスだ。
俺は右腕で受け取り、起動させた。青白い光が刃の縁を走る。
『電磁アックス……我々オルデン自治同盟が、色々なものを犠牲にして作り上げた武器だったんだがなぁ』
「知るか! お前ら賊が奪い続けてくるから、戦争が終わらねーんだろ? 大人の都合を押し付けるな!」
『……そうだな。お前の言うとおりだ!』
ダーウィンのメイスが振り上げられた。
俺は電磁アックスを構え、正面から踏み込んだ。
ダーウィンは素早く間合いへ入り、振り下ろそうとする俺の右腕を掴む。
また同じだ。だが、今度は腕を引かなかった。
機体の脚だけを前へ踏み込ませる。
ダーウィンが後退しようとした瞬間、新型機の加速力を一気に解放した。
「おおおおおっ!!」
身体が座席へ押しつけられる。
腕を掴まれたまま強引に前進すると、ダーウィンの機体が体勢を崩した。
さすがは歴戦の操縦士だ。すぐさま脚を開いて踏ん張り、メイスを持ち直そうとしている。
「今だ!」
電磁アックスを低く振り抜いた。
バチィィィィンッ!!
青白い光が弾け、ダーウィンのウォーカーの右脚を切り裂いた。
装甲の破片が飛び散り、右膝から下を失った機体が大きく傾く。
『ぐおおっ!?』
ガシャァァンッ!!
ダーウィンの機体が膝をつき、地面へ倒れ込んだ。
それでも、なおメイスを持ち上げようとしている。
「よっしゃ! これで……!」
俺は電磁アックスを構え直した。
左腕を失った俺には、これ以上長引かせる余裕はない。
『ダン・ホワイトォォッ!!』
「トドメだぁぁっ!!」
真正面から踏み込み、電磁アックスを振り下ろした。
バギィィィィンッ!!
電磁刃が操縦席の装甲を割り、ダーウィンの機体は胸部から真っ二つに裂けた。
俺のウォーカーも勢いを殺しきれず、片膝をつく。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が苦しい。腕が震えている。
通信機から雑音混じりの声が流れてきた。
『……これで……いい……』
ダーウィンだった。
『……部下の……命……だけは……』
「……おい?」
『……頼……む……』
ブツッ。
「おい、ダーウィン! 聞こえるか!?」
何度呼びかけても返答はなかった。
俺は周囲のモニターを確認した。
百五十人近いオルデン兵が、白旗を掲げたまま動かずにいる。誰一人として武器を取ろうとしない。
ある者は膝をつき、ある者は帽子を脱いでいた。
泣いている者もいる。
……そういうことか。
ダーウィンは最後まで本気で戦っていた。
俺が判断を間違えていたら、死んでいたのは間違いなく俺だった。
一人の兵士が歩み出て、俺のウォーカーの前で片膝をついた。
『ダン・ホワイト殿。我々は降伏します。武器も車両も、すべて引き渡します。どうか……兵たちの命だけは助けていただきたい』
俺は操縦桿から手を離した。
……くそっ。
そんなこと、俺に頼むんじゃねーよ。
俺だって、まだ十七歳なんだぞ。
「……分かった」
外部スピーカーを起動する。
「俺はダン・ホワイトだ! お前らの降伏を受け入れる! 白旗を上げている奴には誰にも手を出させねぇ! だから、もう戦うな! 武器を置いて、全員こっちへ来い!」
操縦席のハッチを開くと、乾いた風とともに焦げた金属の臭いが流れ込んできた。
少し離れた場所には、真っ二つになったダーウィンの機体が転がっている。
その前を通り過ぎる兵士たちは足を止め、頭を下げていた。
俺はウォーカーから降り、機体の残骸を見下ろした。
「……ダーウィン。お前の部下は、俺が引き受けたからな」




