ホワイトクロウ始動 3
◇
「お前たち……その……付き合っているのか?」
ミーアとの会議のあと、ダンは私とエミルを部屋に引き留め、気まずそうにしている。
エミルがうっすらと匂わせてしまったからだ。遅かれ早かれ聞かれることは覚悟していた。
「感情の誤帰属だろう。恋愛とは限らない」
うおぃっ! ちょっと傷つくよー。まぁ私から仕掛けたのは確かだけど!
しどい……
「いや、あくまでも恋愛なんて個人の自由だ……ただな、これからドンパチが始まるってときに、その、なんだ、影響がなければ良いのだが……」
「影響?」
「まぁエミルにはないだろうけど、ブランはどうなんだ?」
「私!? 別に影響って言われてもねぇ……ってか無粋じゃない? 別にダンには関係ないでしょ!?」
「わ、分かってるって。分かっているけど俺の立場も考えてくれよ! これから戦闘が始まるしだなぁ」
ダンはいつになく歯切れが悪く、困った様子で私たちを見ている。
机には先ほどの会議で使った資料が広げられたままだ。普段なら戦闘の準備に取りかかっているはずなのに、今は私たちの返答を気にしている。
私にはダンが人の恋路を邪魔しようとしているように見える。戦闘とは全く関係ない。私たちを引き離そうとしているんじゃないか。あまつさえ、ダン自身がエミルを恋人にしようとしているんじゃないかとさえ思えてきた。
「別に戦闘と恋愛は関係ないでしょ? ダンこそ戦闘を理由に人の恋路に口を出そうとするなんて、裏があるようにしか思えないよ」
「いや、裏なんてねーよ! あくまでも指揮に関わるんじゃないかって話! 例えばエミルがピンチになったら持ち場を離れても助けに行ってしまう。そんな影響がないか心配なだけだ」
「そんなタラレバを言ったらいくらでも言えるでしょ? ダンはどうしたいのよ! エミルの意思も無視してるし、よく分からないよ!」
なに言ってるのー! 私、絶対に間違えた。
恥ずかしくてエミルの顔が見れない。
ダンも気恥ずかしそうに目を逸らし、壁を見ている。
「恋愛か……」
エミルはそう呟いて天井を見上げて考えている。
ダンも私もエミルの言葉を待っていた。
「あれだろ、身体を密接させ、まぐわうことが恋愛ということなのだろ?」
「「…………」」
リーダールームは宇宙の彼方にすっ飛ばされたような静けさが流れた。
私とダンは、なんとなく頃合いをみて、それぞれの仕事へ戻っていった。
◇
会議室でミーアから送られてきた資料に目を通すと、オルデンの移動兵力が記載されていた。
バトルウォーカー操縦士 20名
装甲車乗員 18名
歩兵部隊 150名
補給・整備・輸送要員 42名
指揮・通信・偵察要員 20名
合計 250名
ホワイトクロウ 約30名(18歳以下)
バトルウォーカー 10機
エミル NEX零型・1名
町の自警団 ジェームス率いる成人組織。兵力未確認
ベルクハルト商会 軍事支援・共闘を交渉中。派遣戦力未定
明らかに数で負けている。
いくらエミルでも防げるかどうかは未知数。
地形からして町へは一本道だし、そこが戦闘を行う場所になることは分かっているけど、突破されたら占拠されてしまうのだろう。メカニックの私でも分かるような単純なものだ。
壁のモニターには、町へ続く街道と周辺の地形が表示されている。
四年前の戦争で崩れた建物や放置された瓦礫が道路の両側に広がり、大型車両が通行できる場所は限られていた。
それでもオルデンは、軍用のバトルウォーカーを二十機も保有している。
こちらの十機は町の自警団用に整備した機体で、操縦技術も機体性能も一様ではない。実際に交戦すれば、損傷した機体を修理する時間すら与えてもらえないかもしれない。
「ブラン、いよいよ始まるな」
「ええ、武力は圧倒的にオルデンが上。町の自警団用のバトルウォーカーじゃ食い止められないよ」
「ああ、俺ができる限り倒す。援護を頼むよ」
ダンは街道の映るモニターを見ている。
確かにダンの腕はかなりのものだと思う。私が整備を担当してきたからこそ、ほかの子たちとの操縦技術の違いも分かる。
だけど実戦経験が少ないのも、予想の範疇だろう。
私ができるのは、彼が乗る機体を万全の状態にして送り出すことくらいだ。
残り三日。
相変わらずエミルはあちこち出かけてしまって、所在があまり分かっていない。
整備室にも顔を出さず、帰ってきたと思えば食事を済ませ、また町へ出かけてしまう。
「最近はどこに行ってるの?」
「町だ」
いつもの肉とスープを美味しそうに食べながら答えてくれるが、そこから話が広がらない。
皿には厚切りの肉が山盛りになっている。戦争が近づいているというのに、エミルの食欲は普段と何も変わらない。
「町? 町でなにしてんのよ?」
「チラシ作ったり、若いおなごさんと話をしたり……そうだ。ブランも明日付き合ってくれ」
「おいおい、二人とも。あと三日でオルデンの奴らがここに到着して戦争が始まっちまうかもしれねーんだぜ? 勘弁してくれよ」
ダンは頭を抱えて私たちを見ている。
気持ちは分かる。私だって整備の仕事が山積みだし、いつ戦闘が始まってもおかしくない。
「心配するな! 町が襲われそうなら私も動く」
エミルは全く意に介せずといった雰囲気で食事を済ませた。
空になった皿を片付ける姿を見ていると、なんだか戦争を心配している私たちのほうがおかしいような気がしてくる。
◇
「あと二日なんでしょ? なんで敵が来る道を進んでいるの? まさかエミルだけで撃退する気なの?」
「そうではない。せっかく屈強な、ならず者が来るのだ。協力を願いに行くのだ」
「はぁ?」
町から北へトラックで五十キロほど進むと、前方に大きなキャンプを構えている軍が見えてきた。
崩れた街道の向こうに、軍用車両と無数のテントが並んでいる。時折、三、四メートルほどのバトルウォーカーが動き、灰色の機体が乾いた土煙に紛れていた。
あれだけの兵力が集まっているのに、遠くからは機械の動く音が微かに聞こえるだけだ。
オルデン自治同盟だろう。
私の手のひらが汗ばむのが分かる。緊張で頭が真っ白になっていく。
向こうから見れば、私たちは敵の町からやって来たトラックだ。気づかれて撃たれたら、それだけで終わってしまう。
「よし、ここからは私が行く。ブランはここで待っていろ」
「えっ? 行くってなにを! 危ないよ!」
「問題ない」
エミルはそう言うとトラックを降り、およそ五キロくらいあるだろうオルデン自治同盟のキャンプへ向かって行ってしまった。
あっという間にその姿が小さくなる。
NEXの機動力は知っている。だけど、いくら速く走れるからといって、敵軍の真ん中へ行って無事で済む保証なんてない。
どうしよう……これでエミルが死んじゃったら、ダンたちになんて言えばいいの?
色々なことが急に頭の中を駆け巡り、怖くなる。
「とりあえず……Uターンさせて……端に寄せて……帰って来たらすぐに逃げられるようにして……」
やっておいたほうが良いだろうと思うことを、私は一つ一つ確認するように言葉にして行動する。トラックを切り返して町の方向へ向け、路肩に寄せた。
エンジンは止めないほうがいいのか。それとも燃料を節約するべきなのか。
普段なら一度確かめれば分かることなのに、気がつくと同じところを何度も確認している。
遠くの野営地ではウォーカーが移動していた。あそこにエミルがいるのだと思うと、どうしても落ち着かない。
そんなふうに一つ一つの不安を埋めながら待っていると、一時間ほどでエミルが帰ってきた。
汗をかいた様子もなく、何やら満足そうな顔をしている。
「ちょっ! なにしてたのよ!」
「ああ、旦那や嫁の募集だ! 逃げるぞ!」
エミルはカバンから余ったチラシを私の前に差し出した。
《戦争で旦那不足! 足りてません! お父さん》
《飯には困らん! 貴方の夢は!?》
そこには町にいる年頃の娘のはつらつとした笑顔の画像や、船に乗って魚を取りに行くイケメンの画像が映っていた。
しかも妙に派手な文字と色使いで、食堂や商店の宣伝広告と並べても違和感がない。
とても、これから戦争を始めようとしている軍隊に配るようなものには見えなかった。
「これから攻めて来るんだよ? こんなの来るわけないじゃん! しかも戦闘予想日の翌日!? この日にパーティー設定してるじゃん。流石に無理だろー」
私にはエミルの思考回路が全く分からなかった。
そもそも敵のキャンプへ行って、こんなものを渡してきたというのか。しかも何十枚も減っている。
どうやら一人や二人に渡しただけではないらしい。
「そうかなぁ……この前言ってた《恋愛》か? みんなブランみたいに裸でこう……まぐわいたかったら……」
「わっ! わっ!」
エミルはあの日の私の行動を手で真似ようとしたので、すかさず止めた。
「とりあえず、ここは危険だからね。戻ろー」
私はアクセル全開!
恥ずかしさを吹き飛ばすように、町へと帰っていった。




