ホワイトクロウ始動 2
◇
「エミルちゃん、着替え終わったかい?」
仕立ての経験のある老人は、簡易的に作った試着室の外からエミルに声をかけた。横には奥さんであろうおばあさんもいて、にこにことした顔で試着室を見ている。
私もその一人だ。
シャーッ!と音をたて試着室のカーテンが開いた。
現れたエミルは、黒と銀を基調にした光沢のある衣装に身を包んでいた。
身体に沿う黒いインナーは腹部が覗く短い丈で、その上から銀の縁取りが入った大きめのロングコートを羽織っている。腰まわりには、透明感のある薄布とフリルを重ねたミニスカートが広がり、動くたび青白い反射が揺れた。
胸元や腰、袖口には金属飾りと宝石めいた意匠が散りばめられ、指には銀色の指輪。仕上げとばかりに、ワインレッドのサングラスまでかけている。
どういった世界線のキャラだ……。
「おお! 可愛い救世主様の誕生じゃ♪」
老夫婦はきらきらとした目でエミルを眺め、手を叩いて喜んでいる。
いや……なんだこのサイバーパンクでド派手な出で立ちは! しかもエミルがコートの留め具に触れると、各所に仕込まれた青い発光部がぼんやり光ったではないか!
エミルは老夫婦に右や左を向いては決めポーズをして見せびらかしている。
そこに、前にダンのもとへ来た、自警団を立ち上げたジェームスが入ってきた。
「今日はお披露目だって聞いてきたよ、エミルさん」
「むっ! どうだ? これで私は最高になったか!?」
エミルはジェームスの前に立つと、同じように色々なポーズをして見せびらかしていた。
背中には《WHITE CROW》という文字が大きく刻まれている。
「可愛いよ! エミルちゃん!」
か、可愛いだと!?
昔、戦争が始まる前に《ライブ》と言われるアイドルを何かの映像で見たことがあるが、まさにあんな感じだった。どう考えてもこの町では浮いている。しかも女性向けというより、男性ユニットみたいな格好よさまで混ざっている。
ただ、ミニスカートやアクセサリーのせいで、派手なのに妙にエミルには似合っていた。
「これは自警団で使えそうなオーバーコート、これは子ども用にどうかな?」
仕立て屋のおじいさんは、奥から今までの失敗作を私たちの前に持ってきた。
「おお、最近ホワイトクロウを名乗る輩が増えて、自警団としても困っていたんだよ。これがあれば正規の自警団かどうか分かるね。ありがとう」
ジェームスはそう言うと、大量の失敗作をもらい、喜んでいる。
「そして、もしサイズが合うなら、ホワイトクロウの子どもたちにもどうぞ」
これまた大量の《WHITE CROW》と入った失敗作を、私は渡された。
鏡の前で怪しげなサングラスをかけたエミルは、何度もポーズを変えて見直していた。
◇
「こ、これは……随分派手な……制服? なのか?」
私は町から大量のエミルの失敗作を持ち帰り、ダンに見せた。ダンは困惑している。そりゃそうだ。ロゴだけは統一してあるのに、細部のデザインはばらばらなのだ。
「一応、今の時代は何でも希少だからって……仕立て屋のおじいさんが……」
私はそう言ってダンへ差し出すと、渋々受け取ってくれた。
だが特に年少組の子どもたちは、テンション爆上がりだった。
「エミルのおねーちゃんとおんなじなの?」
「うわー! カッコイイー! みんな主人公みたいだねー!」
個性あふれるエミルの失敗作は、大人気となっていた。
今はオルデン自治同盟が攻めてくるかもしれない緊迫した状況で、それは町の大人たちも知っていることだ。
それでも、肉を毎日届けてくれるエミルのわがままを受け入れてくれる人たちがいる。
仕立て屋の老夫婦だけじゃない。町の人たちまでもがもてはやすから、エミルはその都度、誇らしげに見せびらかしていた。
そして、その姿を見ている大人たちは、確かに笑顔だった。
◇
「はい、メンテするから脱いで」
「ああ」
いつものように服をてきぱき脱いで、エミルは寝台に寝転がった。
私は腕を見ると、いつものような汚れはなく、足を確認しても特に問題はなかった。
天井を無表情で見上げているエミル。
「今日は綺麗ね。泥んこ遊びはしなかったんだね」
「ああ、それは終わった」
「海でサメも獲ってないの?」
「うん。今はヘビを獲っている。その辺をにょろにょろ動いているだけだから、あまり汚れないんだ」
「そう……じゃあメンテナンス、いらなくなっちゃうかな?」
「……」
エミルは答えず、寝転がったまま私を見ている。
なんで私はこんなことを言ったのだろう……
それでも、意思とは関係なく言葉が漏れてきてしまう。
「今は……エミルが連れてきた子どもたちが整備もしてくれるから、私だけができることはエミルのメンテナンスだけ……」
「……」
エミルは黙って私を見ているだけだった。
「エミルをメンテナンスするのも、誰かに引き継がないと、私が死んだら困るよね……」
なにを言っているのだ。私は……なにを……
「エミル……キスしたことある?」
「ない」
「こんな感じ!」
私は気づいたらエミルにキスをしていた……
止まらないのだ。
戸惑ったエミルの目。驚いている? 打算?
私は何故か勝った気になっている。
エミルができないことを私は今やっている。
下腹部が熱くなる感覚に戸惑いながら、私の欲望に整合性と言い訳を与えようとして、頭がぼうっとしてくる波を押し返すように答えを探っている。
「エミル……」
恥じらいを隠すために、勢いのまま唇を奪っていく。
驚いた目をしていたエミルが、ゆっくりと、スローモーションに見えるくらいゆっくりと目を閉じた。
私が気づいた時には夜が明けていた。
寝台で私はエミルの寝顔を見ながら、ずっと乱れた髪の毛をそっと撫でている。
眠ることがもったいないという感情?
他になにか期待している欲望?
よく分からなかったけど、私はきっとなにかに満足したのだろう。
◇
「みんな聞いてくれ! オルデン自治同盟が恐らく一週間後にここへ到着するという情報が入った」
翌朝、ダンはホワイトクロウの子どもたちをリーダールームに集め、神妙な顔で報告した。
年少組の子どもたちの反応はまちまちだった。怯える子もいれば、何が起きるのかよく分かっていない子もいる。
この報告には町の大人たちも加わっていた。
ダンの仕事部屋にあるモニターには、ミーアも映っている。
「我々も共闘するつもりだ! ダンとは長い時間話し合ってきた。当初は全面的に協力するつもりだったが、ここ数カ月で自活できる町へと変わってきていることも知っている! そこで子どもではなく、大人の住民に質問だ。我々半グレ組織が介入し、オルデンの攻撃を防ぐ。もちろん、その後もホワイトクロウとは共栄するつもりだ。異論があるなら聞こう」
「俺はジェームスだ。町の自警団のリーダーをしている。ダンが悩んでいるのは、ヤクザな組織と手を組むことに彼なりに慎重になっているからだろう。その危険は俺も懸念している」
「ほう。子どもたちに責任を押し付けてきた、ダンの言う『大人』の意見かい?」
「そ、それは……」
ジェームスはそれ以上言葉を発さなかった。
私にもジェームスの懸念は理解できる。できるが、ヤクザな組織に警戒心を抱いている以上、その介入を簡単に受け入れられないのだ。
私はふとエミルに視線を向けた。エミルはキラキラとした服を眺め、ほんわかしている……
うん……ウットリしているだけで、まるでこの切迫した状況を理解していないようだ……
「ええっと……そこの派手な娘さんが、ホワイトの言う秘密兵器なのか」
ミーアはモニター越しにエミルを見つけ、苦笑いしている。
うわぁ……エミルがミーアに向かって斜に構え、腕を組んでニヤリとしている。めちゃくちゃカッコつけてるぞ!
「ホワイト、子どもじゃないか。オルデンの偵察部隊をやったのがこいつなのか?」
「……」
ダンはエミルを見られたくなかったのだろう。
ミーアを睨みながら、顎に力が入っている。
「心配は無用だ! 昨日ブランが大人にしてくれた」
「ひえっ!」
エミル! それは!
「なぜなら、ブランは昨日私に――モゴモゴ」
「わーわーわーわーわー!!」
私は慌てて叫び、エミルの口を塞いで後ろに下げた。
みんなポカーンと口を開け、目を丸くして私たちを見ている。
どこまで無知っ子兵器なんだ、この子は。
明らかに周りも動揺しちまっているではないか。
「ホワイト……これで戦えるのか?」
ミーアは呆れてダンに尋ねたが、ダンはやはり答えることができなかった。
「だ、大丈夫よねぇ! 前もエミル一人で殲滅したし、今回だって……ねえ、ダン」
「ウイカ! 全部喋るな!」
「ほう、あの奇妙奇天烈な少女が一人でか……ますます興味深い話だな」
ミーアの目つきが変わった。
私にも分かる。軍の秘密兵器がホワイトクロウにいるとなれば、ベルクハルト商会が小国を築くチャンスすらあるのが今の地球だ。
国家が滅んでいることも珍しくない世の中で、敵の小隊を壊滅させる過去の軍事技術があるなら、どこの組織も喉から手が出るほど欲しい。
「エミルはただの人間だ! 戦争の道具になんてさせない!」
「おい、ブラン黙っててくれ! そんな単純な話じゃねーんだ」
「黙るのはダンのほうだよ! 結局また小競り合いから戦争になっても、犠牲になるのはいつも子どもなんだから!」
「だから、この土地を守るためにも共闘できるところとは協力し合おうって話を、今までミーアと進めてきたんだ! 俺だってエミル一人に任せちゃならねーって思っていたから、武装できるようにしてんだろ?」




