ホワイトクロウ始動 1
「ブラン! 来てくれ!」
「なに? 私、整備で忙しいんだけど」
そんな私の都合なんてお構いなしに、エミルは私の手を引っ張って町へと連れ出した。
ああ、またダンに嫌な顔されるよぉ……。
最近、ダンはウイカを交えてベルクハルト商会のミーアと話をするたび、難しい顔をしている。これから戦争が起きるかもしれないと言ってはイライラしているし、その影響でバトルウォーカーの訓練も増え、模擬戦で傷んだ機体の修理が追いつかなくなっていた。
私だってバトルウォーカーだけを整備しているわけじゃない。エミルのNEXを整備できるのは私しかいないし、ほかにも仕事は山積みなのだ。
ところが、そんな事情をまったく気にしていないエミルは、町へ着くなり服を作れる人はいないかと聞いて回り、ようやく見つけた仕立て経験のあるおじいさんに古い本を差し出していた。
「こんな服が作りたい! どうすればよい」
町の人が持ってきてくれた図書の中から見つけたらしい。開かれたページには、黒く光沢のある、なんだか変わった形のコートが載っていた。
「これかい? これならエミルちゃんが持ってきてくれているガウルの皮で、近いものは作れるんじゃないかな?」
「なっ、なんだと!? 今まで捨てていたじゃないか」
エミルはその場にしゃがみ込み、ものすごく落ち込んでしまった。
おじいさんも困惑してるよぉ……。
「もう一匹獲ってくる。そん時は皮も持ってくるから、作ってくれないか?」
「え……ああ、いいよ。エミルちゃんには助けてもらっているからね。お安い御用だよ」
「ブラン! これから私には重要な任務がある! 忙しくなるから、ダンにはそう伝えて、私に協力してくれ」
「ええ、ダンに……? ヤダな……」
「何故だ!」
「いや、これから戦争が起きるかもしれないからでしょ? それくらいエミルも分かるでしょ」
「戦争? なら、なおさらではないか! 急ぐぞ」
◇
「ダメだ! いつ来るか分からない今の状況で、なに考えているんだ!」
町から戻った私とエミルは、案の定ダンに怒られてしまった。
そりゃそうだ。十機に増えたバトルウォーカーは整備するだけでも大仕事なのに、NEXシステムのメンテナンスや銃火器の整備まで含めたら、二十四時間あっても全然足りない。
食料については相変わらずエミルが一人で狩ってくるものの、最近では町の人がヒレ肉とシャトーブリアンを綺麗に切り分け、エミルに事実上《献上》するようになっていた。
おかげで解体の手間が減り、ようやくエミルにも時間ができたと思った矢先、今度は服を作ると言い出したのだから、ダンの気持ちも痛いほど分かる。
ダンはエミルを自由にしてやると言ったけど、いくらなんでも自由すぎるのだ。
「ならば整備など町の人に頼めばいいだろ」
エミルは当たり前のように言ったけど、それが火に油を注いでしまった。
「それじゃ大人たちにまた良いところ持ってかれるだろ! ただでさえベルクハルト商会と手を組むかどうかで悩んでるってのに!」
そこからダンの長い説教が始まった。
「いいか、ベルクハルト商会が欲しがってるのはエミルのNEXシステムだ。向こうは軍用品も医療機器も用意すると言ってるが、簡単に渡せるものじゃねえだろ!」
食料や日用品は町の人たちのおかげで何とかなり始めている。でも、バトルウォーカーの交換部品や弾薬、まともな医療設備なんて、そう簡単には手に入らない。
「それに、オルデン自治同盟が今すぐ攻めてこないのは、ベルクハルト商会が牽制してるからだ。だが、あいつらが俺たちのために全面戦争まで引き受けると思うか? こっちも備えなきゃならねえんだよ!」
ダンの言うことも分かるけど、私にはこれから先も整備の仕事が減りそうにないことだけが、はっきりと分かった。
翌日、エミルから町へ行く誘いはなかった……
◇
「ブラン! 町へいくぞ」
「ええ? 一昨日ダンに散々ドヤされたばかりでしょ? 今日も町へ行ったら殺されちゃうよ」
「そうならないためだ! いくぞ」
「きゃっ」
私はエミルに抱きかかえられると、とんでもないスピードで町へと運ばれていった。
町へ着くとエミルは鞄の中から何百枚もあるチラシを取り出した。
「ブラン! これを配ろう」
チラシを見てみると、なんと募集広告だった。
《十八歳未満の子ども限定! 君も手に職をつけないか》
《今ならなんと無料で最新の技術が学べる!》
「はあ、誰が教えるの!? ダンにはなんて?」
「ダンは大人嫌いのロリコンだ! なら子どもを集めれば納得する。許可はいらない」
「いや、ロリコンだからじゃなくて……一昨日の話分かってる!?」
「今はブルーカラーの時代だ! いくぞ」
こうしてまた整備をサボらされ、チラシまで配る羽目になってしまった。
このあと私はダンには殺されるんじゃないかと思うくらい怒られたのは言うまでもない。
◇
しかし予想に反して、次の日には三十人ほどの子どもたちがやってきた。
話を聞けば、親から「ホワイトクロウの子どもたちも頑張っているんだ! あんたも行ってきなさい」と言われて来た子もいれば、十歳を超えた年長組の中には「前々から協力したかった」と自分から参加した子もいた。
参加する子どもたちは倍々に増え、一週間もすると三百人くらいになってしまった。
その間、エミルは相変わらず姿を見せず、私は集まった子どもたちに、先生として実演を交えながら整備を教えることになっていた。みんな私以上に真剣で、教える側も手を抜けない。
最初に教えたのは工具の扱い方や部品の洗浄、仕分けといった基本的な作業だった。それでも三百人が交代で手伝ってくれるようになると、私は難しい修理に集中できる。十機のバトルウォーカーの整備も、以前よりずっと早く進むようになった。
ダンも最初は「エミル……またやらかしたか」と頭を抱えていたが、修理場の仕事が片づき始めると、何も言えなくなっていた。
それだけじゃない。子どもたちは弁当を持たされてくるばかりか、私たちにお土産まで持ってきてくれる。おかげで肉まみれだった食卓にも色々なものが並ぶようになった。
相変わらずエミルはシャトーブリアンだけを美味しそうに食べている……よく飽きないな。
◇
「エミル、脱いで」
エミルは服を脱ぎ、寝台に仰向けになった。
こうして見ると私と同じ十四歳。
NEXに影響を及ぼさないように身体の成長が制御されているせいでやや幼く見えるが、大して私と変わらない。
そして少しだけ私より胸がデカい……
ちっ……
「エミル! また土だらけだけど、なにを狩ったらこんなに土が入り込むのよ!」
エミルはなんのことやらとキョトンとした顔をして私を見ている。
人工皮膚には自然修復機能があるのに、エミルは傷ついても構わず動くから、修復する前に土が入り込んでしまい、メンテナンスに時間がかかる。
最近はメンテナンスという名の清掃ばかりをしていたが、かつて軍が最新技術を駆使して造り上げたNEXだけあって、内部の機器は全く問題なく作動している。
戦後、ほとんどの技術が失われ、インフラの復旧もままならないこの時代には似つかわしくない代物だ。
だけど、生まれたときから戦闘しか教わってこなかったエミルのことは、事情を知っている私もダンも、どこか許してしまうのだった。まるで三歳の子どもが泥んこ遊びをして帰ってきたのを見たときのような感覚なのかもしれない。
◇
「よおし! 今日はこれくらいにしよう! 終わりだ」
ダンが演習場に大声を響かせると、バトルウォーカーに乗っていた子どもたちからため息が漏れた。
「やっと終わったぜぇ」
「マジで毎日死ぬって」
子どもたちはバトルウォーカーを倉庫に戻し、機体から降りながら文句をこぼしていた。
昼は演習、夕飯が済めばベルクハルト商会のミーアとの会議。ダンは恐ろしく忙しい毎日を送っていた。
メカニックの私から見ても、ダンのバトルウォーカーの操縦は天才的だった。後ろにも目があるんじゃないかと思えるほど周囲の動きを把握し、相手の行動を先読みして攻める技術は、エスパーかと錯覚するほどだった。
さらに、町の人たちがホバー式オートモービルを十台も組み上げ、私たちに寄贈してくれた。
元になったのは、かつて町に住んでいた金持ちが道楽で所有していた一台。町の職人たちがその構造を調べ、残っていた車体や部品をかき集めて組み上げたという。
そしてもう一つ、毎日ではないがフカヒレスープが食卓に並ぶようになった。
「エミル、サメも狩るようになったの?」
「ああ、服を作るには色々必要なのだ」
「服のために? 最近、土の汚れがなくなったと思ったら今度は海?」
「ちと遠いが、ホバーに乗っていけばすぐだからな」
「そうなんだ……」
きっとそのうちマグロを獲って、大トロが美味しいと分かったら、町の人が捌いてエミルの皿に載せるのだろう。
そんなことを考えながらエミルのフカヒレスープを見ると、背びれが入っていた。




