レッドクロウの終焉 2
◇
一か月もエミルが肉を配っていると、閉まっていた店も昼だけ営業を再開した。修理屋の前には壊れた荷車や農機具が並び、食い物以外にも金を使う人間が出てきたらしい。
終戦から約四年。あれだけ死んだようだった町にも、ようやく商売の気配が戻ってきた。
しかし、ホワイトクロウの修理場には、オルデン自治同盟が残していった兵器の残骸がまだ並んでいた。
ブランにメカニック助手をつけても修理が追いつかず、軍のスクラップヤードも交戦以来、警戒が厳しくなっている。
助けもしてくれない軍が、ゴミを守ることだけは熱心にやりやがる。
ある日、俺に通信が入った。
「ダン、通信が入っているわ。ベルクハルト商会のミーアという人みたい」
「ベルクハルト商会!? 本当か? ウイカ!」
「え、ええ。そう言っているけど……」
ベルクハルト商会って言えば、密輸で有名な組織じゃねーか。
戦後、一人の女によって密輸業の重鎮にまでのし上がった武闘派集団。こんな弱小組織に何の用だ?
「わかった……繋いでくれ」
モニターに若い女が映し出された。
「やあ、初めまして。ベルクハルト商会のミーアだ。レッドクロウが最近潰されたと聞いて、挨拶でもしとかなきゃと思ってね」
「今はホワイトクロウと名前を変えて運営させてもらっている。俺が代表のダン・ホワイトだ」
「ああ、知っているよ」
冷たい視線が俺の身体に突き刺さるようだ。
ビビっているのか? 俺は。
そりゃそうだ。アウトローな世界に生きてりゃ知らぬ者はいない相手だ。
「そう構えるなホワイト。悪い話じゃない」
「へへ、今の時代に良い話なんてあるのかい?」
「そりゃ言えているな」
ミーアは笑ったが、やはり目は冷たかった。
「先日のオルデン自治同盟への対応、見事だったな」
「まさか! あの襲撃にあんたらも一枚噛んでんのか?」
「いや……あれはオルデンの意思だよ。近々さらに武装して、そっちに行くらしい」
「なんだと!?」
あれだけ機体を潰されておきながら、また戦争をおっぱじめるつもりか。
オルデンが勢力を広げているという噂は聞いていたが、外の情報がほとんど入ってこない今、どれほどの軍事力を持っているのかも分からねえ。
「それで、どうするつもりだ? ホワイト」
「どうするって……そりゃ迎え撃つしかねえだろ」
「武器もろくに調達できないのにか?」
「……なんでそんなこと知ってやがる?」
「軍のスクラップヤードも警戒が厳しくなったと聞いている。あんたらが部品の調達に苦労していることくらい、調べれば分かるさ」
こいつ、どこまで俺たちのことを調べているんだ?
「うちなら軍用兵器も交換部品も用意できる。必要なら弾薬だって融通してやろう」
「そりゃありがたい話だが、タダでくれるわけじゃねえんだろ?」
「もちろん。こっちも商売だからな。ただ、金だけが取引の条件とは限らない」
「何が欲しいんだよ」
「レッドクロウが残した輸送網と、あんたたちの戦力に興味がある。特に、あの機動部隊を撃退した力にはね」
やっぱりそういうことか。
俺たちが欲しい武器を向こうは持っている。代わりに俺たちを使おうってわけだ。
「つまり、あんたらの下で働けってことか?」
「そこまでは言っていないよ。まずは互いに利益のある取引ができないか、話をしたいだけさ」
ミーアは相変わらず余裕たっぷりだった。
「どうだい、ホワイト。一度会って話さないか?」
それだけ言うと、通信は切れた。
「ウイカ、これはデカいヤマになりそうだな」
「ええ。オルデンは前よりも大軍で来るんでしょうね。それに、ベルクハルト商会との取引も慎重に考えないと」
「ああ……」
バトルウォーカー五機。うち二機は工業用改造。
装甲車一機。
そしてNEXを持っているエミル。
それが今の俺たちの戦力だ。部品も弾薬も足りず、次もエミル一人で何とかできるとは限らねえ。
「俺に……力さえあればな……」
「ダン、大人たちは頼りにならないけど、今は私たちだけで全部やらなくてもいいんじゃない?」
いつになくウイカの声が優しかった。俺の肩にそっと手を置いている。
◇
「うわ〜。今日の牛さんはおっきーねー」
年少組の子どもたちと近所の子どもが、巨大なガウルの周りに集まっていた。
いつものようにエミルは小さな身体をテキパキ動かしながら肉を捌いている。
「ブラン、次の箱を頼む」
「あいよー!」
少なくとも俺たちの組織で《腹ペコ》という概念はほとんどない。大小はあるが、最近はやたらと牛系ばかり狩ってくる。
そして……町の大人たちが後ろに大勢いる。
「ブラン! なんでこんなに町の大人がいるんだ」
「ええ? 町に持って行くと取り合いになるから、エミルが取りに来いって言ったんだよ!」
ブランは捌いた肉を木箱に詰めながら大声で答えた。
これからまた小戦争が起きそうだという時に、なんて呑気な大人共だ!
だが、エミルにそんなことは言えない。
アイツがオルデン自治同盟を退けた。
そしてなによりも……
◇
「「「いっただっきまーす!」」」
ホワイトクロウの飯はいつもみんなで食う。
エミルは普段無表情だが、この時だけは世界一幸せな顔をして食べるのだ。
皿の上には七百〜八百グラムはあるだろうステーキ。目をキラキラさせながら切っては食い、ニコニコしている。
「エミルってさ? いつもおんなじ部位の肉食べてるよね〜。そこが好きなの? 一口食べさせて」
ブランがフォークでエミルの肉を刺そうとすると、スッと皿をよけた。
おぉぉぉ……めっちゃ睨んでる睨んでる。
ブランがドン引きしてるよ……。
俺たちが食べている肉も十分美味く、文句はない。
ちょっと前まで考えられなかったことだ。
◇
「なんの用だい? 今さら大人たちが」
俺の元に三人の大人とウイカが訪れた。
ウイカが連れてきたのか? 俺が町の大人を信用してねぇって言ってるのに……
「君がダン・ホワイト君だね」
三十歳くらいの男が俺の手を握り、涙を流して頭を下げた。
「なっ!?」
「ダン、お礼が言いたいんだって」
「ウイカ! お前……」
男の名前はジェームス。三十二歳で、町の代表として訪れたそうだ。
「この三か月、肉を分けるために町の人間を調べて回ったんだ。今いるのは八千人ほどらしい。飢えで倒れる人もずいぶん減ったよ」
今まで生き残った人数すら分からなかった町だ。肉の配給が、そんなことまで調べるきっかけになったらしい。
「ウイカちゃんに聞いたよ。前に攻めてきた武装集団、オルデン自治同盟だったんだろ?」
「……ああ」
俺はウイカを睨むと、おちゃらけて目を逸らしやがった。
「そこで、ウォーカーを五体。町のみんなで修理したんだ。使って欲しい」
「ははっ。相変わらずだね、大人は。子どもたちに戦闘させて、自分らはまた逃げようって算段か」
「勘違いしないでくれ。いや……まだ僕たちに子どもを守る力がないから、そう思われても仕方がないな……」
「なら、どういう意味だ!」
「自衛のため……と言うのかな? 僕たちだけでは君たち子どもを守れない。せめて君たちに、ウォーカーを使って生き延びてほしい」
「そんなこと……今さら言われても」
俺は拳を机の下に隠した。
「最近、僕くらいの年齢の人を集めて自警団を作ったんだ。まだ人数も少ないし、武器も足りないけどね。君たちだけに戦わせるわけにはいかないと思ってる」
「…………」
「君が無償で町の人へ肉を届けてくれなかったら、僕たちは今も食べることで精一杯だったと思う。本当にありがとう」
「いや……あれは俺じゃなくて……」
ジェームスたちは立ち上がり、三人とも頭を下げた。
「「「本当にありがとうございました!!」」」
ジェームスたちが帰ると、ウイカが書類を俺に渡してきた。
「なんだよ、これ。また請求書か?」
「町の人たちが、ホワイトクロウの子どもたちに届けたいって言ってる物の一覧よ」
そこには衣服や靴、寝具、生活用品などが書かれ、それぞれの品物を提供する人間の名前まで記されていた。
「こんなにあるのか?」
「みんな古い物ばかりだけどね。仕立屋のおばさんが服を直してくれたり、靴屋のおじさんが子どもたちの足に合うように作り直してくれたりしてるの。あと、町のお医者さんも診察に来てくれるって」
書類にはまだ続きがあった。
大工による宿舎の修理、寝具の交換、風呂場の給湯設備の修復。そして学校の元教師が、勉強を教えたいと申し出ているらしい。
「……なんで、そこまでしてくれるんだよ」
「町の人たちも、何かお返しがしたいんだって。今はまだお金もないし、まともな物を買う余裕もないから、自分たちにできることを考えたみたい」
俺たちは今まで、食い物も寝床も自分たちで何とかしてきた。服なんか着られれば何でもよかったし、靴が破れたら別の物を拾ってくればいい。
「ダン、明日から靴の寸法を測りたいんだって。みんなに伝えておいてくれる?」
「……ああ、分かった」
書類には、ホワイトクロウの子どもたち三十人分の名前が並んでいた。
◇
ズガーンッ!!
「それじゃ当たらねーだろ! 操作が雑なんだよ!」
「はいっ!」
俺たちは連日バトルウォーカーの操縦に苦戦していた。
十歳以下を年少組、それより上を年長組と決め、年長組に操縦訓練をさせている。
町にいた元軍人から操縦や戦術を教わり、俺もだいぶ扱えるようになってきたが、模擬訓練で相手をしているエミルには全く歯が立たない。
「ダン、もう一度やるか?」
「当たり前だ! 今度こそ捕まえてやる!」
機体の出力を上げて追い込んでも、エミルは瓦礫の間を抜け、射線から外れてしまう。
「あの子一人でオルデンも殲滅できんじゃねーか?」
元軍人まで首を傾げるほど異常な強さだった。
まあ、一トン近くあるガウルを仕留めては、自力でトラックの荷台に乗せて持って帰ってくるくらいだから、分からんでもない。
だが、エミル一人に押し付けるわけにはいかない。
「おらっ! もう一本いくぞ!」
あの時、子どもたちを前線に残して逃げた大人たちと同じ真似だけはしたくねえ。
◇
「おいウイカ……なんでアイツいじけてんの?」
食卓にはいつもの肉と、町の人から最近もらえるパン、それから子どもたちが取ってきた木の実などが並んでいる。
なにも変わらない昼食だった。
ただ、いつもニコニコしているエミルが、分かりやすいほど沈んでいる。
「プフッ! それがね、いつも捌いている時、自分の分は別皿に避けてたでしょ?」
「ああ、二キロくらいあったよな。あれ、よく食うなって思ってたよ。あの小さな身体で」
「あれ、シャトーブリアンって部位だったのよ。ずる賢い大人が、その部分を狙おうとしてたのに、いつもないからおかしいなぁって思ってたんだって」
「なら、いつも通りじゃねーか」
「それがね、プププ、年少組の子が間違えて町の人にあげちゃったんだって」
「じゃあ狩りをしたいって言ってたのも……」
「そう。今考えればシャトーブリアンを食べたくて、毎日牛っぽい獣を狩っていたのよ」
ウイカは笑いを堪えている。
俺はふてくされるエミルにもう一度目を向けると、なぜかホッとしていた。




