レッドクロウの終焉 1
「私、狩人になる!」
エミルがいつになく真剣な眼差しで俺にそう宣言したのは、一か月前のことだった。
そのとき俺は、レッドクロウから引き継いだ本部の元リーダー室で、ウイカに帳簿と請求書を突きつけられていた。
「ダン! ちゃんと聞いてるの!?」
「聞いてるよ。金が足りねえんだろ?」
「それだけじゃないの! 元々レッドクロウが取引先に払っていなかった代金もあるし、従業員の給料だって滞ってるのよ! そのくせ、今までの取引先は何食わぬ顔でこっちに請求書を寄越してくるんだから!」
まったく、せっかく手に入れた本部だというのに、面倒なことばかりだ。
逃げた大人どもが残していった借金なんぞ知ったことか。ところが、倉庫も車両も仕事も引き継いだ以上、取引先にしてみれば俺たちが新しい支払い担当者らしい。都合のいい話だ。借金にまで後継者が必要だとは知らなかったぜ。
「でーーい! 給料なんて払えるか! 飯代稼ぐだけありがてえと思いやがれ!」
俺としては、まず武器を増やしたい。この間の侵攻だって、エミルがいなければ全滅していたかもしれない。
今度こそ誰にも舐められない、俺たちだけの組織を作ってやる。仲間を食わせ、敵が来れば叩き潰す。それくらいの覚悟はある。
もっとも、給料まで払える立派な組織にする方法となると、これが何一つ分からん。銃の手入れなら多少は心得があるが、帳簿を睨みつけたところで金が湧いてくるわけでもない。世の中、厄介なものほど殴って解決できないようになっている。
そんなところへエミルが入ってきて、姿勢よく立ったまま《狩人になる》なんて言い出したもんだから、さらに頭を悩ませる羽目になった。
「えっ……なんのために?」
「なんのため? 自由とはなにかと考えたら、狩人になることが私のやりたいことだと思ったのだ」
「そうか、エミルのやりたいことなら、そりゃ俺は止められねーが……」
俺は腕を組んで考え込んだが、エミルの言う自由が、どうして狩人につながるのか全く理解できない。
そもそも、ついこの間まで俺たちは命懸けで戦争をしていたんだぞ。
レッドクロウの大人たちが逃げ出し、俺たちが本部を引き継いだとはいえ、周辺の武装勢力まで消滅したわけじゃない。第二、第三の侵攻だって考えられる。
エミルには防衛の要になってもらいたいところなのに、本人はどこ吹く風だ。
「いやぁ……あのなエミル。レッドクロウが潰れた今、ここを狙って攻めてくる輩が出てくると思うんだ。自由にしてやるとは言ったが……今じゃない気が……」
「うん。敵が来たら応戦する。それ以外は狩人になる」
なるほど。敵は倒す、狩りにも行く。本人の中では両立しているらしい。
考えてみれば、この二年間にも奇行はちょいちょいあった。
突然穴を掘り始めたときは「どこまで掘れば底が出てくるのか気になった」と言い出し、飽きるまで一か月も掘り続けていた。地面の底なんぞ簡単に出てくるわけがない。あれ以上続けていたら、俺たちの廃屋が先に地盤沈下を起こしていたんじゃなかろうか。
あるときは「町の人全員に会ってみたい」と言い出して、廃屋から毎日町へ足を運び、ひたすら挨拶しては名前を聞いて回っていた。これも飽きるまで随分と時間がかかった。全員に会えたかどうかは知らないが、町では変わった少女として有名になって帰ってきた。
何せ、人の顔と名前を覚えるためだけに毎日出歩く奴なんて、普通はいない。町の連中にしてみれば、随分と熱心な変人が現れたと思ったことだろう。
だが、本人は至って真面目なんだから始末に負えない。
「そうか、狩人になるのか……なにを狩るの?」
「肉だっ!」
「はぁ?」
肉は獲物の名前じゃねえと思うんだが、エミルはそのまま《狩り》に出かけてしまった。
◇
二年前、軍のスクラップヤードでエミルを拾ってから、俺たちは相変わらず回収屋として細々と暮らしていた。
エミルも少しずつ日常生活を覚え、与えられた仕事は何でも卒なくこなす。機械の修理から廃材の仕分け、荷物の運搬まで文句一つ言わない。時折妙なことを思いつくのが玉に瑕だが、回収屋としては俺たちの誰よりも優秀だった。
そんな生活が一変したのは、エミルが狩人になると言い出す少し前のことだ。
中央政府の統治がとっくに形骸化したこの地域へ、独立国家の樹立を目指すオルデン自治同盟と名乗る武装集団が攻め込んできた。
自治だの独立だの、御大層な看板を掲げているが、実態は周辺のならず者をかき集めた軍閥まがいの連中だ。もっとも、この辺りを牛耳っていたレッドクロウも似たようなものだから、どちらが立派かなんて議論するだけ無駄だろう。
「おい! なんだってこんな荒れ地に来やがるんだよ!」
「狙いは決まってるでしょ? 補給施設と発電設備。ほかに価値のある物なんてないわよ」
俺の隣でブランが吐き捨てた。
確かに、この町にはかつて軍が使っていた補給施設と発電設備が残っている。大戦でまともな物流網も電力供給も失われた今では、旧式だろうが稼働する設備そのものが貴重な財産だ。
それをレッドクロウが押さえていたもんだから、町の住民も商人も連中の顔色を窺いながら暮らしていた。
今度は、その利権をオルデン自治同盟が横取りしようというわけだ。
『今後、この地域は我々オルデン自治同盟の管理下に置く。抵抗する者は皆殺しにするぞ!』
デカいスピーカーでオルデンの奴らが叫んでいる。
ブランは工業用パワードスーツを装着し、長銃を手に取った。
一方、レッドクロウの大人たちは慌ただしく本部を駆け回り、箱やカバンに金目の物を詰め込んでいる。迎撃の準備にしては随分と荷物が多い。
「おい! 狙いは設備だ! どうすんだ! オルデンが来ちまったぞ」
「知るか! 前から補給と発電をオルデンの地域にも供給しろって要求してやがったんだ! とうとう実力行使に出てきやがった!」
レッドクロウの幹部らしい男はそう怒鳴ると、部下を連れて倉庫へ駆け込んでいった。
世界中が大戦の後遺症に苦しみ、燃料や整備部品の調達すらままならない時代だ。維持費のかさむ航空戦力を気軽に投入できる勢力なんて、そうそう存在しない。
その点、オルデン地区から陸続きのここなら、少数の地上部隊を送り込めば済む。レッドクロウ程度の武装なら、簡単に制圧できると踏んだのだろう。
本部の監視モニターには、分厚い装甲板で覆われた戦闘用バトルウォーカーの部隊が映っていた。
数こそ少ないが、どれも本格的な軍用機だ。俺たちが普段扱っている工業用の代物とは、装甲も火力も桁が違う。
レッドクロウも多少は応戦したが、旧式の銃器や工業用バトルウォーカーを改造した二機では全く歯が立たず、防衛線は次々と突破されていった。
そして、いよいよ本部まで敵が迫ってきたところで、大人どもは素晴らしい決断を下した。
「お前たち! 前線に出て、奴らを食い止めてこい!」
俺たち子どもを盾にして、自分たちは逃げるという決断だ。
このクソ野郎ども、命令だけは一丁前に出すくせに、責任を取る段になると見事なまでに姿を消しやがった。
金と物資を積んだ車両が次々と本部を出ていく。長年この町で威張り散らしてきた連中とは思えないほど、実に機敏な撤退だった。
残された戦闘のできる子どもは約二十名。
旧式の武器を持たされた俺たちに、軍用機を相手にするだけの戦力なんてない。まともに撃ち合えば全滅だ。
「エミル! すまねえが、このままじゃ全滅しちまう。防げるか」
「ああ。この程度の小隊なら造作もない」
NEXシステムを開放したエミルは本部を飛び出し、とてつもない速度で敵の銃撃をかわしながら、先頭のバトルウォーカーの懐へ飛び込んだ。
装甲の構造を瞬時に解析し、拳を叩き込む。
分厚い装甲板がひしゃげ、内部の駆動装置ごと破壊された。
次の機体は脚部を破壊されて横転し、背後から迫った機体は銃身を掴まれ、腕ごと引きちぎられた。
敵は隊列を組み直して一斉射撃を始めたが、その頃にはエミルが背後へ回り込んでいた。
まともな軍用兵器が、たった十四歳の少女に次々と破壊されていく。
どう考えても冗談みたいな光景だが、笑っている場合じゃない。俺たちがどれだけ苦労しても傷一つつけられなかった装甲が、エミルの拳でいとも簡単に砕かれているんだからな。
「に、人間じゃねぇ!」
オルデンの兵隊が悲鳴を上げて退いていく中、エミルはいつものスクラップ回収作業と変わらぬ無表情で敵機を解体していった。
こうして俺たちは生き残ったわけだが、レッドクロウの大人たちはとうとう戻ってこなかった。
散々子どもをこき使っておいて、最後には自分たちだけ逃げやがった。立派な統治者様たちだぜ。
「エミル、ありがとう」
俺はエミルに手を差し伸べたが、彼女は何も言わず行ってしまった。
本人にしてみれば、命令された仕事を一つ片づけただけなのだろう。
「ダン、これからどうすんの? レッドクロウの大人たち、全員逃げていっちゃったよ?」
ブランは格納庫を見渡し、唯一きれいな状態で残っていた装甲車に触れていた。
「どうせ俺たちがやっていた仕事もある。だったら、レッドクロウを引き継ぐのはどうだ? なんなら全部いただいてしまおう」
ブランとそんな話をしていると、ウイカがブランの弟タカを連れ、別の戦線にいたストリートキッズたちと本部へやってきた。
「ウイカ! 来たのか!?」
「ブランが戦場に出ているのに、誰がタカの面倒を見るんだい?」
「俺はもう八歳だぜ? 一人で戦いに参加できるよ」
ウイカの後ろで腰に両手を当て、タカはふてくされた顔をしていた。
八歳のガキが戦争に参加したがるなんて、末恐ろしい世の中になったもんだ。もっとも、参加させようとした大人どもが実在する以上、笑い話にもならねえ。
「ダン、あの子はお前ん所の仲間か?」
黒いレザー服で統一したキッズ集団の頭を張っているリュウが、エミルを指して近づいてきた。
セブンスは、俺たちとは別に活動していたストリートキッズの集団だ。普段なら縄張りや仕事を巡って牽制し合う間柄だが、今回ばかりはオルデンという共通の敵がいた。
「ああ、俺たちの仲間、エミルだ」
「すげえな、あの子……人間か?」
「一応な」
詳しく説明するのも面倒だし、まだコイツらが仲間になったわけじゃねえ。ウイカもブランもすました顔をしているが、相手がセブンスということもあって警戒を解いていない。
の、「どうすんだ? チーム名もない、お前のところは」
「レッドクロウをこの際だから引き継ぎ、コイツらを守れる力を持とうと思っている。邪魔するならお前らとも一戦交えてもいいぜ」
「お前十七だろ? 子どものお前でできるのか? 大人の仕事が」
「ああ? お前だって確か十八歳だろ? 一個しか変わらねーじゃねーか」
「そうじゃねえって。相変わらず腕っぷしだけで単細胞だな! 商売するなら相手の信用が必要だろ? 十七のガキが代表を名乗るのと、成人した十八の俺が交渉するのとじゃ、向こうの受け取り方だって違うんだよ」
「どういう意味だ。十八になった途端に商売が上手くなるってのか? だったら誕生日に帳簿でも食わせてもらえよ」
「あんた、バカだねぇ! セブンスの頭がわざわざ話に来たのは、協力しようってことだろ?」
「ぬぬぬぬ! ウイカもリュウも人をアホ扱いしやがって……」
「そりゃそうだろ! 暴走のダン・ホワイトっていやー、ガキどもの中じゃ有名だからな!」
俺以外は爆笑している。
なるほど、リュウは俺たちと手を組もうというわけか。十八歳というたった一年分の年齢差を武器に、商売の交渉役まで買って出るつもりらしい。
ただ、決して褒められていないことだけは分かったので、とりあえずリュウのケツを一発蹴飛ばしておいた。
その後、レッドクロウの下で働かされていたストリートキッズたちも、この防衛戦をきっかけに集まってきた。
親を失った子ども、行き場のない子ども、回収屋や雑用で日銭を稼いでいた子ども。大人たちが逃げたところで、俺たちの腹が減らなくなるわけじゃない。
俺は、この子どもたちを食わせるために代表となり、レッドクロウの名を《ホワイトクロウ》へ変更した。
こうして、子ども三十名が運営する新生ホワイトクロウが誕生した。
誰にも命令されず、誰にも使い捨てにされず、俺たち自身の手で仲間を守っていく。
少なくとも、あのクソみたいな大人どもと同じ真似だけはするつもりがなかった。
◇
ところが、そんな俺の決意を知ってか知らずか、エミルは狩人になると宣言して以来、毎日のように獲物を取ってきては、解体し、肉を焼いている。
お陰でホワイトクロウの子どもたちは、朝から晩まで肉、肉、肉!
今まで干からびた保存食や味気ない配給品を食っていた連中が、毎日焼きたての肉にありつけるようになったんだから、文句の出ようもない。
それどころか、エミルはホワイトクロウの仕事をまだ任せられない小さな子どもたちまで連れ出し、食べきれない肉を町へ運んで無料で配り始めた。
なんで孤児を救おうともしなかった大人たちに食わせてやらなくちゃいけないのか、俺には皆目理解できない。
「エミル、肉は冷凍庫に入れときゃ保存できるだろ。毎日配り歩かなくたって、食料はいくらあっても困らねえんだぞ」
「いや、それじゃ狩りができないではないか。毎日保存できるだけの冷凍庫もないしな」
「狩りが目的なのか?」
「うん。無茶苦茶ハマっている」
おお……キラキラした目で訴えてくるな。
なるほど、肉を確保したいわけじゃなく、狩ること自体が楽しいのか。
俺はてっきり、みんなの食料を調達するために狩人を志したのかと思っていた。ところが、本人にしてみれば、食料の調達なんぞ狩りに付いてくる副産物でしかないらしい。
しかも、食べきれないなら町へ配ってしまえばいいときた。
無料で肉を配るくらいなら売って金にしてくれと言いたいが、エミルが勝手に獲ってきた野生動物である以上、口出しするのも筋違いだ。
何より、命令された仕事ばかりこなしていたエミルが、初めて自分から夢中になれる趣味を見つけたんだから、今さらやめろとも言えやしない。
たった一人でオルデン自治同盟の小隊を壊滅させた功労者に、今度は俺の武装計画や商売のために働けなどと命令するのも、随分と虫のいい話だろう。
本人は敵が来れば戦うと言っているし、俺たちの食料まで確保してくれている。
文句を言う相手としては、これ以上ないほど分が悪い。
町の事情に詳しいウイカに聞けば、エミルが毎日のように大量の肉を届けるせいで、無料の肉を受け取れる家庭が随分と増えたそうだ。
配られた肉を近所同士で分け合う者まで現れ、食料の乏しかった町にも、少しずつ肉が行き渡るようになっているらしい。
お陰でホワイトクロウだけでなく、町の人間まで肉、肉、肉!のようだ。




