プロローグ
BKR−C567年。
裸の少女を拾ったのは、記録的な大雨の日だった。
場所は軍のスクラップヤード。
俺たちはギャングの依頼で、ぶっ壊れた武器の交換部品を盗みに行くためトラックを走らせていた。
まともな人間なら外出を控えるような天気だが、レッドクロウに言わせれば絶好の仕事日和らしい。自分たちは雨に濡れず、盗みを働くガキの顔も監視カメラに映りにくい。
「こう大雨だと仕事はしやすいけど、やる方はたまったもんじゃないね」
助手席で工業用パワードスーツの腕部を締めながら、ブランが窓の外を見てぼやいた。
雨脚は朝から強くなる一方で、道路脇に並ぶ半壊した建物も、遠くに積み上がった瓦礫も、白く煙る雨の向こうに沈んでいる。
「俺だってこんなクソ仕事したくねえよ。でもレッドクロウに逆らって仕事を切られたら、また食えなくなる。お前だって、あんなところに戻りたくねえだろ」
後部座席からウイカの声が飛んできた。
「ダン! それを言うな。年頃の女の子の気持ちが本当に分かってないんだから」
「分かってるよ。だから戻さねえって」
二つ年上だからって、すぐ保護者みたいな顔をする。
ウイカ・ベルは町外れにある小さな食堂の娘だ。俺たちと違って帰る家も両親もいるくせに、昔から食い物を分けてくれたり、金の計算をしてくれたり、こうして盗み仕事にまで付き合ってくれている。
助かってはいる。非常に助かっているのだが、何を頼んでも説教が付属するのはどうにかならないものか。
しかも、この説教だけは無料で無制限だ。
ブランとの付き合いは一年前、俺がこの辺りのストリートキッズを束ねていた《ラッパーズ》を潰した時からだ。
勧誘に来た男たちを片っ端から殴り倒し、そのままアジトへ乗り込んだところ、奥の部屋に裸の少女がいた。
話を聞けば、身寄りのないブランは、大人たちのお相手を強いられていたらしい。ラッパーズのボスも例外ではなかった。
それがブランとの最初の出会いだった。
戦争によって秩序を失ったこの世界では、子どもに残された選択肢が極端に少ない。
働けるなら安く使う。逆らえないなら好き放題に扱う。保護者がいなければ、なお都合がいい。
立派な大人という肩書を持ちながら、やっていることは獣以下の連中ばかりだ。
それでも、ブランが逃げられなかったのには理由があった。
弟のタカだ。
自分が従わなければ、今度は弟に何をされるか分からない。
十一歳の女の子にそんな判断をさせる世界が、まともなわけがない。
俺がブランと六歳のタカを引き取ったのは、それからだ。
もっとも、レッドクロウからすれば、配下であり金づるでもあったラッパーズを勝手に潰した俺など、決してかわいい部下ではない。
それでも、このご時世だ。動けるガキをわざわざ捨てるほど、あいつらも馬鹿ではなかった。
おかげで仕事だけは回ってくる。
ただし、誰もやりたがらないクソ仕事ばかりだ。
処遇改善どころか、嫌がらせに給料が付いているようなものだった。
「おい、着いたぞブラン。裏門を頼む」
「あいよー」
ブランは端末を開き、古い保守回線へ接続した。
画面に警告表示がいくつか走ったあと、監視カメラの表示が順番に落ちていく。
「相変わらず簡単だよね。一応、軍の管理施設なのに」
「ゴミ箱だからじゃねえの? こんな所までまともに管理できるなら、この辺だってとっくに復興してるだろ」
最後の表示が消えると、錆びた裏門が不機嫌そうな金属音を立てて開いた。
戦争が終わったあと、各地から回収された軍用品を一時的に集めるために作られたスクラップヤードだ。
一時的だったはずが、片づける人間も金も足りなくなり、今じゃ広大な軍用品の墓場になっている。
役目を終えた兵器が山ほど集められているというのに、世の中の戦争はちっとも終わらない。
今日の依頼は、レッドクロウがぶっ壊した武器を直すための交換部品集め。
当然、軍から《ご自由にお持ち帰りください》なんて粋な計らいがあったわけではない。
黙って失敬する仕事だからクソなのだ。
俺はトラックを敷地の奥まで走らせた。
免許?そんなものを管理できるシステムなんて、とうの昔に崩壊している。
乗り物は足が届けばOK。だからみんなバイクより車の運転のほうが早い。
ここには何度も入っているが、見回りに出会ったことは一度もない。そもそも管理者は常駐しておらず、旧式のセキュリティが張り巡らされているだけだ。
それでも好きで来たい場所じゃない。
万が一、行政の連中に見つかったところで、保護してもらえる保証なんてない。下手をすれば、ギャングに捕まるより面倒なことになる。
ジャンクの山の前にトラックを止め、俺もボロボロの工業用パワードスーツを装着した。
肩から腕、腰から脚に沿って伸びる金属フレームを身体に固定し、各部のロックを確認して外へ出ると、雨粒が容赦なく顔を叩いた。
ブランはそんな俺を置いて、もうジャンクの山を漁り始めている。
機械を前にすると、こいつは途端に元気になる。廃品の山を見て目を輝かせる女の子というのも、なかなか珍しいのではないだろうか。
「ブラン! 使えそうなのあるか?」
「ちょっと待ってー……あっ、これ!」
鉄板をどかした奥から、箱型の機械が現れた。
「軍用の蓄電ユニット。端子も腐食してないし、ケースにも歪みなし。これならかなり高く売れるよ」
ブランは端末を接続すると、表示された数値を確認した。
「生きてるね、これ。整備しても大した金はかからないと思うよ」
「依頼品じゃねえけど、持って帰るか」
「賛成!」
軍用の蓄電ユニットともなれば、それなりの値が付く。
ギャングの依頼をこなしながら、こういう副収入を拾っていかないと、俺たちの生活はいつまでたっても楽にならない。
ユニットは一人で無理をすれば運べない重さではない。ただし、落として内部セルを潰せば一銭にもならなくなる。
俺とブランは両端を持ち、パワードスーツの補助を利かせながらゆっくりとジャンクの斜面を降り始めた。
ところが、半分ほど降りたところでブランが突然振り返り、ユニットの片側が急に下がった。
「おいっ、ブラン! いきなり力抜くな! 重いんだよ!」
「人がいる! さっきの場所!」
ブランが指したのは、蓄電ユニットを引き抜いた場所だった。
雨に濡れた金属片の隙間から、人間の腕が伸びている。
俺たちはユニットを地面へ下ろし、ジャンクを掻き分けると裸の少女が埋まっていた。
一年以内に裸の少女を二人。確率が高すぎるな。
少女の身体は泥と雨にまみれ、肌は死人のように白い。何より、積み重なった軍用廃材の隙間に、まるで不要になった部品のように放置されていた。
「生きてるのか?」
ブランが右手のパワードスーツを一部外し、少女の首元へ指を当てた。
「……生きてる! 弱いけど脈がある」
「ウイカ!」
返事を待たず、俺は少女を抱き上げ見張りのウイカを通信で呼んた。
十歳くらいに見える身体なのに、妙に重い。
痩せているからといって軽いとは限らないが、それにしても不自然だった。身体の中に金属でも詰まっているような、そんな重さだ。
「何よ、この子!?」
「コイツは生きてる。身体が冷えきってるから看ててくれ」
ウイカは毛布を何枚も重ね、少女の呼吸を確かめ始めた。
◇
少女を俺たちの住む廃屋へ連れ帰り、ブランが管理する整備室で身体を温めながら手当てを始めた。
建物はあちこち傷んでいて、雨漏りする場所も珍しくない。
しかし、この整備室だけは別世界だ。
工具は壁に種類ごとに掛けられ、回収してきた部品も棚の箱に整然と収められている。
ブランがこの部屋へ注ぐ情熱の半分でも生活空間に向けてくれたら、俺たちの暮らしは随分と快適になるだろう。
少女の背中、肩甲骨の間には、識別用らしいコードが刻まれていた。
ブランが端末で読み取ってみると、ほとんどの項目は消去され、わずかな文字列だけが残っていた。
《NEX-零 EMIRU-555》
「NEX零型……?」
「知ってるのか?」
「NEX自体は知ってるけど……でも零型なんて聞いたことない」
ブランは少女の右肩を調べ、人工皮膚の継ぎ目を見つけた。
整備用の薄い器具を差し込み、皮膚を傷つけないよう慎重に開く。
その下にあったのは、骨でも筋肉でもなかった。
精密な金属フレームと、何本もの細い配線。
人間の身体の内部とは到底思えない構造が、そこに収まっていた。
「腕だけじゃない……この子、四肢全部がNEXだよ」
「義手と義足?」
「そんな簡単な物じゃないよ。医療用なら失った手足を補うために使うけど、これは駆動部も制御系も、最初から人間以上に動かすために作られてる。簡単に言えば、軍用パワードスーツを身体の中に組み込んでるようなものかな」
「サイボーグってことか?」
「ほとんど人間。それより、これ見て」
画面に古い記録が残っていた。
《初回神経接続――C555》
「十二年前?」
俺はベッドに横たわる少女を見た。
顔立ちも身体つきも幼く、十歳そこらにしか見えない。
「まさかな……」
「断定はできないよ。でも、この子が十二歳なら……」
ブランはその先を言わなかった。
初回の神経接続が十二年前。
つまり、生まれて間もない頃から、この身体にされた可能性がある。
事故で手足を失ったわけでも、戦争で負傷したわけでもない。
少なくとも、目の前の機械は失った機能を補うためのものには見えなかった。
人間を強く動かすために、最初から人間の身体へ組み込むことを想定した構造だ。
腹の底が熱くなっていくのを感じた。
軍が何を作ろうとしていたのかは知らない。
どれほど高度な技術を使い、どんな大義名分を掲げていたのかも知らない。
ただ、十二歳の子どもを軍用廃材と一緒に捨てるような連中が、まともなことをしていたとは思えなかった。
◇
「ダン! あの子、目を覚ましたよ!」
少女を拾ってから六日目。
古い医療品で水分と栄養を補い続け、ようやく体温も戻ってきた。
部屋へ入ると、ベッドの上の少女がこちらを見ていた。
ドアの外には子どもたちが集まっている。
よくもまぁ、これだけ集まったものだ。
普段は誰かが掃除を始めても見向きもしないくせに、珍しいことが起きると途端に団結する。
しかし、少女の反応は予想外だった。
知らない人間に囲まれているのに、怯えも好奇心も見せない。
まるで自分がどこにいるのか、どうして生きているのか、そんなことには興味がないようだった。
「あんたは……誰?」
「俺はダン。ダン・ホワイト。ここにいるガキどもをまとめてる」
俺はドアの外を指した。
子どもたちが一斉に引っ込んだが、すぐにまた顔を覗かせている。
「お前を軍のスクラップヤードで見つけた。生きてたから連れて帰ってきたんだ」
「そうか……」
少女は天井へ視線を戻した。
それだけかよ。
普通、もう少し驚くとか、ここはどこだと尋ねるとか、何かあるだろうが。
もっとも、拾われた本人に礼を要求するほど、俺も落ちぶれちゃいない。
「名前、聞いてもいいか?」
「エミル。識別番号は555。NEX零型」
「なんでスクラップヤードにいたんだ?」
「いらなくなったからだろう」
エミルの顔に悲しみはなかった。
淡々と事実を述べた。そんな様子だった。
◇
身体が動くようになると、エミルはすぐに働こうとした。
最初に言ったのは『指示をくれ』だった。
俺たちは人手が欲しかったが、拾ったばかりの少女をいきなり盗み仕事へ連れていくほど困窮しているわけでもない。
いや、困窮はしている。猛烈に困窮しているのだが、物事には限度というものがある。
そこで、正式に回収を許されている廃墟区域へ連れていき、金になりそうなものを拾わせることにした。
そして、俺は初めてNEX零型という代物の異常さを思い知った。
俺とブランがパワードスーツを使い、二人がかりで持ち上げるような機械を、エミルは小さな身体で平然と抱えてくる。
重いだろうと尋ねても、首を傾げるばかりだった。
これでは俺たちが装着しているパワードスーツの立場がない。
何より、俺たちの方がよほど整備に手間がかかるではないか。
軍というものは、一体どれほど金をかけてこんな子どもを作ったんだ?
エミル一人が増えただけで、俺たちの稼ぎは目に見えて増えた。
ウイカの帳簿にも、少しずつ余りが出るようになり、飯を食わせるだけで精一杯だった生活に、ようやく先が見え始めたわけだ。
もっとも、金勘定に厳しいウイカが余剰金の管理を始めたおかげで、俺が自由に使える金はちっとも増えなかった。
どうやら俺が金持ちになるには、エミルをもう何人か拾う必要がありそうだ。
ある日、廃墟区域のジャンクの山で、俺はエミルと休憩していた。
朝から雲が垂れ込めていたが、今はその隙間から日が差し、錆びた金属片が鈍く光っている。
エミルは拾った小さな金属片を、手の中で弄んでいた。
俺たちが仕事の合間にこうして休むようになっても、エミルから何かをしたいと言い出すことはほとんどない。
「エミル、将来の夢とかあるのか?」
「夢?」
「金持ちになりたいとか、うまい飯を好きなだけ食いたいとか。ここのガキどもに聞けば、大体そんなのが返ってくる」
エミルはしばらく考えてから答えた。
「私は戦うことしか教わっていない。命令されたことを実行する。それ以外は必要ない」
思った通りのサイボーグ人間。四肢がサイボーグなだけなのに、産まれた時から調教されていやがる。
想像しただけで虫唾が走るぜ。
「そんなの、自分で決めりゃいいだろ。もう戦争は終わったんだ。何して生きたっていい。何食いたいとか、どこ行きたいとか、誰といたいとか、自分で決めていいんだ」
「考えたこともなかったな……自分で決める? 想像がまだつかない」
エミルは手の中の金属片を見つめている。
こいつに必要なのは、新しい命令なんかじゃない。
飯を食って、好きなことをして、つまらないことで笑ったり怒ったりする、そんな当たり前の暮らしだ。
俺たちだって、いつまで生きられるか分からない。
レッドクロウの下で働いている限り、明日の飯にさえ困ることもある。
それでも、これから先まで誰かの都合で生きなきゃならないなんて、まっぴら御免だ。
俺は立ち上がり、エミルを見下ろした。
「俺がお前を自由にしてやる! だからついてこい!」




