ダン・ホワイトの戦い 2
◇◇
「五千人だと!? 不可能だろ?」
「旧上官からの伝達ではそのような話だったが」
ジェニーは淡々と報告してきたが、大問題だった。
エミルが仕立ててもらったご自慢の服をお披露目するためだけに開催した、元捕虜と町の住民を巻き込んだ未曾有の婚活パーティーから約二ヶ月。ジェニーを通して、オルデン自治同盟から合併という名の移民受け入れのような依頼が、町ではなく俺に来てしまった。
「そんなの無理だろ? 政治のことはよく分からねーけど、肉はエミルが趣味で配給しているだけだし、五千人も押し寄せて来たら難しいんじゃねーのか?」
「ええ、ただ軍事力は飛躍的に上がります。オルデン自治同盟は戦争の被害を受けながらも、多くの兵器が残っていた地域です。それをギャングと化した者たちが利用し、生き延びるために交戦を繰り返していました。多くの生き残った地域では、大なり小なり奪い合って暮らしています。原始の頃のようにね」
「いや、歴史は知らねえが……さすがに俺だけじゃ決められねーよ」
「じゃあ、どなたかと話し合いますか?」
「ああ……」
翌日、緊急招集をかけ、初めての会議らしい会議を行うことにした。会議室なんて立派なものはホワイトクロウにはない。だから食堂で行うことにした。
普段であれば俺とウイカの使っている部屋で、ベルクハルト商会のミーアに助言を聞きながらやるのがセオリーだったが、そもそも商会はオルデンを煙たがり、ホワイトクロウと共闘してオルデンを潰す計画を立てていた手前、相談なんかできるはずもなかった。
まあ、あの女帝と話すと緊張もするから、そもそも話さなくていいならそれに越したことはねえ。
町からは自警団長のジェームス。
オルデン側からは、ジェニーと、交渉役として町へ来ていた元上官のガルム。
ホワイトクロウからは、リュウ、ウイカ、ブラン、エミルが会議に参加することになった。
「ええっと……エミルとブランは……?」
「ああ、さっき見かけたよ。なんでも祭りの準備をしているのを、二人で興味深そうに見たり聞いたりしてた」
「いやいや、ジェームスさん。来る時に気づいたら連れてきてくれたらよかったのに……」
「いやぁ、ハハハ、エミルちゃんとブランちゃんが町をうろつくのはいつものことだろ? なんか風景に溶け込んでいるから、あまり気にしなかったんだ」
「おい! バトルウォーカーを素手で潰すやつを、道端の猫みたいに言うな! 始められねーじゃねーか!」
「呼び戻してくるように下へ言ってくるよ」
ウイカは下の階に使いを出しに行ってしまった。
「まあ、エミルさんの戦力は計り知れないが、まだ子どもだ。我々だけで始められるところは始めてしまおう」
ジェニーはオルデンの状況をまとめた資料を、みんなに配って回った。
現在の拠点は約五百キロ離れたところにあり、そこを拠点として近隣の町を襲撃する部隊が三千人ほどいる。
残りは兵士の家族や子どもたち。老人はほとんど生き残っておらず、五十歳前後の者には元軍人が多いらしい。
ある程度、兵器を動かすためのエネルギーはどうとでもなるが、人間の食料や暮らしは別。
インフラやネットワークがほぼ壊滅した世界で生きていく中、俺たちのように海に面した町とは事情が違うようだ。
オルデンの捕虜とも言えない連中を、エミルが『帰りたいやつは自由に帰ればいい』と解放したため、次の戦闘も考えていたが、まさかの受け入れ依頼。
二百人のスケベ根性を煽った時とは、まったく別の話だ。
俺が頭を悩ませていると、ウイカが帰ってきて席に着いた。
「俺たちの町もようやく復興する意識というかなぁ、元気が出てきたばかりだろ。住む場所だけなら何とかなるだろうが、五千人の生活まで面倒を見られるわけじゃないぞ」
ジェームスはジェニーの顔を一度見たが、すぐに視線を逸らした。
「それに、昨日まで町を襲っていた連中だ。住民が納得するかどうかも分からねえ。三千人も戦える人間がいるとなれば、なおさらだ」
「私が言うとひいき目な意見になるかもしれないが、ある程度は自給自足できるはずだ。エミルさんが獣を獲ってくるように、我々もバトルウォーカーを使えば似たようなことはできる」
「それは俺たちも考えた。だが、五千人分の肉を獲ろうとして、そこら中の獣を狩り尽くすわけにはいかねーだろ。農業と海の幸はあるが、今までと同じようにはいかなくなる。エミルが趣味でデカい獣を一頭獲ってくる。それくらいでいいと俺は思っていたんだ」
「まあ、奇抜な服を作る時はサメも獲ってたけどね?」
ウイカがそう言うと、みな苦笑いしていた。
「ただ、我々の恥を晒すようだが、オルデンはあくまでもギャング集団だ。私は元軍人だが、それでも必要以上に殺戮を繰り返す者たちを止めきれていなかったのも事実だ。訓練を受けていない人間の方が多かったからな」
ガルムは俯きながら、拳を握りしめて言った。
「それはホワイトクロウになる前、レッドクロウの時も同じでしたよ。暴力で成り立つ世界……まともじゃいられないのは、ギャングも町の人たちも同じでしたよ」
ウイカも俯き、そう言った。
バンッ!
「なんてダサい祭りなんだ! ここの町は!」
「だから伝統の街頭祭りなんだって! 《リリ》っていうやつで大昔からやっているからね? 本番を見たらもう少し迫力あるよ」
「あるか! あんな変な太鼓をポコポコ鳴らすだけで!」
なんと、遅れてエミルとブランが入ってきた。
しかもキレて入ってきているじゃねーか!
「おい……遅れてきて、どういう態度じゃ?」
「はあ? 知るもんか! ガッカリもいいところだ」
「いやあ……遅れてすいません……」
ブランはペコペコ謝っているが、エミルはブチギレたままドカッと椅子に座るなり不貞腐れている。
「リリか! 昔戦争の前に見たことがあるぞ。たしか町の人が楽器をそれぞれ持って自由に演奏してる……」
「おっ?ガルムさん知っているのかい? 俺も細々とやっているのしか見たことがねー時代の人間だけど」
「まぁ、実は俺の出身の町の祭りとはだいぶ違ったから驚いたよ」
「へー、ガルムさんのところはどんな感じなの?」
「いやぁ、子どもがいる前で言っていいものか……いわゆるサンバなんだけど、露出度の高いキラキラした衣装を着た女性が、町を妖艶な踊りで練り歩く祭りなんだけどさ」
「なんだと! 本で見たことがあるが、サンバを知っているのか!? おっさんは」
「こら、エミル! いきなりおっさんなんて言っちゃ失礼でしょ」
突然ガルムの話に食いついたエミルを必死にブランは引っ張って止めている。
「エミルさんだね。 オルデンの者を捕虜にもせず、家庭に返してくれてありがとう。君が言ったことだと聞いている。改めて礼をいう」
ガルムはピシャリと立ち上がり、エミルに向かって敬礼した。
「おっさん! ちょっと待っててくれ!」
そう言うとエミルは走って部屋を出ていってしまった。
呆気にとられたみんなは、しばらく沈黙が続いてしまった。
「ったく、言いたがないが、自警の要は最終的にはエミルなのによぉ……本人はいつもあの調子だ……」
「子どもなのよ。特にあの子は。あんたが言ったんでしょ?『自由にしてやる!』って」
「ウイカー……それを言わないでくれー」
エミルは戻ってくるなり、ガルムの前に目をキラキラさせて本を広げた。
「こんな派手な感じのお祭りなのか!?」
「んー?これ観光用の雑誌じゃねーか。本物はもっとセクシーで、この時ばかりはどんなブスも……」
ガルムがウイカの目を見て口ごもった。
「そう! 全ての女性が輝いて見えるお祭りだ!」
「な、なんと……もっと凄いのか!」
アチャー……まさかの生真面目そうなガルムからエミルのまた興味が生まれちまうとは……想定外だー!
「エミル、事は簡単じゃねーんだ。五千のオルデン自治同盟の人間が町へやってくるかもしれないって話が、今回の議題だ。悪いが、あれくれ者の集団。だが、受け入れれば今後対立した交戦にはならない。一個戦争の脅威が減るわけだ。もう少しそっちの話がしたいんだよ。エミルは戦闘についてはスペシャリストなんだろ?」
「戦闘しか知らないよ。ただ五千人いて五千人とも暴れん坊なわけではないだろ。そんなもの受け入れて考えろ! 私はやることがある! ブラン、行こう!」
「えーー!この雰囲気で!? ムリムリムリ!」
「ダンには私から後で言っておく」
「今、言ってー!」
エミルはそう言うと、ブランを腕を引っ張り、部屋から出ていってしまった……
「ははっ……元気な娘さんだな……」
「いや、なんと言うか……すいません」
「お陰で答えはでたよ」
「どういうことだ?」
「もし、我々を受け入れてくれるならオルデン人の自警は我々が責任を持って行う。例え万引き一つでも死罪にする覚悟でお願いしたい」
「いや、ガルムさん。そこまでは……」
「エミルさんが言った通り。五千人いても五千人全員が悪いわけじゃない。私もそう信じたい。これからオルデンに戻りオルデン側の覚悟を聞いてくる! できれば協力関係を築きたいと思っている! 返事を待ってほしい」
「それ以上今日は話も進まなそうだしね、ダン君。いいんじゃないか? これで」
ジェームスが俺を止めてくれた。
余計なことを言いそうになった俺は、まだ子どもだ。
「ああ、ガルムさん。返事を待ちます」




