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ホワイトクロウ始動 6


 エミルは今日も朝から狩りに出かける。

 最近では私がトラックを運転し、エミルが一瞬でガウルなどを仕留め、荷台に載せて町へ戻るのが日課になっていた。

 狩猟というより買い出しに近い。ただし、商品がまだ生きているという点が少々厄介だけど。

 町の人からは、他の動物も見かけたらついでに獲ってきてほしいと頼まれるのだが、エミル本人に探す気はない。

「エミル、あそこに町の人が言ってた鹿がいるよ」

「あー言うなー! 見てしまったら獲らなくてはならないじゃないか」

「まぁ、肉が食べられれば、いいんだもんね」

 エミルは渋々トラックのドアを開けると、車体が傾くほどの勢いで地面を蹴り、鹿を仕留めてしまった。

 鹿にしてみれば、私に発見されたことが運の尽きだったのだろう。

 普段戦闘しないから忘れる時もあるけど、軍の秘密兵器だもんなぁ……。


 ◇


 町に着くと、解体を担当するメンバーが早速ガウルを捌いてくれる。

 その横でエミルは鹿を下ろし、いかにも面倒くさそうな顔で引き渡していた。

「おお、ごめんよ。面倒だったかなぁ」

 町のおばちゃんが申し訳なさそうに頭を下げている。

 いやいや、いくら子どもでも露骨に嫌な顔を出しすぎやろがい!

「でも、鹿もアクセサリーを作れたり、食べられたり、色々と恩恵のある動物なんだよ?」

「鹿のアクセサリーなんて民族っぽくて嫌だ」

「角でボタンなんかも作れるしね。そういえばエミルちゃん、細菌への抵抗力はどうなの?」

「軍のお陰で常人よりはあるらしい」

「なら、鹿刺しなんて食べてみるかい?」

「鹿刺しだと!? シャトーブリアンより美味いわけがないだろう」

「ちょっと待ってね。おーい、鹿の捌きはどーだい」

「途中だよ! そんな早くできるか!」

 鹿を捌いている男が怒鳴っている。

「エミルちゃんに鹿刺しを食べさせたいんだよ」

「エミルちゃんに? OK! 分かった」

 ……対応早っ!

 さっきまでの剣幕はどこへやら。

 またエミルのわがままで、町の人が優先的に鹿刺しを作ろうとしている……。

 うぅ……なんか横にいる私まで気まずいのだが、エミルは腰に手を置き、堂々と待っている。

 せめて申し訳なさそうにする素振りくらい見せなさいよ。

「ほら、エミルちゃん。まずは鹿刺しだよ」

「ふむ……ずいぶん薄っぺらい肉だな。これで腹が膨れるのか?」

「そういう食い物じゃないんだよ。味わってみな」

 エミルは半信半疑で口に運んだ。

「……ほう?」

「どうだい?」

「なっ……美味いではないか」

「じゃあ、こっちはどうだい。鹿の肝臓だよ」

「肝臓!? そんな臓物まで食わせる気か?」

「昔から好きな人は好きなんだよ」

 エミルは皿の上の赤黒い切り身を眺めた。

「……なかなか剣呑な色をしているな」

 おばちゃんは笑いながら、もう一皿を差し出した。

「嫌なら焼いてあげるよ」

「いや、食べるとは言っていないが、食べないとも言っていない」

 どっちなのよ。

「オリーブオイルに塩を入れて、それにつけて食べてみな」

 エミルは恐る恐る口に運ぶと、みるみる驚いた表情へ変わっていった。

「これは魔法か……」

「昔はね、猟師が一番美味しい肉を食べられたんだ。しかも生でね。お腹を壊すかどうかは自己責任。まさかこんな可愛らしいお嬢ちゃんが、そうなるとはねぇ」

 おばちゃんはテキパキと肉を捌きながら、ニコニコした顔でエミルを見ていた。

 既に荒廃したこの町にも紙幣という概念は残っているが、外から何でも買えるわけではない。だから、エミルが毎日のように獣を届けるようになってから、町では物々交換に近い付き合いが増えていた。


「あっ! エミルがいたぞ!」

「あれ、シデンとニ対二(にーにー)で立食してた人じゃないの?」

 町の奥から走ってくるのはジェニーだった。

 エミルはレバ刺しを食べながら、ぼんやりとそちらを見ている。

「昨日のパーティー! 納得いかないぞ!」

 他にも数名が後からやってきた。

「おお、絵のうまいおねーさんか。万引き犯じゃやはりダメだったか? 今はパンは盗んでないらしいのだがなぁ」

 おーい! エミルちゃーん。言い方ー。

「そうじゃない! 彼は彼なりにいい子だと思う」

「ほう。なら年の差か? シデンは……十六? おねーさんは……」

「二十三だ!」

「ならよいではないか。もう国の法律なんて崩壊してんだから、気にせずアタック、アタック!」

 エミルはニコニコして、ジェニーの肩を叩いた。

 いや、法律がなくなったからって、年齢差まで消滅するわけじゃないんだけど……。

「そうじゃない……最後の告白タイム……告白タイムの時……」

「おお! 盛り上がってたなー! その時は私の華麗な服が全然目立たなかったが」

「なんでエミルは入ってなかったんだ!」

「えっ?」

 普段あまり表情に出さないエミルが驚いているのもビックリしたが、まさかの発言に何も言えなかった。

「あの時、一目見てから電撃が走り……もうこの子しかいない! そう決めてタブレットを開いたら、エミルの名前もないじゃないか! 私以外でもダン・ホワイトの名前がないとか、不満爆発だったぞ!」

 ちょっと傷つくなぁ……いいんだ。私なんて……クスン。

 それにしても、ダンまで候補者名簿に入れろとは、なかなか強欲な婚活市場だ。

 しかも主催者本人に、今さら参加資格を要求している。

「噂は当然聞いている! オルデンの偵察隊を一人で全滅させた少女。年下なのも分かっている。でもだ! 私にだってチャンスくらい!!!」

「えー、いや、あのぉ……」

 おぉぉぉ。珍しく恥ずかしがっている。

 こんなの初めて見るエミルだわ。

 あのエミルが押されている。

 軍用ウォーカーに囲まれても動じない少女が、たった一人のおねーさんに追い詰められているのだ。

 どうやらNEX零型には、恋愛方面の迎撃装置が搭載されてないようだ。

「あのだな。苦手というか……」

「女性がか!?」

「んー、終わったあとの……罪悪感?」

「「「「なっ!?」」」」

 その場にいた全員の思考が停止した。

 普段は『スケベそうな顔をしていたぞ』などと品のない言葉を連発しているエミルが、自分のことになると全く処理できていないだと!?

 しかも私は、私で一度事を起こしてしまっている……。

 あの時は『感情の誤帰属』などと処理してくれていたのにー。

「か、可愛い……パーフェクトだ」

 えーーーーーーーーー!

 ジェニーさん! ガチ告白。

 いや、ちょっと待って。

 何をもって満点と判定したの?

 どう考えても今のエミル、処理能力が著しく低下してるんですけど!

 どうしよう? いや、なんで私が焦るの?

「私はこの町ではなく、ホワイトクロウに入隊を希望する」

「だだだ、ダメだよ! ダンにも言われたでしょ? さすがに内通の可能性もあるから入れられないって!」

「見たところ……ホワイトクロウも子どもばかりだし、補給班、救護班なんかは、戦えない子どもたちで間に合わせてんじゃないのかい?」

「うう! そりゃそうだけど……」

「私はオルデンでは救護班だった。他にもできるけど、当然武器なんかは触るつもりはない。信用してもらえるまではね」

 ……困った。

 確かに、元軍の救護班なら欲しい人材だ。

 しかも言っていることは意外とまとも。

 ただし、志望動機に重大な私情が混入している。

「そんなの、私じゃ決められません」

「エミル、手を握っても?」

「ん? ああ」

 エミルがジェニーの前に手を差し出すと、ジェニーはその手を取り、エミルを胸元へ抱き寄せてしまった。


 ぎょえーーーーーーーーーー!

「本当はエミル、いや、エミルさん直属の護衛になりたいですが、立場があります。待っていてください」

「う、うん。好きにすればいいよ……ダンは自由にしろって言っているから」

 ……護衛?今、護衛って言った?

 軍用ウォーカーを素手で破壊できる少女に、護衛を志願する人間が現れた。

 しかも、その志願理由が恋心である。

 この場合、守られるのはエミルなのか、それともジェニーさんの恋心なのか。

 いや、そんなことより!

 エミル! なんで私の時より素直に抱きしめられてるのよー!


 ◇


「はあ? なんでオルデン兵の女がここに来るわけ?」


 ダンは大きな声で私たちに言った。

「ダン総帥とお呼びすればよろしいでしょうか!?」

 ジェニーが姿勢を正し、説明を始めた。

「先ほど、町でエミルさんとお話しさせていただいたところ、『ご自由に』との許可をいただき、ご挨拶に参りました。オルデン時代は救護班に所属しておりました。医療の知識があり、もちろん戦闘訓練も受けた正規兵でした!」

「いやいや、総帥じゃねーし、ただ成り行きでリーダーやってるだけだ……家族がいるからってことで、パーティーのあと二十人くらいオルデンに帰ったやつもいるだろ? また攻めてくればジェニーさん、あんたオルデンの敵として戦うんだぜ?」

「はっ! その覚悟はできております」

「なんで一日やそこらでその覚悟ができちまうんだよ。それこそ信用できねーぞ」

「そ、それは……」

 あらら。さすがの軍人さんも恋が原因とは言いづらいのかな。ちょっと可愛い。

 エミルは書庫から持ってきた《エゾシカ》の本を読んでいる。

 おーい。この辺りにエゾシカはいないぞー!

 しかしマッタリエミルの様子とは裏腹にダンの声が低くなった。

「あのな? 最近なんだよ。町の人間が少しずつ動き出したのは。聞けばオルデンだって裕福ではなく、強奪して生き延び、拠点を探すような山賊みたいな集団になってたから分かるだろ?」

「ええ、どの国も都心を中心に荒廃しています」

「それがエミルの獲ってきた肉を町に分けるようになってから、少しずつ大人たちも動き始めたんだよ」

「それは、立派な復興のモデルケースになるかと」

「そうじゃなくて! 分かんねーかなー! 言いたいのは、少し前までは騙し騙される町だったってこと。子どもたちは前線で使わされたり、怪しげなものを失敬させられたりして、その対価として町の外じゃ使い道もねぇ紙切れと、わずかな食料を分けてもらう。そんな中で、昨日まで敵だった軍人をホワイトクロウに入れちまったら、俺が責任取れねーよ」


 うんうん。甘くない甘くない。

 流石はリーダーダン・ホワイト様々だ。

 エミルの管理は私一人で十分!


「でもねえ……うちは子どもの寄せ集めだから、確かに補給班、衛生班みたいなものも、見様見真似でやっているからねえ」

「そりゃ分かってるって。ベルクハルト商会にもおんなじこと言われたからだろ?ウイカめ!嫌味なこと言いやがって」

「嫌味じゃないでしょ? 事実なんだから! あんた一人がバトルウォーカーがうまくたって、戦えないでしょ!」

「あーはいはい! すいません! すいません!」

「ちょっといいか? なら私に監視をつけるってのでどうだ?」

「監視? 俺はともかく元軍人さんに暴れられて止められる子どもなんてほとんどいねーよ」

「……エミルさんならどうかと?」


 ぐはーーーーーーーーーーっ!

 こいつ!言いおった!どさくさに紛れて言いおったわ!この女狐ー!一番美味しいポジション取りやがったではないか!

「エミルか……どうする?」

「ご自由に」

 エミルはエゾシカの本に目を向けたまま二つ返事でOKを出してしまった。

「ありがとう御座いました。ダン・ホワイト……リーダー?」

「ああ、それでいい。 なんかあったらウイカも責任とれよ……もう……ブツブツ」


 こうして、私とエミルの平和でちょっと淡いトキメキストーリーが終わってしまった。

 明日から千パーセント、ジェニーはつきまとう。

 誰もいなかったから、床を転げ回りたい気分だった。

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