第70話 銀猫さんの浄化は強烈でした。お詫びは温泉で!
ギンさんのオシッコで浄化された元魔人と、その手下のオネーサンたちは、
まだシクシクと泣いている。
……よほど屈辱だったのだろう。
うん。分かる。
だが、猫のしたことだ。
せめて「お風呂、どうぞ」と言うくらいしかできない。
そういうわけで、僕らは温泉にやってきた。
番頭さんがいたので、聞いてみる。
「うちの子たちも一緒なんだが、構わないかな?」
番頭さんは、僕の足元のモフモフたちへ目をやると、目尻をくしゃりと下げた。
「もちろんじゃとも。この湯は女神様の恩寵じゃ。誰のものでもない。人も獣も構いやしないさ」
「それに、ワシはただのお湯番じゃよ。湯の温度や水質に異常がないか、みんなが困らんように見張ってるだけじゃ」
恩寵と祝福のプロトコル……。
目の前のおじいさんにとっては、難しい理屈も何もないらしい。
番頭さんは、みんなが困らないかどうかを気にしている。
元の世界では、こういうものまで欲の原理に支配されていた。
「なんだか、とても恥ずかしい気がする……」
五十代半ばを過ぎても、教わることはある。
こんな世界で暮らし始めたら、人生観が百八十度ひっくり返る。
とはいえ、男湯と女湯は、きっちりと分かれている。
……そりゃ、そうだ。
お風呂だからね。裸のお付き合いだからね。
僕とカイは、モフモフ三匹を連れて男湯へ。
女神カリスとリーネ、そしてアタランテは女湯へ。
……元魔人と手下二人も、手枷をしたまま女湯へ。
まあ、当然だ。
ギンもゲンも去勢しているけど、男湯だな。
うちの子たちは、二匹とも猫なのにお風呂を嫌がらない。
僕がしゃがむと、洗ってもらうのを待つように、そばへ寄ってくる。
まずは掛け湯。泥のついた体を洗って、毛を梳いてやる。
ポンタは、特に念入りに抜け毛を取り除いてやる。
ただし、ポンタの担当はカイだ。
真剣な顔で毛を梳くカイと、おとなしく身を任せるポンタ。
……うん。そっちは任せた。
こっちはこっちで温泉を楽しんでいた、そのとき。
女湯から、
「キャーーー!」
リーネの悲鳴だ。
それを皮切りに、元魔人たちの悲鳴まで響いてくる。
だが……さすがに、僕が女湯へ飛び込むわけにはいかない。
腰を浮かせたまま、ギンとゲンを見る。
「ギン、ゲン、頼む!」
君たちなら大丈夫だ。……たぶん。
こういうとき、猫の身軽さが本当に頼もしい。
ギンとゲンが、さっと女湯へ駆けていく。迷いがない。頼りになる。
しばらく待つ。
……何の物音もしない。
やがて、カリスの声が聞こえた。
「大丈夫よー。イノシシの親子が挨拶に来てるのよ」
どうやら、あのイノシシの親子がお礼を言いに温泉まで来たらしい。
心配はいらないようだ。
僕は湯の中へ座り直した。
「律儀だ……イノシシなのに」
湯上がりには、浴衣を借りられる。
元魔人のオネーサンたちには着替えがない。
浴衣を買い取れないか、さっきの番頭さんに相談してみた。
すると番頭さんは、「それは気の毒じゃ。浴衣じゃ風邪をひく」と、娘さんの着物を貸してくれた。相手が元魔人かどうかなんて、聞きもしない。
「いいのかい?」
「いやいや。嫁に行った娘が置いていった着物じゃよ」
「女神様のお連れ様に着ていただくような着物じゃないんじゃが……」
「あなたのお心遣いが、どれほど嬉しいことか……。あなたに祝福が与えられんことを!」
カリスは着物を両手で受け取り、番頭さんにまっすぐ微笑んだ。
こういうときだけは、崇高な女神様に見えるんだよなぁ……。
いや、確かに女神様なんだけど。
「ありがたい、ありがたいことです……」
ほら、番頭さんも涙まで流しているし。
女神が、番頭さんから預かった着物を元魔人のオネーサンたちに手渡す。
「わたしたちに? すみません……」
三人は、そろって頭を下げた。
一人が着物へ伸ばしかけた手を止め、カリスの顔を見上げる。
カリスがうなずくと、ようやく、その手が布に触れた。
「なんだ、普通の女の子じゃないか……。なんで魔人なんかに……」
「あんた、バカね。それを王都で尋問するのだわ」
……いや、そんなことは分かってるんだが。
着物を大事そうに抱える三人を見ると、つい、口に出てしまったのだ。
僕らは借りた浴衣姿で、みんなそろってコーヒー牛乳を飲む。
異世界にも、コーヒー牛乳はあるのだ。
こうしてきれいさっぱりした僕らは、レノルに向けて凱旋だ。
* * *
レノルに到着すると、ギルド支部の応接室には、グレイル支部長に加えて、くっころ騎士団長ことマリアさんが待っていた。
「騎士団長! お久しぶりです」
「勇者様、女神様。魔獣討伐、お疲れ様でした!」
そう挨拶しながらも、視線はモフモフたちに釘付けだ。
僕らは、今回の経緯と結果を手短に報告した。
「そうか、イノシシの親子だったのか。正気に戻すとは、考えたな。それはいいことをした!」
「それで、やはり今回も魔人が森の中で瘴気の源を使っていました。影の教団でしょうか?」
「魔人たちは、こちらで連行して尋問します。お任せを」
「女神様の恩寵の光で、魔人さんたちも正気に戻っているようです。どうか、お手柔らかに」
「うちの勇者は、ぼんきゅっぼんに弱くてね……。騎士団長も気をつけたほうがいいわよ」
「おい、こら。お前、騎士団長に、なんてこと言うんだよ!」
「……図星でしょ? あんたは、本当に美人に弱いんだから」
「な、慣れていないだけだよ!」
「これで今回の依頼は無事に達成よ!」
女神カリスが、高らかに宣言した。
僕には、ステータス画面を出すのが面倒だったとしか思えない。




