第71話 ウリ坊の弟子入りと、銀猫さんを狙う獅子娘の婚活
「二度とお母さんが魔獣にならないように、銀猫さんみたいな浄化の力が欲しいのね?」
「なんて親孝行な……! とても立派な心構えです!」
カリスは胸の前で両手を握りしめ、うんうんと何度もうなずいた。
目がきらきらしている。
ウリ坊の決意が、女神様の涙腺を直撃したらしい。
「その気持ちに、私が応えましょう! ウリ坊に、浄化の力を与えます!」
カリスが手をかざすと、柔らかな光がウリ坊を包んだ。
小さな耳がぴくっと動く。ウリ坊は自分の体を見下ろし、鼻先をひくひくさせた。
おぉ、祝福の光! これぞ女神の御業――。
「使い方は、銀猫に教わってね。あたし、そのへんはイマイチだから」
――と思ったら、説明は丸投げだった。
授けるところまでが女神の仕事らしい。
「ギン。ウリ坊が、お前の弟子になりたいらしいぞ」
――うざっ!
早い。断るまでに、一秒もかかってない。
ギンは顔をそむけ、尻尾の先だけをぱたんと揺らした。
「お前さぁ……。お母さんが魔獣に戻らないように、力をつけたいって言ってんだよ。少しは協力してやれ。な?」
ウリ坊はギンをじっと見上げている。
そのまっすぐな視線に、ギンの耳がわずかに伏せられた。
――わかった。
よし。口は悪いが、見捨てる気はないらしい。
「ウリ坊。武者修行の旅になるけど、お母さんは許してくれてるのか?」
「ピギッ!」
胸を張ったウリ坊が、力いっぱい鳴いた。迷いのない返事だ。
小さな体に、ずいぶん大きな覚悟を詰め込んできたらしい。
「そうか。それなら、一緒に行こう」
こうして、ウリ坊は「ギンの弟子」になった。
さっそく師匠の隣に並ぼうとするウリ坊と、さりげなく半歩ずれるギン。
……まずは、距離を縮める修行からだな。
さて。弟子入り問題は片づいた。残る問題は……アタランテだ。
「アタランテさん」
「はい、女神様!」
呼ばれたアタランテが、ぴしっと背筋を伸ばす。女神様の前だと、ずいぶん素直だ。
「頭を打ったから心配したけど、もう大丈夫よ。腰の痛みもなくなったんじゃないかしら?」
「はい! 女神様のおかげで、もうすっかり! ありがとうございます!」
アタランテは腰に手を当て、軽く体をひねってみせた。痛みはないらしい。
カリスも安心したように微笑む。
「それはよかったわ。お住まいはどちら? 勇者に送らせるわよ」
あとは送り届ければ一件落着。
そう思ったのに、アタランテは目を泳がせ、指先をもじもじと合わせた。
「それなんですが……実は、あたし、お婿さんを見つけるまで帰れないんです」
「……えっ? お婿さん?」
カリスの微笑みが止まった。
こっちの思考も止まった。
待ってくれ。帰り道の話から、どうして婚活の話になる。
「はい。一族の決まりなんです」
「獅子族は、代々、女が強くて……。あたしに勝てる男が、一人もいなくて……」
肩を落とすアタランテ。その表情は切実だ。
なるほど、本人にとっては大問題なのだろう。
「それで、勇者様ならあたしより強いはずだと思って、後をついてきたんです」
「この勇者、はっきり言って弱いわよ。ええ、それはもう、びっくりするくらい」
女神様、そこまで強調しなくていい。
一度で十分刺さってます。
「あたしも、その……鍬だし……。ちょっと違うかなって……」
アタランテの視線が、こちらの鍬に落ちた。
申し訳なさそうに言うのが、かえってつらい。
「はいはい。弱くて鍬持ちで、悪うございましたね」
ところが、アタランテはぱっと顔を上げた。視線の先には、ギン。
……嫌な予感がする。
「でも、銀猫様の強さは本物です! 銀猫様、ぜひ、あたしのお婿さんになってください!」
その場にしゃがみ込み、ギンと目を合わせようとするアタランテ。
さっきまでのしおらしさはどこへやら、目が期待で輝いている。
「い、いや、ちょっと待て。……ウチの子、猫なんだが?」
「大丈夫ですよ。あたしもネコ科だし! きっと、強い子が生まれると思うんです!」
同じネコ科ならオーケー。そんな雑なくくりでいいのか。
多様性には寛容でありたいが、さすがにこの求婚は予想の斜め上を飛んでいる。
――むり。
本日二度目の即答。弟子入りより、さらに短い。
「えっ、どうしてですか? あたしのこと、気に入りませんか?」
アタランテが眉を下げた。冗談で言っている顔ではない。
だからこそ、説明しづらい。どう言えば伝わるんだ、これ。
「実はギン、その……子づくりは無理っていうか。もう、タマがないというか……」
「病気なんですか? EDですか? だったら、二人で乗り越えていきましょう、銀様!」
ぐっと拳を握るアタランテ。
前向きだ。前向きすぎて、説明が追いつかない。
しかも、もう「銀様」になってる。
「いや、そういう話じゃなくて……。ないものは、どうにも……」
――たまなし。
当のギンは、しれっとした顔である。
こっちが必死に言葉を選んでいるというのに、本人の説明は四文字だった。
「えっ……? あたし、よくわからないんですけど……」
首をかしげたアタランテは、しばらくギンを見つめていた。
やがて立ち上がり、くるりと向きを変える。
「じゃあ、カイ様! 勇者パーティーのリーダーを務めるカイ様なら、あたしより強いはずです。あたしと決闘してください!」
「えっ、俺!?」
急に矛先を向けられたカイが、自分の顔を指さした。そのまま、助けを求めるようにこちらを見る。
いや、こっちを見られても。
決闘に勝ったら結婚、という流れだろうか。
負けるのも困るが、勝つのも困る。カイの顔が、見事にその二択で固まっている。
アタランテが一歩踏み出すより先に、カリスがすっと手を差し入れた。
「アタランテ。まず、落ち着きなさい。いきなり結婚と言われても困るでしょう? まだ、お互いのこともよく知らないんだから。こういうことは、時間をかけて、ね?」
「そ、そうですか……。女神様がそうおっしゃるなら……」
さっきまでの勢いが、すとんと収まる。女神様のひと言、強い。
勇者への扱いは辛辣だが、今だけは心底ありがたい。
アタランテがようやく引き下がり、カイがそっと息を吐いた。こっちも肩の力が抜ける。
弟子が一匹増えたと思ったら、猫への求婚に、リーダーへの決闘申し込み。
……ちょっと待て。今日、情報量が多すぎないか。




