第7話 銀猫さん、村を散策する
エルフィリアに案内され、僕たちは子どもたちの輪と、
まだ緊張の残る門番たちの視線を背に、村の中央へ向かって歩き出した。
完全に信用されたわけではない。
巨大な銀色の猫を連れた、見慣れない服装のオジサン。しかも肩には角兎。
自分でも、村の中心を堂々と歩ける組み合わせではないと思う。
エルフィリアは、隣を歩いていたロッツに目配せしてから、僕の肩の獲物を指さした。
「その角兎は、手放してもよろしいのですか」
「売るというか、できれば水と食事と、
今夜泊まれる場所に交換できると助かります」
言いながら、僕は会社員時代の癖で、頭の中に簡単な条件表を作っていた。
手持ちは角兎一匹。
必要なのは、安全な寝床、水、食事、できればこの世界についての情報。
交渉材料としては心細いが、ゼロではない。
問題は、横にいる相棒の要求水準が高いことである。
――ごはん、たくさん。
「そうだね、いっぱい食べたいよね。
量も多めにもらえるように頼んでみるよ」
ロッツは僕とギンを交互に見て、少しだけ眉を下げた。
「なら、まずは肉屋だな。角兎なら肉も角も使える。
状態がよければ、一泊と食事くらいにはなるはずだ」
「助かります」
頭を下げると、ギンも隣でゆっくり前脚をそろえた。
偶然だろうが、村人たちには礼をしているように見えたらしい。
門番のひとりが、ぼそりと「賢いな」とつぶやいた。
――とうぜん。
本人、いや本猫も、評価には厳格である。
ロッツに連れられて、僕たちは村の奥にある肉屋へ向かった。
店先には干し肉が吊るされ、木の台の上には見慣れない骨や角が整然と並んでいる。
ギンを見た店主は目を丸くし、角兎を見ると、さらに二度ほど瞬きをした。
査定は早かった。
角は素材になり、肉も傷みが少ないらしい。
店主は無言でうなずくと、銅貨を何枚かと、宿への紹介札らしい木片を差し出した。
「これを岩塩亭に持っていけ。飯と一泊なら足りるはずだ。
ただし、その銀猫様の分は……まあ、女将と相談しろ」
最後の一言に、僕は嫌な予感を覚えた。
ギンは店先に吊るされた肉を真剣な顔で見上げている。
真剣というより、すでに献立を決めている顔だった。
――あれ。
「あれは別の店の売り物、要求を増やさないの。」
ロッツは苦笑しながら、木片を持つ僕を村の中央通りへ案内した。
中央通りといっても、土を踏み固めただけの道である。
両側には木と土壁でできた家が並び、
軒先には乾燥させた薬草や、編みかけの籠、泥のついた農具が置かれていた。
歩くたびに、家の中や窓辺から視線が集まる。
視線の半分は警戒で、残り半分は好奇心。
いや、正確には、僕への視線は一割ほどで、残り九割はギンに注がれていた。
ギンはその注目を当然のように受け止めて、尻尾を立てたまま悠然と歩く。
時折、子どもたちが遠巻きについてきて、小さな声で「銀猫様だ」とささやいた。
そのたびに、ギンの耳が満足げにぴくりと動く。
やがて、通りの突き当たり近くに、二階建ての建物が見えてきた。
ほかの家より少しだけ大きく、入口の上には木の看板がぶら下がっている。
看板には、白い結晶のようなものと、湯気の立つ椀が彫られていた。
「あそこが岩塩亭だ。
旅人や荷運びが使う宿でな。
飯はうまい。塩気は強いが」
岩塩。つまり、塩が名物なのだろう。
現代日本では塩分を控えろと言われがちな年齢である。
だが、異世界初日の空腹と疲労の前では、減塩意識など簡単に敗北した。
入口に近づくと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
焼いた肉の匂い。煮込んだ根菜の匂い。少し粗いパンの、温かな匂い。
ギンが止まった。
――ここ。
「そうだよ。空腹にこの香りはたまらんな」
――ごはん。
分かっている。僕も同じ気持ちだった。
扉の前でロッツが足を止め、ちらりとギンを見た。
「女将には俺から話しておく。ただ、驚かせるなよ。
あの人は肝が据わってるが、宿に銀猫様が来たことは、たぶん一度もない」
「僕としても、宿に銀霜猫王を連れて泊まった経験はありません」
そう答えると、ギンが隣で短く鳴いた。
「にゃん」
がんばれと、どこか甘えのあるその声に、僕は木片を握り直した。
図体はでかくなっても、なぜか鳴き声だけは以前と変わらず可愛いままだ。
異世界で最初の宿泊交渉。
ーー相手は宿の女将、
こちらの同行者は巨大猫。
ーー条件は食事と寝床、そしてできれば、ギン用の皿を一枚。




