第6話 銀猫さん、村に迎えられる
そう思った、そのときだった。
門の奥から、場の空気をすっと撫でるような声がした。
「そこまでにしておきなさい。
銀猫様も、子どもたちも、少し興奮しすぎています」
声のした方を見ると、ひとりの女性がこちらへ歩いてくるところだった。
ーー長い耳。淡い金色の髪。木漏れ日のように薄く光る瞳。
整いすぎていて、最初は人間だと認識できなかった。
物語の挿絵か、舞台の幻が、そのまま土の道へ降りてきたようだった。
きれいな人は山ほどいる。だが、目の前の人は別格だった。
僕の美女データベースでは、該当する検索結果が一件も返ってこなかった。
僕が思わず固まっていると、ロッツと門番たちが、ほとんど同時に頭を下げた。
「村長!」
なるほど、重要人物らしい。
美女で、エルフで、たぶん魔法使いで、しかも村長。――肩書きが渋滞している。
「村長さん、ですか」
「ええ。この村を預かっている、エルフィリアと申します。
見ての通り、エルフで、少しだけ魔法を使います」
「ご丁寧にありがとうございます。
僕はタローです。こちらがギン……猫です」
僕がそう紹介すると、ギンは当然のように胸を張り、尻尾をゆっくり揺らした。
猫、と言われた部分については、不満があるのかないのか分からない。
少しだけ、と言いながら、彼女の周囲の空気は明らかに魔力っぽい。
風が彼女の髪だけを丁寧に避けて流れているように見える。
いかにも魔法使いという言葉が、似合いすぎる人だった。
「失礼ですが、お若いのに村長を?」
そう尋ねた瞬間、案内役の男が「あッ…」と小さく声を漏らした。
エルフィリアは気を悪くした様子もなく、むしろ少し楽しそうに微笑んだ。
「今年で二百歳になります」
「二百ーー」
思わず復唱してしまった。
二百歳。――数字だけなら会社の創業年表で見る桁である。
五十代でオジサンを名乗っていた自分が、若手どころか、
入社式の受付で名札を探している若造のように思えてきた。
異世界の年齢感覚は、初日から僕の常識をきれいに踏み抜いてくる。
しかも、その二百歳が、どう見ても二十代前半にしか見えない。
こちらは五十六歳で腹まわり据え置き、視力だけ回復。
あちらは二百歳でこの完成度。
異世界の美容制度は、どう考えても配分を間違えている。
そのあいだも、ギンはエルフィリアをじっと見上げていた。
警戒しているのかと思ったが、頭の奥に届いた感想は短かった。
――ながいき。
「おまえの歓心は、そこなんだな」
エルフィリアはギンの前で膝を折り、視線の高さを少しだけ合わせた。
銀色の巨大な猫を前にしても、怯えた様子はない。
「銀霜猫王……。
伝承では、森の境界を守る気まぐれな王の一種とされています。
まさか本当にお目にかかる日が来るとは」
その言葉に、周囲の大人たちが再びざわめいた。
子どもたちはむしろ、さらに尊敬の視線をギンへ向けている。
ギンは当然のように目を細めた。
――よい、むら。
子どもが笑っていて、ごはんの匂いがして、長生きの村長がいる。
それだけで、ギンにとっては良い村らしい。
評価基準が分かりやすくて助かる。僕は思わず息を吐いた。
煙を追ってたどり着いた先にあったのは、
知らない村と、怯える大人たちと、遠慮のない子どもたちと、
二百年を生きるエルフの美人の村長だった。
そして銀猫様と呼ばれた相棒は、そのすべてを当然のように受け入れている。
門の向こうからは、まだ炊煙が細く昇っている。
その煙はもう、ただの目印ではなかった。
僕とギンがこの世界で初めて見つけた、人の暮らしの匂いだった。
エルフィリアは穏やかに微笑み、僕の肩の角兎へ視線を移す。
「まずは、その角兎の扱いを決めましょう。宿の手配も必要ですね」
こうして僕は、銀猫様と呼ばれる相棒とともに、初めての村へ足を踏み入れた。




