第68話 魔獣に遭遇したら、ケモ耳少女拾いました
「……広いな、この畑」
「そうですね。一回りするだけで……三日はかかりそうです」
僕らは、果てしなく広がるタマネギ畑を眺めた。
その向こうには、霞む地平線。畑の端は、見えない。
畑では、無数のドロイドっぽい奴らがせっせと働いている。
みんなのスープに不可欠な食材であるタマネギの供給も、魔法という優れたアーキテクチャで成り立っている。
「魔獣がどっちから来るのかくらい、聞いておけばよかったな」
「まあ、森から出てくるらしいですし。たぶん、こっちで合ってますよ」
森と畑の境目にたどり着いたのは、日が暮れる頃だった。……畑を歩くだけで一日が終わりそうだ。
そのとき、小さな影がとてとてと歩いているのが見えた。
「な、なんだ! 魔獣か⁉」
「しっ!」
僕らは木陰に隠れ、しばらく様子をうかがった。
「……ウリ坊だ」
「ウリ坊ですね……」
【簡易鑑定】
ウリ坊。森に生息するイノシシの子ども。背中の縞模様が特徴。
成獣になると灰色の大型獣となり、その大きさと獰猛さは他の獣をしのぐ。
「……ってことは、親も近くにいるな」
「肉……喰えますね」
「いや……子連れなら、狩れないだろ」
「ポンタ、お前の鼻レーダー、何か捉えてないか?」
「あっ!」
「えっ?」
「いた……。けど、普通のイノシシにしては、ずいぶんデカいな」
「こ、これは手に負えないですね……」
「あのサイズじゃ、俺の鍬では、身を守るのも無理そうだ」
僕らは木陰で息をひそめた。子連れだから狩らない。そもそも、狩れる気もしない。
そのとき、別の影がさっと走り込んできた。
「な、何だ⁉」
小柄な弓兵だ。駆けながら放った矢が、親イノシシの眉間に命中した。
「あっ! 子連れなのに! ……やっちまったな!」
だが、まるで効いていない。
弓兵は目にも留まらぬ速さで回り込み、立て続けに矢を放つ。
「ブモ――ッ!!」
イノシシの瞳に、怒りの炎が灯った。
【簡易鑑定】
瘴気猪・ヴェノムボア:≪個体名:カリュドーンの牝猪≫
猪突猛進型の巨大魔獣。通常の魔障猪を上回る体格を持つ獰猛な怪物。
強靭な牙を持ち、瘴気を吐く。
「や、ヤバい! あれは魔獣だ!」
ギリシア神話にも「カリュドーンの牝猪」という怪物がいたっけ。
「また、ギリシア神話つながりかよ!」
「こいつがお婆ちゃんのタマネギ畑を荒らす魔獣?」
「まだ確かめてないけど、とにかく何とかしないと!」
「何とかって、どうするんです?」
「あの弓兵の人、助けないと!」
だが、助けに入る間もなかった。ヴェノムボアは弓矢をものともせず、小柄な弓兵めがけて突進した。
「あっ、ヤバい!」
弓兵はすれすれで巨体をかわした。
けれど、突進に伴う衝撃波までは避けきれず、軽々と吹っ飛ばされた。
やがて親イノシシは気が済んだのか、辺りをひとしきりうかがうと、ウリ坊を連れて森の中へ消えていった。
僕らは倒れた弓兵に駆け寄った。
「大丈夫ですか⁉」
瘴気をまとった衝撃波を受け、気を失っているようだ。
追い打ちを受けなかっただけでも、よかった。
「ん?」
「どうした、カイ?」
「この人、女の子です」
頭をすっぽり覆っていたフードがずれていた。
そこからのぞく顔を見ると、確かに少女だった。
「とにかく、お婆ちゃんの家まで運びましょう」
カイが少女を抱きかかえた。
こうなった以上、放っておくわけにはいかない。
今は、カリスの回復術に頼るしかなかった。
お婆ちゃんの家に戻ると、ギンが見るからに不機嫌だった。
「ど、どうした?」
じとっとこちらを一瞥。耳は……イカ耳だ。
……これは、相当むくれている。
「さっきまで『ごあん、ごあん』って騒いでたわよ。アンタたち、なかなか帰ってこないから」
「いやぁ、あまりにも畑が広くて……」
「ところで、その娘さんは?」
「ああ、ヴェノムボアに挑んで、衝撃波を喰らって気を失ったみたいなんだ」
「じゃあ、起こしなさいよ」
「いや、起こす前に治療してやってくれよ……」
「わ、分かってるわよ」
女神様のヒールを受け、少女が目を覚ました。
見たところ、怪我もなさそうだ。
「あ……れ? ここは?」
「お婆ちゃんの家だよ。あの巨大なヴェノムボアに吹っ飛ばされて、気を失ってたんだ。踏みつぶされでもしたら危ないから、ここまで運んできた」
「あ、ありがとうございます……」
――ぐぅー。
お礼に続いて、少女の腹の虫も声を上げた。
「じゃあ、早くご飯にしよう。ギンもご立腹だし。よかったら、食べながら話を聞かせて」
「あ、ありがとう……」
少女がフードを取った。すると――ケモ耳! まさかのケモ耳少女ではないですか!
「ちょっと、タロウ。アンタ、今の気持ち悪いわよ」
「うわっ! お、お前、また人の心をのぞいたな! やめろって!」
「アンタ、馬鹿? 女神に隠し事なんて、できるわけないでしょ!」
少女の名はアタランテ。獅子の獣人らしい。……ネコ科。
並外れた俊足と優れた狩猟技術を持つ狩人だという。
得意なのは弓。今回は食料を調達するため、イノシシを狙いに来たそうだ。
「いや、だからって、あんな魔獣に挑むとは……」
「弓には、多少の自信があったんですぅ……。まさか、矢が刺さらないなんて……」
アタランテはうなだれた。獣耳まで、しょんぼり垂れている。
「まあ、いいじゃない。こうしてお婆ちゃんの家で、ご飯をご馳走になれるんだから!」
相変わらず、カリスは楽天的だ。……家族の分まで獲りに来てたら、どうするんだよ。
「あ、ありがとうございます! 元気が出てきました!」
こうして、この日の成果は「魔獣ヴェノムボア発見」。討伐ならず。
代わりに、狩人をひとり救出した。
ただ、あの魔獣は子連れだ。そこが、どうにも引っかかる。
浄化して、普通のイノシシ親子として暮らせるようにしてやらないとな。
そんなことを考えながら、ギンのご機嫌を取りつつ、その日は眠りについた。




