第66話 下僕から勇者に昇進したら、支給武器が鍬でした
冒険者としてのスタートは、やはり最初に仮登録でお世話になった、
レノルのギルド支部で始めるのが筋だと、勝手に考えた。
カイもリーネも、これには賛同してくれた。
――うん、本当に良い子たちだ。
僕らは、メンバー全員で連れ立って、支部に顔を出した。
――ただ、それだけのはずだった。
「神獣使い様じゃ!」
「違うぞ、爺さん! タロウ様は勇者に選ばれたんだ!」
「勇者様ー!」
「あのお方、恩寵の女神様じゃないか?」
「そうよ! カリス様よ!」
「きゃー! カリス様ー!」
予想はしていた。していたけど、うるさい。
この異世界に来てから、どうにも勘違いされることが多い。
しかも、誤解されたまま歓声が飛んでくる。
……まさか、これ、なにかの嫌がらせかなのか?
一方、駄女神はあっちに笑顔、こっちに手を振る。
愛想の大盤振る舞いだ。
……お前は、地下アイドルかよ。手慣れすぎだ。
「ちょっと! なんで『地下』がつくのよ!」
カリスが口を尖らせた。そこに引っかかるのか。
「おい、勝手に心の声を読むな」
「だったら、邪なことを考えなければいいのよ!」
横からピリカまで口を挟んできた。
「あたしみたいに純真無垢で、善しか知らない乙女なら……」
純真無垢? さっきまで人の心を勝手にのぞいてた連中が?
「うわ、タロウって邪悪。勇者なのに邪悪!」
このおしゃべり妖精、またギンに喰わせるぞ。
「あーっ! またそういうこと考えた! 女神様にも失礼なこと言ったよね!」
「ピリカ! 余計なことは言わないの!」
「すみません、女神様……」
ああ、もう。心の中まで騒がしい。
「はいはい、分かった。二人とも、いったん黙れ」
ギルドに入る前からこれだ。
依頼を受ける前に、僕の気力が尽きそうだ。
ようやく受付にたどり着き、受付嬢に声をかけた。
「お久しぶりです。支部長はいらっしゃいますか?」
「あっ、勇者様! 下僕からの昇進、おめでとうございます!」
間違ってはいない。いないけど言い方……。
「あっ! 恩寵の女神様も! お会いできて光栄です!」
「あなたに、恩寵のあらんことを」
「きゃー! ありがとうございます!」
「女神様から直々にお言葉をいただいちゃった!」
「えー、ずるい! 私もあとでご挨拶しなくちゃ!」
受付まで騒がしくなりかけたところで、支部長が階段を下りてきた。
「おう! 勇者になったんだってな! めでたいじゃないか!」
「いや、これといって何も変わらず……」
「最近、依頼が多くてさばききれなくてな。頼りにしてるぞ、勇者様!」
ほら来た。やっぱり面倒事を押し付けられた。
今回の依頼は魔獣討伐。
となれば、まずはパーティーの役割分担だ。
カイは〈忍者マスター〉。リーダーにふさわしい実力に、イケメン。隙がない。
リーネは攻撃系の魔法使い。火力担当として頼りになる。
巨大化したギンと、フェンリル化したポンタは物理攻撃担当。こちらも申し分なし。
ゲンは防御系の魔法に強く、駄女神は回復担当。癒やし系。
……で、僕と妖精。
「勇者なのに得意分野がないって。ちょっと、笑えるんですけど」
ピリカ。先に言っておくが、お前もこっち側だ。
「ぷぷっ!」
本当に女神と妖精か、こいつら。人を励ます気配がまるでない。
「……もういい。僕は、村に帰って犬猫とのんびり暮らす」
「タロウさんは勇者になったばかりなんですよ。そんな言い方、ひどいです!」
「そうだぞ、カリス。そもそも、勝手に勇者にしたのはそっちだろ」
「ちょ、ちょっと! なんであたしが責められてるのよ!」
「じゃあ、あとは頼んだぞ、駄女神。アフロディーテ様にもよろしくな!」
「待って待って! 冗談に決まってるじゃない! 冗談よ、じょーだん!」
「冗談なら、何を言ってもいいわけじゃないと思いますけど……」
リーネの言葉が、カリスの言い訳をぴしゃりと止めた。
女神の本性が、じわじわ露見していく。
「あ、いや……ほんと、ごめんね! ……ごめんなさい」
「おい。駄女神」
「はい?」
「僕は引退する。定年を前倒しして、村で農夫になる」
「いや、それは困るのよ! あたしが!」
「知らん」
「謝るから! ちゃんと謝りますから! ごめんってば!」
「分かったわよ! 誠意を見せればいいんでしょ? 見せるわよ、誠意!」
そう言うと、恩寵の女神カリスは祈りを始めた。ようやく女神らしい出番である。
周囲に光がきらめき、その中心から一本の――鍬が現れた。
「これを勇者タロウに貢ぐわ!」
「『貢ぐ』はやめろ。……で、なんだこれ?」
「なんとかっていう邪神の武器らしいわよ」
いや、これ農具だよね?
「鍬を与えるってことは、隠居ってことで良いんだよな?」
「違うわよ。武器よ、武器! 勇者の武器だから!」
「……」
「なによ。いいじゃない! すごいらしいわよ、それ!」
「勇者が邪神の鍬を持って、何と、どう戦うんだよ?」
「知らないわよ! それは……依頼書を読んで!」
こうして僕は、恩寵の女神の祝福とともに〈邪神の鍬〉を授かった。
――ややこしい。
この異世界では、勇者は邪神の農具を握って〈影の教団〉と対峙するらしい。
……畑を耕す鍬を武器として、勇者は一歩、踏み出したのであった。




