第58話 威厳ゼロの駄女神、モフモフ相手に二連敗
災厄と呼ばれた魔獣の暴走は退けた。
裏で糸を引いていた教団の魔人は捕縛し、
そいつが呼び出した怪物キマイラも、どうにか撃退した。
けれど、捕らえたのは教団の一員にすぎない。
奴らの脅威が消えたわけではなかった。
けれど、始まりの村の危機は去った――王国騎士団、冒険者、村の人たち。
そして、僕たち新人冒険者パーティー『銀の旅団』。
ーーみんなで力を合わせた結果だ。
その功績で、うちの子たちは絢爛豪華な称号と、いかにも凄そうな権能を授けられた。
ついでに下僕だった僕は勇者に転職した。
ついでで勇者になっていいものだろうか?
そこへ『恩寵の女神』を名乗るカリスが降臨し、腰に手を当て高らかに宣言した。
「今後は、わたしもあなたたちの冒険に同行します!」
頼んでいない。
けれど、異世界の秘儀や秘密を知っていそうなので断り切れない。
――ともあれ、今回も村は無事だ。
残ったのは、巨大なキマイラの魔石。
魔石はみんなで勝ち取ったものだ。
売却益は、村の修繕と復興に役立ててもらうことにした。
この申し出に、村長のエルフェリアさんも快く応じてくれた。
けれど、放っておくとギンがまたお小水で浄化しかねない。
処分より先に、そっちを注意しておかないと……。
そんな後始末をしているうちに、空はすっかり白んでいた。
徹夜の疲労が、今さらまとめて押し寄せてくる。
「ごあん!」
ギンが右手を挙げて催促する。
「そうだね、まずは腹ごしらえだったね」
称号を付与されても、ギンはギン、ゲンはゲン、ポンタはポンタだ。
岩塩亭の前では、女将さんとミナが、すでに炊き出しを始めている。
僕たちは村に残った騎士や冒険者たちと肩を並べ、湯気の立つスープと肉料理をありがたくいただく。
もちろん、カリスも当然のような顔で同席していた。
すでにパーティーメンバーとして居座る気満々らしい。
リーネが女神のメイドのように、あれこれと世話を焼いている。
ただし、誰ひとりとして彼女が本物の女神だとは信じていない。
「いや、だからわたし、女神なんだってば。女神降臨だよ」
知名度の問題じゃなくて、女神らしさが足りないんだと思う。
「だったらわたしが女神である証拠を見せてあげるわ!」
鼻息も荒く、皆の前に立つカリス。
「ほら、こうやって光の粒子を花に変えて……ねっ! 綺麗でしょ?」
「手品? かくし芸かい?」
「すごいねー、嬢ちゃん」
みんなが、温かい眼差しを向けている。
「だから、わたしは女神なんです。嬢ちゃんじゃありませんっ!」
みんな、苦笑いを隠せない。
「えっ、わたし、もしかして……みんなに哀れまれてます?」
いや、口いっぱいに肉をほおばりながら女神だと言われてもなぁ……
カリス……痛い子、全開だよ。
「嬢ちゃん、あとで酒が出てきたら、また宴席で披露してくれや」
「なんでよーーー!?」
そんな騒ぎを笑顔で見守っていたエルフェリアさんが、
何かに気づいたように、手から木の匙を取り落とした。
乾いた音が、妙に大きく響く。
美しい大魔女様の顔から、いつもの穏やかな笑みが消えている。
その瞳は、カリスの指先に咲いた光の花へ釘づけになっていた。
花びらの一枚一枚に、淡い金色の紋様が浮かんでいた。
聖典でしか見ることのない恩寵の聖印。
それだけではない。朝露に濡れた草はカリスの周りだけ小さな芽を吹き、疲れ切っていた人々の顔色まで、いつの間にか和らいでいる。
エルフェリアさんが震える声で問う。
「その光、その聖印……。まさか」
「始まりの勇者へ恩寵を授けた御方――カリス様であらせられますか?」
肉を頬張っていたカリスの動きが、ぴたりと止まる。慌ててごくんと飲み込み、口元を拭うと、先ほどまでとは別人のように背筋を伸ばした。
「ええ。よく気づきましたね、エルフェリア」
その声には、先ほどまでの子どもっぽさがなかった。
「あなたがこの地を守り続けてきたことも、わたしは知っています」
空気が変わった。急に荘厳な響きが、広場を静かに満たしていく。
冗談ではなかった。この場にいる全員が、ようやく理解した。
目の前で肉を山盛りにしているけれど、本当に女神なのだ。
エルフェリアさんは椅子を離れると、杖を横へ置き、その場に深くひざまずいた。
「恩寵の女神カリス様。知らぬこととはいえ、村人たちの無礼、どうかお赦しください」
エルフェリアさんは、騎士の一人を呼び寄せた。
「急ぎ、女王陛下に女神様の降臨をお知らせするのです」
「ハハッ!」
騎士は馬に飛び乗り、王都を目指して駆けていった。
笑い声も、食器の音も、ぴたりと止まった。
「エ、エルフェリア様が頭を下げた……?」
「この嬢ちゃんが……本物の女神様……?」
戸惑いは波のように広がり、やがて、ひとり、またひとりとひざをついた。
騎士たちは胸に拳を当て、冒険者たちまで慌てて頭を垂れる。
ついさっきまで「痛い子」を見る目だった人たちが、一斉に祈り始める。
鮮やか過ぎるほどの手のひら返しだ。
「分かっていただけたのですね! 一時はどうなることかと思いました!」
カリスは満足そうに胸を張った。
「御身をお運びくださったのは、新たな神託を授けるためでしょうか」
エルフェリアさんの問いに、広場中の期待が集まる。
カリスは神々しく微笑み、ゆっくりとうなずいた。
「では、お腹もいっぱいになったことですし――まずは神獣のみなさんを、思う存分モフモフしてから眠りたいと思います!」
「か、カリス様……?」
エルフェリアさんまで、駄女神のペースに巻き込まれている。災難だ。
女神の威厳は、朝食のスープの湯気と一緒に消えた。
いや、台無しかよ。
「では、まずは神獣銀猫さんから!」
モフモフを要求されたギンは、肉皿の前にどっしりと鎮座したまま動かない。
両手を広げたカリスが、ギンの胸元へ飛び込もうとした、その瞬間。
「むぎゅ」
ギンの前脚が、カリスの顔面をむにっと押し返した。
「ちょっと! わたしの祝福を拒もうっていうのかしら?」
めげずに再突撃するカリス。
今度は、ぺしん、と軽い猫パンチを顔面にお見舞いされた。
「な、なんでよ! あんたにも称号とかスキルとか、すんごいのをあげたじゃない!」
女神、二連敗。
ギンはカリスをじとっと一瞥すると、すぐに肉皿へ視線を戻した。
今は女神の祝福より、朝ごはんのほうが大事らしい。
「うぅ……、屈辱だわ。恥辱だわ」
「ポンタ、あなたはあんな薄情な真似、しないわよね?」
ここで、ひとつ言い忘れていた。ポンタは、ただいま絶賛換毛期だ。
カリスが抱きついた瞬間、抜け毛がぶわっと舞い上がった。
ヴェールも法衣も顔も、あっという間に茶毛まみれである。
「いやー! わたしのヴェールが毛まみれになったじゃない!」
慌てたカイが、なぜか飼い主のように頭を下げた。
「あとで、しっかりブラッシングしておきますので……どうか……」
結局、カリスは僕の肩からさらったゲンを胸元に抱きしめ、涙目でぼやいた。
「最初から、この白くて小さい子にしておけばよかった……」
戦いのあとだというのに、女神まで加わってこの騒ぎである。……先が思いやられる。
勇者になった自覚など、欠片もない。
しかもレベルは『一』。
カイやリーネとは、文字どおり桁が違う。もちろん、足りないのは僕のほうだ。
「……これ、祝福じゃなくて、嫌がらせとかじゃないよね?」
ともあれ――こうして勇者パーティーとなった『銀の旅団』は、駄女神を新たな仲間に加え、次なる冒険へ踏み出すことになった。このときの僕は、王都からの召喚状がすぐそこまで迫っていることなど、知る由もなかった。




