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僕が死んだ夜、猫は「ごあん」と鳴いた ~銀色の相棒と異世界を歩く~  作者: 浮島太郎
恩寵が導く勇者誕生と残念女神加入で第一部完!

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第57話 新たなる旅立ちには、残念女神が仲間として居座るらしい


「『ええええっ!?』って、何ですか! そこは普通、ひれ伏すところでしょう!?」


だが、自分で「ちゃん」を付けた時点で、ありがたみはだいぶ薄い。

女神としての威厳は、かけらもなかった。


謎の勢いに押されかけたが、ひとまず一番の疑問をぶつけた。

「でも、どうして女神様が僕に話しかけてくるんです?」


「え、だって……褒めてくれたから」

カリスの声が、照れたように弾む。


「わたし、恩寵を司る女神なのに、いまひとつ知名度が低いんですよ」

今度はしょんぼりと沈んだ。


「…………」

切ない理由に、僕は返す言葉を失った。


「いつもステータス画面に文字を出すだけだからかな、って」

カリスは、うんうんとうなずいた。


「でも、あなたとは波長が合いましたし、直接お話ししてもいいかなと思いまして」

それは神託ではなく、世間話だ。


釈然としないので、さらに突っ込んでみた。

「それなら、どうして今までは画面表示だけだったんです?」

「だって、大勢を相手に一人ずつ話すのって面倒じゃないですか」

悪びれる様子もなく、カリスはあっさりと言った。


「だから――

これは皆さんと話すためのコミュニケーションツールなんです。便利でしょ?」


なぜか誇らしげだ。

どうやら本人は、画期的な仕組みを披露したつもりらしい。

神秘の正体を聞いたはずなのに、前世じみた現実的な単語しか頭に残らなかった。

(神々の世界までDX化が進んでいたとは……)


半ば呆れながら、僕は姿の見えない相手を探して視線を巡らせた。

「それで、女神様ともなると、人間ごときには姿を見せられないんですか?」


「え、全然見せられるけど。見たい?」

待ってましたとばかりに、カリスの声が一段明るくなる。


期待に満ちた気配が伝わってきたが、僕はあえて淡々と答えた。

「いや、とくには……」


「うわ、なんでそういうこと言うかな。恩寵を司る女神だよ? 光り輝くほど美しいんだよ? 見たいよね? ね?」

姿のない声が、ぐいぐいと同意を迫ってきた。


押し切られるように、曖昧な息が漏れてしまう。

「はぁ……」


「では、特別に姿を現しちゃいます!」

弾む声には、もう返事を待つ気など欠片もなかった。


「じゃーん!」

声と同時に、目の前の空間へ光の粒が集まり始めた。


金色の輝きが渦を巻き、ひとりの少女の輪郭を描き出す。

現れたのは、白い衣をまとった小柄な少女だった。

背には透き通る薄羽のような光が揺れ、長い髪には淡い花びらが絡んでいる。


その姿を目にした瞬間、銀の旅団の面々はそろって息を呑んだ。

なかでもカイとリーネは、雷に打たれたようにその場で硬直する。


「め、女神様……ほ、本物!? 恩寵の女神様が目の前に……!」

普段は冷静なイケメンのカイだが、少女を指す手は震え、端正な顔は真っ赤。

口は開きっぱなし。


その隣で、リーネは潤んだ瞳で、ただまっすぐに女神を見つめている。

魔法学校で何度も神話を読み、祈りの言葉を覚えてきた。

けれど今、その奇跡が本当に目の前にある。

それだけで胸がいっぱいになり、無意識に両手を胸の前で重ねていた。


「恩寵の女神様……本当に、いらっしゃったんですね」


こぼれそうになった涙を慌てて拭い、リーネは花がほころぶように笑った。

「お会いできて、うれしいです」

幼い頃から憧れてきた存在へ会えた喜びが、まっすぐにあふれていた。


そんな神聖で静謐な二人の感激を他所に、ポンタとゲンは、意味も無くドタバタ劇を繰り広げ始めた。

ゲンは、女神様から舞い落ちる光の花びらを追いかけて転倒。ポンタは、カイとリーネの感情の高まりに何故か興奮して、頭から二人に向かって突っ込んでいった。

「うおっ!? ポンタ、女神様の御前で――!」

「きゃっ! カイさん、今だけは絶対に転んでは――!」

言い終わるより早く、カイがリーネを巻き込み、二人そろって女神の足元へ無様に転がり込んだ。


“恩寵の女神降臨の奇跡”の瞬間は、土下座だか事故だか分からない絵面になった。

その騒ぎの真ん中で、女神様だけは腰に手を当て、得意満面に胸を張っていた。


奇跡の真っ最中、ギンだけは、惰眠を貪ったまま僕の足元に転がっている。


カリスはくるりと一回転すると、両腕を広げて一同の反応を待った。


「どう? あまりの美貌に、みんな声も出ない感じ?」


たしかに整った美しい顔立ちではある。

だが、その姿は荘厳さよりも愛嬌と残念さが先に立った。


床に転がった二人から目をそらし、僕は無難な答えを選んだ。

「……はい。まあ、そうですね」


カリスは都合よく受け取ったらしく、満足そうにうなずいた。


「そうでしょう? それに……これからは英雄の活躍を間近で見届けるんだから、姿を現してないと、何かと不便じゃないですか!」


予想外の宣言に、今度は僕の声が裏返った。

「ええっ―――!?」


(なんだか、ものすっごい面倒なことを言い出した)


「あーっ、ほら、また失礼なこと考えてるし!」

カリスは頬を膨らませ、宙に浮いたまま僕の額を指さした。


だが次の瞬間、カリスは指を下ろし、ふっと声を改めた。

先ほどまでの軽さが薄れ、金色の瞳がまっすぐに僕に向く。


「ギリシア神話の怪物が異世界にいる理由――。

古代ギリシア文字が刻まれた円い青銅板――。

二つの世界が、どこで、どう繋がるのか、その謎も知りたいでしょ?」


彼女は知っている。誰に尋ねても答えを得られなかった、謎の核心を。

残念な女神でも、やはり神は神みたいだ。


「実はですね、世界の理を勇者へ伝える。それが、わたしに与えられた役目です」


張りつめた空気を自分から壊すように、カリスはにっと笑った。


「だ・か・ら。勇者になったタロウさんには、わたしがお供しなくてはいけないんです」


カリスは人差し指を立て、いかにも重大な規則を読み上げるように続けた。


「勇者への恩寵の説明。危険な神具の識別。異界由来の存在に関する助言。

必要なら、ほんの少しだけ奇跡も起こせます。

――ほら、役に立つ女神でしょう?」


期待に満ちた金色の瞳を向けられ、僕はわずかに身を引いた。

役立つかどうか以前に、こちらの都合を聞く気がない。

その押しの強さだけで、もう嫌な予感しかしなかった。

「いや……今のところは、いらないかな」


「そんなこと言わないでくださいよ。成果なしで戻ったら、アフロディーテ様に怒られちゃうじゃないですか」


さっきまでの自信はどこへやら。カリスの肩が、見る間に落ちていく。

カリスは両手を胸の前で組み、上目遣いにこちらを見た。

薄羽の光までしおれたように垂れている。


「お願いです、ちゃんとお仕事しますからーー」


困ったように眉尻を下げられ、拒絶の意志がわずかに鈍る。

その隙を逃すまいと、カリスは顔の前で両手を合わせた。


「お願いします。わたしをお供に加えてください。邪魔はしません。

……たぶん。なるべく」


最後の二言は余計だ……。

それでも、青銅板と二つの世界の謎へつながるなら、ここで手放す手は無い。

そもそも「居座る」と決めた彼女が、おとなしく帰るとも思えなかった。


僕は小さく息を吐いた。

「分かりました。ただし、知っていることは教えてくださいよ?」


「もちろんです!」

女神カリスは、ぱっと顔を輝かせた。


こうして勇者になったその日、僕らは一柱の女神様を仲間に加えることになった。

それが希望なのか、新たな厄介事の始まりなのかは――まだ、分からない。


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