第51話 破格の報酬より大切なものを、僕らは知っている
報酬は破格だった。とんでもない金額だ。
もし僕が五十六歳のままだったら、そのまま「ファイヤー」と叫んで、余生を悠々自適に過ごしていたに違いない。それくらいの財を、僕らは手にした。
けれど――今の僕は二十歳。
肉体が若返ったことで、世界がまるで新しく塗り替えられたように見える。
視力が甦り、若返りの奇跡を体験したことで、すっかり世界観も変わった。
ただ、カイは十八、リーネは十六。
若い彼らが道を踏み外さないように導くのは、年長者としての役目だとも思っている。
僕が財布の重みを確かめてホクホクしていると、リーネが不思議そうに首を傾げた。
「そんなに持って、どうするの?」
「どうするって……貯める、とか?」
答えながら、自分でもひどく地球的な発想だと思った。
カイが笑う。
「重いんだったら軽くすればいいじゃないか。レノルの町の屋根、まだ穴だらけだったぞ。すぐに渡してきてあげよう」
二人にとっては、それが貯金より先に出てくる答えらしい。
理由は簡単だ。
恩寵があるからだ。
財は必要な場所へ流し、必要な人へ渡す。
それが恩寵を巡らせる最も簡単な方法だからだ。
だから僕らも、報酬の大部分をレノルの町の修繕費や、始まりの村の防護柵の強化に使ってもらった。その行為は「良いことをした」という自己満足ではなく、「世界の流れを整える」という感覚に近い。
「恩寵って、誰がくれるんだ?」
僕の問いに、リーネは目を瞬いた。
「誰って……この世界に溢れているでしょ?」
あまりに当然の顔で返され、僕は言葉を失った。
恩寵は信仰でも義務でもない。彼女たちにとっては、息を吸えば空気が入ってくるのと同じなのだ。
通りでは、荷車の車輪を溝にはめた老人に、見知らぬ若者たちが集まってきて肩を貸していた。
礼を言われた若者たちは、手を振って散っていくだけだ。
なるほど。ここでは「お互い様」は教訓ではない。誰もが無意識に守っている、空気のような作法なのだ。
僕の前世では、財を蓄えることは力の象徴だった。
しかしこの世界では、財を蓄えることは“流れを止める行為”とみなされる。
恩寵は巡らせてこそ意味がある。
まるで川の流れをせき止めないように、恩寵を滞らせず、次へ次へと流していく。
それがこの世界の形だ。
王都の武器屋や魔装具店を巡りながら、カイとリーネがキャッキャ言いながら品定めする姿を見ると、僕は胸の奥がじんわり温かくなる。
「うん、この子たちなら大丈夫だ」
そう思えるのは、この世界の空気が優しいからだ。
うん。宿を貸してくれた女将さんにも、村のみんなにも、何かお土産を買って帰ろう。
その気持ちが、この世界のすべてを動かしている。
そして、魔石。買い取ってもらった魔石は、人々の活動を支えるエネルギー源になる。
魔力量が少ない僕のような人間は、生活魔法を少し使っただけで魔力切れを起こしてしまう。でも、魔石に手を当てて祈りを捧げれば、魔石から魔力が流れ込んできてすぐに回復する。
広場の魔石に手を当てていると、通りすがりの老婆が僕の背を支えてくれた。
「無理に立たなくていいよ。弱ったときは、みんなに寄りかかればいい」
その言葉に、胸の奥がわずかにざわついた。
前世では、弱さを見せれば置いていかれる気がしていた。
けれど、この世界は違う。街角にも、村の井戸にも、宿屋の玄関にも魔石が置かれ、疲れた者を拒まない。
魔石の淡い光が、夜の街を優しく照らす幻想的な光景は、まるで“世界そのものが人を労わっている”ようだった。
だから、魔力が少ない人が魔石に祈って魔力を補うことも、宿屋の女将さんが一文無しの旅人に食事を出すことも、村人が防護柵の修繕に協力することも――全部「自然なこと」なのだ。
それはただ「世界の流れを整えた」だけだから。
「冒険者だけが偉いわけじゃないよ」
店先の剣を眺めながら、カイが言った。
「俺たちが魔石を持ち帰っても、職人が道具にして、農家が食べ物を作ってくれなきゃ腹は膨れない。みんな、やってることが違うだけで偉いのさ!」
リーネがうなずく。「支える日もあれば、支えられる日もあるもの」
その言葉が、妙に胸に残った。役目に上下があるのではない。
今日は差し出す手が、明日は誰かの手を借りる。それだけなのだ。
僕が「下僕」という珍妙な役目でいることは、たぶん前世での欲に囚われて、まだこの世界の恩寵というプロトコルを理解できていないからなのだと思った。
ギンが、僕の肩をポンと叩いた。
――はげめ。
猫に何が分かるというのだ。
いや、猫だからこそ執着を離れたところで、この世界の恩寵を理解しているのかもしれない。
なにせ、この下僕のご主人様なのだから。
恩寵が巡り、魔石が癒し、思いやりが自然に生まれる。
恩寵は人を満たし、魔石は人を癒し、人々は互いを支え合う。
そんな世界だからこそ、僕らは冒険を続ける。
生きがいは、仲間と歩くこの旅路そのものなのだ。
帰り道、僕はリーネに尋ねた。
「もし、どうにもならないほど辛いことが起きたら、怖くならないのか?」
「怖いよ。でも、きっと誰かが支えてくれる、手を差し伸べてくれるわ。世界はみんなを助けてくれるんだって、みんな知ってるから」
迷いのない声だった。
世界が助けてくれるとは、奇跡を待つことではない。
世界の至る所に、手を取り合うことができる誰かがいると信じることなのだ。
この信頼があるからこそ、人々は他者に優しくあり続け、財を巡らせることを恐れないし、この価値観があるからこそ、この世界は“理想郷のように優しい”のだ。
僕は自戒を込めて、そんなことを考えながら、皆と王都封印局までの道を歩いた。




