第49話 一つ目巨人の攻略は、とりあえず目潰しで!
月も星もない夜が来た。
街道は漆黒に沈み、木々のざわめきさえ息を潜めている。
僕たちは岩陰に身を伏せ、洞窟の入口を見張った。
やがて、金属を引きずるような音が、闇の奥から迫ってきた。
現れたのは、十メートルを優に超える巨体、額の中央でぎょろりと動く巨大な眼。
サイクロプスは、荷馬車の車軸を束ねて作ったらしい棍棒を肩に担いでいた。
「……想像より、でかいな」
カイがごくりと唾を呑み込む。
「恐ろしい姿ですね……」
リーネは震えていた。それでも杖先は、まっすぐ巨人へ向いている。
カイの合図と同時に、ポンタが変身しながら岩陰から飛び出した。
「ワオーーーン!」
瘴気狼・グリムウルの咆哮が夜気を裂く。
サイクロプスの眼がぎょろりと動き、棍棒が振り下ろされる。
だがポンタは紙一重でかわし、巨人が追う。
一歩ごとに地面を揺らしながら、予定どおり狭い岩場へ追い込まれていく。
頭上の岩棚からカイが矢を放つと、サイクロプスの足首へ鋭く突き刺さる。
鏃には、動きを鈍らせる麻痺毒がたっぷりと塗ってある。
しかし巨人は止まらない。
怒声を上げ、岩棚へ棍棒を薙ぎ払った。
「カイ――!」
岩棚の足場が崩れた。
カイは直前に飛び退いたものの、落石に足を取られる。
サイクロプスが倒れたカイ目掛けて棍棒を振り上げる。
その瞬間、リーネが魔法を放つ。
「凍てつけ――《アイスバインド》!」
地面を走った白い霜が、巨人の右脚へ絡みつく。
足首から膝まで氷に覆われ、棍棒の軌道が大きく逸れた。
轟音。鉄塊がカイのすぐ脇を抉る。
「にゃああっ!(シャイニング!)」
カーバンクル・ゲンの額の宝石が輝き、真昼の太陽を凝縮したような閃光が弾けた。
光を真正面から浴びたサイクロプスが絶叫し、両手で目を覆う。
だが暴れる棍棒は、今度はリーネの方に向かった。
僕は考えるより先に地面を蹴った。
リーネを抱えて転がり、頭上を通り過ぎた鉄塊の風圧に息を奪われる。
反射的に、リーネを抱く腕へ力がこもる。
「ひゃっ、タロウさん、近いですぅ……」
「なっ、なんで顔を赤らめている?」
よく分からないが、とにかく無事に助け出せた。
余裕があるなら大丈夫だ。
けれど、拘束の氷に亀裂が走る。
サイクロプスは目を押さえたまま、力任せに脚を引き抜こうとしていた。
「リーネちゃん。もう一発、撃てるか」
彼女は立ち上がり、震える息をひとつ吐いた。
カイの二の矢が飛び、巨人の手の甲を貫く。
グリムウルに変化したポンタが背後から踵へ噛みついた。
サイクロプスが痛みに顔を上げ、その一つ目をさらす。
「貫け――《アイスランス》!」
リーネの氷の槍が一直線に巨眼の中心へ突き刺さり、そのまま頭部を貫通する。
サイクロプスの巨体がぐらりと傾いた。
「全員、離れろ!」
サイクロプスの巨体が、地響きを立てて倒れ込んだ。
土煙が晴れても、巨人は二度と動かなかった。
しばらくは、荒い呼吸と耳鳴りしか聞こえなかった。
最初に口を開いたのは、仰向けに転がったカイだった。
「やった……のか?」
「……調査の依頼だったはずだよね?」
リーネがその場にへたり込み、遅れて笑い出す。
張り詰めていたものが切れたのか、僕もつられて笑った。
ただ一匹、ギンだけは倒れた巨人へ駆け寄り、勝ち誇った顔で前脚を振り上げる。
「にゃっ!(成敗!)」
ぺしん。
とどめと言わんばかりの猫パンチが、倒れて動かないサイクロプスの額に決まった。
ギンが途中で戦闘に参加しなかったのは、きっと僕たちだけで、危な気ない戦いができていたからだったのだと思う。と、信じたい。
休息を取ったあと、僕たちは洞窟を調べた。奥に別の個体はいなかった。
奪われた積み荷の大半と、生き残っていた馬が一頭。
それから、以前ここにいたサイクロプスのものらしい古い骨と、瘴気を帯びた魔石が見つかった。
そして、古い骨の下から円形の青銅板が出てきた。
表面には、この世界の共通文字でも古代神聖文字でもない、角張った記号が刻まれている。
土を拭った瞬間、背筋が冷えた。
――ΚΥΚΛΩΨ。
読めるはずのない文字だった。
だが僕は、その綴りが〈キュクロプス〉つまりサイクロプスを意味するのだと知っていた。
「何て書いてあるの?」
リーネに問われ、僕はとっさに青銅板を裏返した。
「さあ……。王都に戻ったら、調べてもらおう」
嘘をついた。口にするのが怖かった。
魔石にギンが前脚を触れると、黒い靄が薄れ、澄んだ青色へ変わっていく。
うん。僕たちは、ちゃんとパーティーになり始めている。
夜明け前、僕たちは回収した品を荷車へ積み、王都への道を戻り始めた。
東の空が白み、遠くで朝告げ鳥が鳴く。
こうして、新人冒険者パーティーとしての初依頼は、無事に完了したのだった。




