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僕が死んだ夜、猫は「ごあん」と鳴いた ~銀色の相棒と異世界を歩く~  作者: 浮島太郎
プロローグ

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第4話 猫さん、ごはんを求めて歩く

煙を目印に草原を進むと、

やがて土の匂いに混じって、人の暮らしの気配がしてきた。

どうやら僕たちは、「初めての村」へたどり着きつつあるらしい。


ゆるやかに曲がりながら続く、土を踏み固めただけの道筋。

舗装もされていなければ、街灯もマンホールもない。

もちろん、コンビニなど見当たらない。


「やっぱり中世風なのね……」


異世界なのだから、タワマンがそびえ建っている方がおかしい。

だが、現代日本で暮らしてきた身としては、

見渡す限り原野が広がる風景は、やはり心細い。


ギンはそんな僕の感傷など知らぬ存ぜぬで、

僕の太ももほどもある尻尾をピンッと高く立て、

軽やかに先を歩いている。


肩に担いだ角兎は重く、下僕の息は上がり、汗も噴き出していた。


やがて、道の向こうから、木の桶を抱えた人影がひとつ現れた。

粗い麻のような服をまとい、腰を縄で締めた簡素な身なり。

年齢は四十前後。日に焼けた顔に、働き慣れた手――テンプレの村人だ。


「ま、魔獣……!」


村人らしき男は、持っていた桶をぽとりと地面に落とした。


それが角兎のことなのか、ギンのことなのか。

だが、男の視線は明らかにギンに釘づけである。

巨大化したギンは、どうやら十分な威圧感を持つらしい。


挨拶のつもりなのか、ギンが

「にゃあ」

と一声鳴くと、

男は短く

「ヒッ!」

と悲鳴を上げ、数歩あとずさった。


「あの、すみません。怪しい者では……いや、十分怪しいですね」


巨大猫を伴った不審なオジサンが、魔獣を肩に担いで村に向かっている

――説得力はない。現代日本でも通報案件である。


ギンはフンッ、と鼻を鳴らした。

その音に、村人の肩がびくりと跳ねる。


「お、襲わないのか……?」


男の声は震えていた。

腰の引け方を見る限り、完全に逃げるつもりでもないらしい。


「襲いませんよ。たぶん……」


ただし、ギンの機嫌を損ねた場合は想定外だ。

笑ってごまかすしかない。


――しつれい。


ムッとした感情が、言葉より先に頭の奥へ届いた。


「すまん。でも、おまえの紹介は難しいんだ」


ギンは尻尾を一度だけ大きく振った。

抗議を終えた、というより、しぶしぶ許してやる、という合図に見えた。


男はおそるおそる、僕の肩の角兎へ視線を移した。


「銀猫様が……角兎を……」


銀猫様――いま、確かにそう言った。


ギンの耳が、ぴくりと動いた。

丸い顔が、ほんの少しだけ誇らしげになる。


「あの、村はこの先ですか。

 ……食べ物を分けていただけると助かるのですが」


ギンは待ってました、とばかりに右手を上げ、短く鳴いた。


「ごあん」


男はその声を聞いて、さらに青ざめた。


――ごはん、はやく。


声に混じって、頭の奥へはっきりと要求が届く。

村人たちに聞こえているのは、せいぜい鳴き声だけだ。

けれど僕には、その奥にある短い意思まで届いてしまう。


「ひ、人の言葉を……」


「違います。これは言葉というより、要求の圧です」


自分でも何を言っているのか分からなくなった。

だが男は、なぜかそこで落ち着きを取り戻したようだ。

異世界でも、圧は通じるらしい。


「村なら、この先だ。

 ……その角兎は、肉屋か宿で引き取ってくれるかもしれん。

 おれはロッツだ。門まで案内してやる」


「ありがとうございます。

 僕は……タローといいます。それと、こちらがギンです」


「ギンとタローか、よろしくな」


ロッツは落とした桶を、おそるおそる拾いながら、村の方向を指さした。


「ただし、……銀猫様を檻の近くへ連れていくなよ」


「檻ですか?」


「家畜が逃げる」


それは困る。

僕は深くうなずいた。


これまでリスク管理という言葉は何度も使ってきたが、

まさか最初の想定リスクが「巨大猫による家畜パニック」とは思わなかった。


「分かりました。檻には近づけません」


――また、しつれい。


また抗議が届いた。

ギンは自分が騒動の原因になる可能性を認めたくないらしい。


ロッツはなおも距離を取りながら、僕たちの前を歩き出した。

ただしその足取りは、いつでも全力で逃げられるよう、微妙に斜め前である。

僕は角兎を担ぎ直し、ギンは胸を張ってその後ろを歩いた。


銀猫様と呼ばれたのが、よほど気に入ったのだろう。尻尾の先が、機嫌よく左右に揺れている。


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