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僕が死んだ夜、猫は「ごあん」と鳴いた ~銀色の相棒と異世界を歩く~  作者: 浮島太郎
予言は深刻だが、ウチのモフモフが尊い

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第38話 王宮地下がヤバいって、聞いてないんですが⁉

王都観光を満喫し、モフモフ三匹が巻き起こした騒動も、どうにか片づいた。


――その翌朝のことだ。

宿の食堂で遅めの朝食を取っていた僕らの前に、王家の紋章を胸につけた使者が現れた。

使者が差し出した封書には、女王陛下の名と、たった一文だけが記されていた。


――至急、王宮へ参内されたし。


はい。昨日までの浮かれ気分は、これにて終了。


「……王宮から?」

リーネが声を潜める。


「しかも至急だ」

封書を畳んだカイは、すっと背筋を伸ばした。


「まさか女王陛下まで、銀猫様たちをモフモフしたいとか?」

「あり得なくはないですけど……そのために至急で呼び出します?」

「王家の権力でモフモフを要求されたら、断れる気がしない」


いつもなら朝食の皿を巡ってひと騒動起こす銀猫様まで、今朝は妙におとなしい。

「こういうときだけ空気を読むの、ずるくない?」


――にゃに!


「猫に文句を言っている場合か」

「分かってるよ」


案内されたのは王城の最奥。

背後で重い扉が閉じた途端、外の物音が嘘のように途絶えた。

高い天井に浮かぶ淡い魔法灯が、磨き抜かれた床と壁一面の古い紋章を青白く照らしている。

靴音ひとつ立てるのもためらう静けさに、僕はごくりと喉を鳴らした。


「……これ、絶対にただの呼び出しじゃないよな」


「今さら気づいたのか?」

カイの返しが速い。はい、おっしゃるとおりです。


玉座の前に立つ女王陛下は、僕らを迎えるように静かに微笑んだ。

けれど、その目元には薄い疲れがにじみ、胸の前で組んだ指にもかすかに力がこもっている。


「タロウ殿。あなた方に、王宮から正式な依頼があります」

穏やかな声だった。

なのに、その言葉の奥には張りつめた緊張がある。


隣でカイが小さく息を呑む。

リーネの肩に乗るゲンも、揺らしていた尻尾をぴたりと止めた。

僕も膝の上で手を握り直す。


女王陛下が僕らに頼みたいこととは、いったい何だ?


「王宮の地下には、千年前から封印されている“ダンジョン”があります。

 瘴気の暴走を鎮めた後、そのまま封印された場所です」


「王宮の地下に、ダンジョン……?」

思わず聞き返すと、女王陛下は静かに頷いた。


「しかも、千年前から封印中……?」


「タロウ、声に出てる」

リーネに指摘され、僕は慌てて口を閉じた。


……うん。話のスケールが大きすぎる。

背中を冷たいものが、つうっと滑り落ちる。

昨日まで歩いていた華やかな王都が、急に薄い蓋の上へ築かれた街みたいに思えてきた。


「千年も続く封印か。その下には、何が眠っている?」

カイの問いに、誰も答えられない。


「王宮そのものが、巨大な蓋だったりして」

「タロウさん、怖いことを言わないでください……」

「ごめん。僕も言ってから後悔した」


「最近、封印の魔力がわずかに揺らぎ始めています。

 瘴気の残滓が、地下で蠢いている可能性があるのです」


女王陛下はそこで言葉を切り、僕ら一人ひとりの顔を見渡した。

断る余地をくれているのか。それとも、僕らの覚悟を見ているのか。

どちらにせよ、軽い話じゃない。


「あなた方には、封印隊と共に地下ダンジョンの調査をお願いしたい」


「封印隊も同行するのですか?」

リーネの声が少し明るくなる。瘴気事件で一緒に戦った、あの頼もしい面々だ。


「隊長はセラフィナ・ローデン殿です」


(くぅ~、凛々しくて『くっころ』が似合いすぎるんだよね)

僕は心の中で嬉しくなってしまった。


「結界師ユーディア嬢、封印術師ミルド、盾役ガルド、瘴気鑑定士バルツも加わります」


「腕利きぞろいですね」


「心強いな」


「……そこまで必要な案件、とも言えるけど」


僕が言うと、二人の表情が揃って固まった。


カイが半歩前へ出た。深く頭を下げる姿に礼を欠くところはない。

それでも横顔は、はっきり険しかった。


問いを口にする直前、カイは一瞬だけ僕を見た。

僕だって知りたい。声には出さず視線で頷くと、カイは玉座へ向き直った。


「女王陛下、いったい王宮の地下には何が封印されているのでしょうか……?」


女王陛下は、すぐには答えなかった。

伏せた睫毛が魔法灯を受け、頬へ細い影を落とす。やがて覚悟を決めたように顔を上げると、女王陛下はさらに声を低くした。


「この王宮の地下には、千年前に影を封じた魂が眠っています。そして、同時にその魂が封じた影も眠りについているのです」


リーネが口元を押さえ、カイは眉間に深い皺を刻んだ。

銀猫様だけは、玉座の背後に刻まれた紋章をじっと見つめている。


「勇者の魂と封じられた影が一体となったダンジョンコアが、王宮の地下に迷宮を生んだのです」


「勇者の魂が、封じたはずの影と一体化した……?」

「はい」


「言葉は分かるんだけど、意味はさっぱり分からない」

「タロウ。残念だが、俺も同じだ」

カイまで真顔で言うなら、僕の理解力だけの問題ではなさそうだ。


「……それ、いったいどういうことなんだ?」


女王陛下は、静かに続きを告げた。

「このダンジョンコアを活性化させ、影を再び世界へ解き放とうとする勢力がいます。

 今は、その者達を仮に“影の教団”と呼んでおきましょう」


「影の教団……」

リーネがその名を繰り返す。

「名前からして、ろくでもなさそうだな」

「同感」

静かな室内の空気が、一段冷えた気がした。

名前すら知らない敵だ。それなのに、その執念だけは千年の時を越え、もう僕らの足元まで伸びてきている。


「彼らは千年前の影を“神”と崇め、世界を影の支配へ戻そうとしているのです」


「封印が破られたら、王都は……」

リーネの声が震える。


「王都だけじゃない」

カイが低く答えた。


村のみんなの笑顔が浮かぶ。昨日見かけた人たちの何気ない暮らしも、全部、瘴気に呑まれるかもしれない。


「瘴気の源は、あなた方も目にした、あの瘴気核です。ダンジョンコアは、巨大な瘴気核となる可能性があるのです」


「瘴気は、妖魔やゴーレムを生み出し、森の動物たちを魔獣と化し、人々を脅かします」

「ダンジョンコアを封印する魔力の揺らぎの原因を突き止めて欲しいのです」


そのときだった。神獣ギンの意志が、胸の奥へ鋭く響く。

いつもの落ち着いた気配じゃない。

警告。そして、急げという焦り。言葉になる前から、嫌というほど伝わってきた。


 ――すぐ、いく。


僕は勢いよく椅子から立ち上がり、女王陛下をまっすぐ見た。

怖くないわけじゃない。むしろ、かなり怖い。

それでも、ここで目を逸らしたら絶対に後悔する。


背後でカイの装備が、かちゃりと鳴った。

「俺も行く」

「もちろん、私もです」

リーネも静かに立ち上がる。

振り返るまでもなかった。二人の答えは、最初から決まっていたらしい。


「……皆の心は決まってます。必ず、封印の揺らぎの原因を突き止めてきます」


女王陛下は、ゆっくりと頷いた。

その顔にほんの一瞬だけ安堵が浮かび、すぐに為政者の厳しさへ戻る。

「タロウ殿。この調査は、神獣、聖獣の力を持つあなた方に頼みたいのです」


謁見が終わると、侍従から調査許可証と王宮地下の簡略図を渡された。

図面にあるのは、地下へ続く一本の階段と、幾重にも重なる封印区画だけ。その先は、不自然なくらい真っ白だった。

長い年月のうちに構造が変わったのか。それとも最初から、記録することさえ禁じられていたのか。


どっちにしても、嫌な予感しかしない。


部屋を出る直前、僕はもう一度、床に刻まれた古い紋章を振り返った。

――その中心を走る黒い線が、鼓動みたいに、どくんと脈打った。

けれど瞬きをした次の瞬間には、ただの影へ戻っていた。


見間違いかもしれない。それでも、胸騒ぎだけは消えてくれなかった。


僕らは用意された控え室で、さっそく装備を整えた。

「剣、よし」

カイが剣帯を締め直す。

「魔石、治癒薬……よし」

リーネも鞄の中を指差し確認していた。

「二人とも、準備が早いな」

「タロウが遅いんだ」

「えっ」


「ニャ!」

銀猫様はぴんと耳を立てた。ゲンはリーネの肩で結界術式を小声で反復し、ポンタは扉の隙間へ鼻先を突き出している。


「みんなも準備できたみたいだな」

「あとは、タロウさんだけです」


「はいはい、今行きますよ!」

扉の先で待つのは、千年の封印。



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