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僕が死んだ夜、猫は「ごあん」と鳴いた ~銀色の相棒と異世界を歩く~  作者: 浮島太郎
予言は深刻だが、ウチのモフモフが尊い

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第35話 古い予言――四つの魂と特異点の宿命

王都ハイランドの夜は、静かな月明かりに包まれていた。

白銀の王城は淡く輝き、水庭には城の灯がゆらめいている。

その王城の奥――王族だけが使う小さな応接間で、二人の姉妹が向かい合っていた。

女王スターシアと、その妹エルフェリア。

銀の髪も、銀の瞳も同じ。けれど、二人のまとう空気はどこか違っていた。


「……久しいわ、エルフェリア」


スターシアは微笑み、昔と変わらぬ手つきで妹の髪を撫でた。

エルフェリアは目を閉じ、その温もりに身を委ねる。


「お姉さま……ただいま戻りました」


だが、姉の銀の瞳には、拭いきれない影が宿っていた。

再会を喜ぶには、姉の表情はあまりにも硬かった。

エルフェリアは髪を撫でるその手を取り、まっすぐに視線を合わせる。


「……古い影。瘴気のことなのですね?」


スターシアはすぐには答えず、重ねられた妹の手をそっと握り返した。

短い沈黙のあと、ようやく口を開く。


「ええ。瘴気はただの災厄ではないのです。世界が生まれたそのときから、根の奥に潜んでいた――古い影なのです」


スターシアは窓の外へ目を向けた。月に照らされた水庭が、静かに揺れている。


「森、風、水、光。この世界は、それらを司る“祝福の魂”に支えられています」


エルフェリアは頷いた。

魔法の根源を知る彼女にとっては、すぐにのみ込める話だった。


「けれど、光が生まれれば、そこには必ず影も生まれます。祝福と同じときに生まれたその影――それが瘴気です」


スターシアの指先が、わずかに強張った。

エルフェリアはその変化を見逃さず、黙って続きを待つ。


「……エルフェリア。あなたに、まだ話していないことがあります」


静かな声に、かすかな痛みが混じった。

女王はそっと胸に手を当てた。


「祝福が世界を育て、影がその弱さを暴く。本来なら、二つは均衡を保つはずでした。ですが千年前、影の力が祝福を上回り、世界の根を蝕み始めました。それが、今に続く災いの始まりです」


「千年前……」


スターシアは小さく頷いた。

そのまま妹の手を離さず、遠い時代の記憶を語り始める。


「当時の私たちの集落は小さく、豊かな森に抱かれていました。祝福は満ち、誰もが平穏は永遠に続くと信じていたのです」


スターシアは遠い記憶をたどるように目を細めた。


「しかし、ある夜――森が突然、沈黙しました」


森そのものが息を止めた――そう思えるほどの静寂だったという。


「鳥は鳴かず、風も吹かず、魔力の流れさえ止まった。世界そのものが、何かを待っているように」


エルフェリアの背を冷気が走った。


「その直後、森の奥から黒い霧があふれ出しました。泉を覆い、木々を枯らし、魔力を濁らせた――それが、瘴気の最初の姿です」


「霧は生き物のように森を侵し、村を飲み込んだ」


「……それを、誰も止められなかったのですか?」


問いかける声が、かすかに掠れた。スターシアは痛ましげに目を伏せる。


「影は、祝福と対をなすものです。祝福の力、とりわけ魔力を持つ者は、強く蝕まれました」


そこで一度言葉を切り、スターシアは妹の目を見つめた。


「千年前、魔力を持たぬ者は、魔力を持つ者に無意識のうちに羨望と嫉妬を覚えていたのです」


エルフェリアの指が、姉の手の中でわずかに動いた。スターシアはそれを包み込むように握り直す。


「やがて悲しいことに、魔力を持つ者と持たぬ者との争いが起こったのです」


そこで、スターシアの声がわずかに震えた。膝の上に置いたもう片方の手が、ドレスの布をきつくつかむ。


「影は、祝福と同じ“世界の根”に宿っています。だから、消し去ることはできません。ただ……眠らせることなら、できるのです」


エルフェリアは息を詰め、姉の手を握り返した。

「……どうやって、眠らせたのですか?」


「四つの魂を響かせ、影の根を鎮めます。けれど、そのためには――特異点が、自らの魂を捧げなければなりません」


握っていた手から、ふっと力が抜けた。

エルフェリアは、まるで胸の奥に冷たい風が吹き込んだような感覚に襲われた。


「魂を……捧げる?」


その言葉を口にした瞬間、彼女の声はわずかに震えていた。

女王は静かに頷き、言葉を継いだ。


「名はアレク。森の外から流れ着いた、魔力を持たない旅人でした。けれど不思議なことに、彼だけは影に侵されず、祝福の魂とも強く響き合ったのです」


エルフェリアは息を呑む。魔力を持たない人間が、影にも祝福にも触れられる――その事実は、彼女の常識を静かに揺さぶった。


女王は続けた。

「彼のもとには、三つの魂が集いました。白銀の狼の聖獣、風をまとう小竜の精霊獣、そして影から救われた黒鹿です」


語られるたびに、エルフェリアの胸の奥で何かが軋む。今のタロウたちと重なる構図――それは偶然ではないと、彼女は直感していた。


女王は、妹の手をそっと包み込むように握り直した。


「千年前、四つの魂は影の暴走を止めるため森の最奥――“影の根”へ向かい、影と祝福の均衡を取り戻すために必要な“楔”となるべく、特異点アレクが自らの魂を差し出し、影を千年の眠りへと導いたのです」


言葉の意味が胸に落ちるまで、数秒かかった。

エルフェリアの唇がかすかに震える。

彼女の瞳は、姉の言葉を理解しようとするほどに揺れ、まるで千年前の闇が自分の胸へ流れ込んでくるようだった。


アレクという青年が、世界を救うために魂を捧げた。その事実は、王族としての責務よりも、ひとりの人間としての痛みとして彼女の心に刺さった。


そして――その役割が、今度はタロウに託されようとしている。


エルフェリアは、震える指先を必死に押さえながら、姉の瞳をまっすぐに見つめた。


その瞳には、恐れと決意が同時に宿っていた。

「……そのあと、アレクはどうなったのですか?」


「肉体は消え、魂は世界の根へ溶けました。影とともに、今も眠っています」


部屋を満たしたのは、痛いほどの沈黙だった。


「それが――千年前の代償です」


エルフェリアは静かに目を伏せた。


「聖獣、精霊獣、浄化された獣、そして特異点。四つの魂が響き合うとき、影は再び均衡へ戻る――それが、この国に伝わる“古い予言”です」


“四つの魂”と聞いた瞬間、エルフェリアの脳裏に旅の仲間たちの姿がよぎった。

最後に浮かんだのは、いつも不器用に笑うオジサンの顔だった。

「その人は……異世界の人間だったのですね」


「そして今、千年前と同じ四つの魂が揃いました。その中心にいるのは――タロウ殿です」


聞き間違いであってほしいと願った。

けれど、スターシアのまなざしは、その逃げ道を許してくれない。


「影が目覚めようとしたとき、世界は新たな特異点を求めました。その呼びかけに応えたのが……影に侵されない、タロウ殿の魂だったのです」


胸の奥が、きつく締めつけられた。

特異点としてアレクと同じ役目を背負うのなら、旅の果てに待つ結末まで同じなのではないか。


「それは……タロウさんが、一度死を越えた人だからですか?」


スターシアは一度まぶたを伏せ、言葉を選ぶように息をついた。

「それも理由のひとつです。ですが……決定的な理由は、ほかにあります」


「タロウ殿の魂は、千年前のアレクと同じ“波形”を持っているのです」


「アレクと……同じ、波形?」

エルフェリアは眉を寄せた。聞き慣れない言葉を、頭の中で慎重になぞる。


「魂の響き方、自然との共鳴、影に対する耐性。そのすべてが、かつての特異点と一致しています。だから、世界は彼を選んだのです」


エルフェリアは胸元で手を握りしめた。


「では、タロウさんは……アレクの生まれ変わりなのですか?」


「いいえ。魂そのものは、まったく別です。ただ……背負わされた“役目”が、同じなのです」


スターシアは妹の手を両手で包み、逃げずにその瞳を見つめた。


「あなたは、千年前の導き手の血を継ぐ者。そしてタロウ殿は――千年ぶりに現れた、特異点なのです」


エルフェリアはゆっくりと頷いた。怖くないはずがない。

それでも、タロウを千年前と同じ結末にはさせない――その銀の瞳には、静かな決意が宿っていた。


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