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僕が死んだ夜、猫は「ごあん」と鳴いた ~銀色の相棒と異世界を歩く~  作者: 浮島太郎
下僕、モフモフ三匹を連れて王都へ行く

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第34話 聖獣たちとの再会は、ブラッシングから

女王陛下との謁見を終えた僕は、そのまま王都ハイランドで宿を取ることにした。

聖獣たちの力を循環させる“核”となり、この世界を救う役割を担うことになった。

エルフェリアさんを導き手として、共に歩むことも決まった。


王宮に泊まっていけ――ありがたい申し出も受けた。

けれど、久しぶりに再会した姉妹には、水入らずで食事をして、積もる話をしてもらいたい。

……というのは建前だ。


本音を言えば、王宮なんて落ち着かない。

堅苦しくて息苦しい場所より、観光がてら気ままに町をぶらつくほうが性に合っている。


それに今夜は、先約があるのだ。

カイとリーネと一緒に晩ごはんを食べる約束をしていた。

何より、モフモフを心待ちにしているリーネを悲しませるわけにはいかない。

僕は約束を破らない男である。

うん。これでいい。


会社員だった頃は、嫌なことでも笑って飲み込んだ。

けれど、この世界でまで我慢を重ねる必要はない。

黒いものは黒、白いものは白。好きなものは好き。

それでいいのだ。


使命を受けたからといって、急に立派な人間になれるわけじゃない。

体は二十六歳に若返っても、意識は五十六歳のまま。

僕は僕のまま、できることをやるだけだ。


三匹と一緒に歩く王都の道は、使命の重さよりも、どこか温かくて心地よかった。

まずは宿を探して、腹ごしらえだ。

使命より先に、夕飯の心配をしてしまうあたりが、僕らしい。

そんなことを考えながら、王宮を後にした。


その直後、僕の隣で、銀色の巨体がぴたりと足を止めた。


「ごあん!」


ギンがこちらを見上げ、右前足を挙げる。

腹が減ったときの要求動作だ。


「お前、王宮に入る前に食べたばかりだろ」

澄ました顔で、もう一度ちょいちょいする。

まったく、いやしいやつめ。


「まずはカイとリーネの宿へ行こう。飯はそこでだ」

今度は尻尾が、満足そうにゆらりと揺れた。


宿に着くと、待ちきれなかったらしいリーネが入口の前をそわそわと行ったり来たりしていた。

僕たちの姿を見つけた瞬間、ぱっと顔を輝かせて駆け寄ってくる。


「タロウさん、お待ちしてました!」


そして僕の顔をまじまじと見つめ、目を丸くした。


「えっ……タロウさん、見た目、また若くなっちゃってるじゃないですか!」


見た目、という言い方が少々引っかかる。


まあ、今の肉体は、見た目だけは二十六歳相当だ。

実年齢五十六歳の僕から見れば、リーネは娘ほどの年頃だったのだから、見た目の変化に驚くのも無理はない。


もっとも、彼女の興味はすぐ僕の背後へ移った。


「銀猫様のブラッシングは、あたしに任せてください!」

胸の前で両手を握りしめるリーネ。


その期待に満ちた視線を受けて、神獣・銀霜猫王は、いかにも当然という顔で胸を張った。


「仕方ねえな。じゃあ、駄犬のほうは俺がやってやるよ」

その横ではカイが、照れくさそうに申し出た。


「誰が駄犬でぃ、ちくしょうめ! おいらだってリーネちゃんのほうが百倍よかったぜ!」

元魔獣の瘴気狼――今はどう見ても柴犬にしか見えないポンタが、歯をむき出して見せて抗議した。


「こちとら毎日、エルフェリアさんに手ずから丁寧にブラシをかけてもらってたんでぃ。それが何の因果で、ガサツな野郎の手に身を任せにゃならんのよ……」

ぶつぶつ文句を垂れ流すポンタを、カイが問答無用で抱え上げる。


一方のギンはというと、ごはんの前にブラッシングだと聞かされ、むしろご機嫌だった。

銀色の巨体が淡い光に包まれ、みるみる縮んでいく。やがてそこに現れたのは、普通のブリティッシュショートヘア――と言い張るには少々無理のある、十キロ超えの大猫だった。


ギンがリーネの足元へ頭をこすりつける。

「きゃあああっ! 銀猫様ぁ!」

驚喜したリーネはギンを抱き上げ、奇声を響かせながら自分の部屋へ連れ去っていった。


残された僕は、肩に乗っていた白猫――額に紅い輝石を宿す希少精霊獣、カーバンクルのゲンをそっと膝へ下ろす。

ブラシを毛並みに通すと、懐かしい手触りが指先によみがえった。

「三十年ぶり、まだ信じられないな……」

声がかすれた。危うく涙までこぼれそうになる。

肉体は若返っても、涙腺だけは五十六歳のままらしい。


僕はゲンをブラッシングしながら、ずっと胸に引っかかっていたことを尋ねた。

「なあ、ゲン。お前は三十年前、確かに死んだはずだよな?」


ブラシの動きに合わせて気持ちよさそうに目を細めていたゲンが、静かにうなずく。

「そうね。確かに、わたしはご主人の腕の中で死んだわ」

その言葉だけで、胸の奥にしまい込んでいた光景が鮮明によみがえる。

けれどゲンは、まるで僕を安心させるように尻尾を腕へ絡めた。

「でも、死んだ瞬間、とてもまぶしい光に包まれたの。そこから先は何も覚えていないわ。次に気づいたのは、瘴気核から飛び出した瞬間。まるで、あの日から時間が止まっていたみたいにね」

「じゃあ、三十年のあいだ何をしていたのかは……」

「さっぱり。ただ、飛び出した途端にご主人の匂いがしたの。額にはこんな赤い石までついていたけれど――もともと美しい純白の毛並みに、細身のスタイル、左右で色の違う瞳でしょ? この美貌は変わっていなかったわ」

「……いや、お前、男だっただろ?」

「美しさに性別なんて関係ないわ」

「ああ……そうだったな」

生前からこういう性格だった。今さら驚くようなことでもない。


「それにしても、ご主人も三十年前と見た目が変わらないのね」

「いや、いったん年を取ってから、見た目だけ時間が巻き戻ったんだよ」

「だって、抱き心地まで同じなんだもの」


「でも、中身は歳を取ったのね。涙腺、緩いし」

「泣いてない」

「はいはい。そういうことにしておいてあげる」

ゲンはすました顔で喉を鳴らした。

三十年という空白が、ほんの少しだけ縮まった気がした。

何よりゲンは、三十年余りの時を飛び越え、もう一度僕のもとへ来てくれたのだ。


「だけど、ギンのことは知っている気がするの。聖獣同士のシンパシーかしら」

ゲンは少し考え、それから隣室で騒いでいるポンタのほうへ耳を向けた。

「でも、あの駄犬はだめね。犬くさいし」


「聞こえてんぞ、この石頭猫!」

即座に壁の向こうから怒鳴り声が飛んできた。

僕は思わず吹き出し、ゲンの喉元をもう一度ブラシで撫でた。

僕は現・飼い猫のギンとともに、死を越えてこの世界へ来た。

そしてゲンもまた、時を越えて僕のもとへ戻ってきた。

――僕たちは、何かに呼ばれたのだ。

この世界の根を蝕む、古い影――瘴気。

その影響を受けない僕は、どうやらこの世界における“特異点”らしい。

聖獣たちが持つ浄化の力を増幅する“循環の核”となり、四つの魂の力で瘴気に対抗する。

そう説明されたところで、元会社員の僕には壮大すぎて、いまひとつ実感が湧かない。

魔法は自然の恩寵によって成り立つ。ただし、恩寵は一方的に与えられるものではない。魂と自然が互いに響き合ったとき、初めて大いなる力は形を持つ。


そして、その導き手となるのが、始まりの村の長にして女王陛下の妹――大魔女エルフェリアさんだ。

「魂と自然が響き合う、ねえ……」

とにかく、まずはそれを会得しなければ何も始まらない。


どっぷりスピリチナントカの世界観だが、僕にはまだ、しっくりとこない。

「修行かぁ……」

野宿とか、滝行とかさせられるのだろうか。


「ご主人、日本的な修験者とか修行僧を想像している顔ね」

「猫に顔を読まれるの、地味に傷つくな」

「長い付き合いだもの。それに安心して。ご主人が滝に打たれるなら、わたしは岸から見守っていてあげる」

「一緒に滝に打たれる気は?」

「毛が濡れるじゃない」

「世界の危機より毛並み優先かよ」

「当然でしょう。世界を救った聖獣の毛がぼさぼさだったら、後世の絵師が困るわ」

「そこまで銅像になる気満々なのか……」

呆れながらも、僕の肩から余計な力が抜けていく。

ゲンは、深刻になりすぎた僕をこうして現実へ引き戻してくれた。


「でも、ご主人なら大丈夫よ」

不意に、ゲンの声がやわらかくなる。


「三十年前だって、わたしが怖がったときは最後までそばにいてくれたもの。今度は、わたしたちがご主人のそばにいるわ」


「……そういう不意打ちは反則だろ」

「泣いてもいいのよ?」

「だから泣かないって」


ギンは浄化の猫パンチをはじめ、浄化の光や姿を変える力を持つ。

ゲンは味方を守る防御魔法の使い手だ。

一方、ポンタは元魔獣とはいえ、今のところただのしゃべれる犬である。

そして僕自身も、近接戦闘は基礎止まり。使えるのは中級の浄化火魔法と、意思疎通、それに生活魔法くらいだ。

部下を育てる以前に、まず僕が力をつけなければ話にならない。


「よし。明日、エルフェリアさんに相談しよう」

今後の方針を決めるのは、それからだ。


そう呟いた瞬間、隣の部屋からリーネの甲高い歓声と、ギンの満足そうな鳴き声が響いた。反対側からは、ポンタとカイの言い争う声まで聞こえてくる。

世界の命運を背負う話をしていたはずなのに、どうにも緊張感がない。

まずは晩ごはん。そのあとで、世界を救う方法を考えよう。


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