第30話 異世界ペット同窓会――参加者は一度死んでるんだが
村の入口で声をかけてきたのは、この世界で最初に出会った村人
――ロッツさんだった。
「お、銀猫様のご帰還だ! ええと……お隣はどちらさんかな?」
「ロッツさん、僕です。タロウですよ」
ロッツさんの視線が、僕の頭のてっぺんからつま先まで、じろり、じろりと往復する。
「タロウ……?」
しかし、ロッツさんの眉間のしわは深くなるばかり。
初めて村へ来たときの僕は、白髪で体重九十キロ近い初老の男。
それが今では、黒髪の三十一歳だ。信じられないのは無理もない。
「本人です。どう見ても別人っぽいですけど、タロウ本人です」
ですよね。僕だって逆の立場なら信じない。
門番の若者も駆け寄ってきた――はい、完全に不審者を見る目だ。
銀猫様が隣にいなければ、僕はとっくに村の外へ放り出されていただろう。
そこへ子供たちまで集まってきた。
「オジサンは誰? タロウは?」
「……だから、そのタロウが僕なんだけどなあ」
これ以上説明したところで、怪しさが増すだけだ。
いったん撤退。僕は銀猫様を連れ、そそくさと宿へ向かった。
宿へ入るなり、ミナが声を上げた。
「あー! 銀猫様、お帰りなさい!」
「タロウさんは? ポンタが首を長くして、お帰りを待ってますよ」
数日で二十歳近く若返ったのだから、見抜けというほうが無茶である。
「女将さん、ミナさん、ただいま。タロウです」
女将さんは目を細め、僕の顔をじーっと見つめた。たっぷり数秒。
やがて、その目が驚きに見開かれる。
「あんた、本当にタロウさんかい。まったく、ずいぶん若返ったもんだ!」
……我ながら、とんでもない変わりようだ。
その声が外まで響き、ロッツさんと子供たちが宿へなだれ込んできた。
「おい、本当にタロウなのか?」
ロッツさんは僕と宿帳を何度も見比べ、それでも疑わしそうに腕を組んだ。
現代なら、若返ったのだと言い張る不審な男を子供たちが取り囲んでいる時点で、完全に通報案件だ。
だが、ここは剣と魔法の異世界。常識も感覚も違う。
――特に、子供たちの行動力が。
「タロウが若返ったー!」
子供たちは叫びながら通りへ飛び出した。
――そして、その噂はものの数分で村中を駆け巡った。
ポンタを抱いたエルフェリアさんが、人垣を抜けてきた。
僕の顔を見るなり、いつもの調子で笑いかける。
「お帰りなさい、タロウさん」
やっぱり、エルフェリアさんは迷わない。
その一言だけで、ずっと張りつめていた肩から、ふっと力が抜けた。
そのとき、ポンタが僕の腕へ飛び込んできた。
慌てて抱き留めると、銀猫様も当然のように足元へちょこんと座る。
「本物だ!」「タロウだ!」
次の瞬間、疑いの声は一斉に歓声へ変わった。
おまけに、「銀猫様と旅をすれば十歳若返る」なんて噂まで広がってしまった。
いやいや、僕にも仕組みは分からないからな?
ご婦人方よ、そんな期待の目で見るのはやめてほしい。
そんなこんなで、その日の夕方。宿の食堂は急ごしらえの宴会場へと早変わりした。
女将さんが腕まくりすると、村人たちが魚や肉、野菜に酒樽まで持ち込んできた。
「難しい話はあとだ! タロウの帰還と、銀猫様のご無事を祝って!」
ロッツさんは果実酒の木杯を高々と掲げた。
「乾杯!」
食堂がびりびり震えるほどの声が上がり、あちこちで木杯が景気よく打ち合わされた。
ところが、一口飲む暇すらない。
待ってましたとばかりに、みんなが僕の席へ押しかけてきた。
「本当にタロウか?」「顔をよく見せろ!」
誰かが身を乗り出すたび、銀猫様がぎろり。
そのたびに、村人たちは見事なくらい同時に半歩下がった。
「大きな魔物は?」「銀猫様は何匹倒したの?」「ねえ、早く教えて!」
床に陣取った子供たちが、目を輝かせて質問を浴びせてくる。
「それはだな――」せっかくだ。少しくらい話を盛ってもいいだろう。
僕がそう思った、まさにその瞬間。銀猫様の尻尾が床を、ぱしん。
「……はい。盛らずに正直に話します」
やがて誰かが歌いだし、皿を叩く音に合わせて、若者も子供も踊りだした。
気づけば、もう僕の顔を気にする者なんて一人もいない。
ただ、銀猫様だけは輪に加わらず、時折ぴくりと耳を動かして、明かりの届かない窓の外を見つめていた。
「顔がどうなろうが、無事に帰ってきたならそれでいい」
女将さんはそう言って、僕の背中をばんと叩いた。
「遠慮するんじゃないよ。あんたの帰る場所は、ここなんだから」
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
僕は木杯を掲げ、今度こそ、その言葉を口にした。
「――ただいま」
宴のあと。
部屋へ戻るなり、ギンとゲンは異形の姿を解き、
――僕が知っていた頃の猫サイズへ戻った。
足元には、新たに獲得したスキルで巨大神獣の姿から縮んだギン。
枕元には、瘴気核から飛び出した希少精霊獣カーバンクルのゲン。
そして胸の上には、かつて魔獣グリムウルだったポンタが、ベッドへ潜り込んでくる。
姿も、力も、僕の知っているあの子たちとは違う。
なのに、眠る場所も、寝息の癖も、僕へ預けてくる重みまで
――何ひとつ、昔と変わらない。
別々の時期に死んだはずのモフモフ三匹が、
まるでずっと一緒だったみたいに、同じベッドで僕に触れている。
やがて、三つの寝息がぴたりと重なった。
嬉しい。そう思ったはずなのに、次の瞬間、冷たいものが背筋を這った。
これは、本当に奇跡なのか。
それとも、僕の記憶を読んだ何かが、懐かしい仕草までそっくりに作った偽物なのか。
確かめるのが怖い。それでも、手を離すことはできなかった。
ギンの毛並みに触れ、ゲンの小さな背を撫で、ポンタの鼓動を掌で数える。
どれも温かい。どれも、生きている。
その事実が、たまらなく愛おしい。
――だが、同じくらい、恐ろしい。
死んだはずの僕まで、ここにいる。
この世界は僕たちを救ったのか。
あるいは、何かを始めるために集めたのか。
三匹の寝息に囲まれたまま、僕はいつまでも目を閉じられなかった。




